#39 バイトの新人




 バイト先でミキと喧嘩した翌日の木曜日。


 この日も朝からミキとのことばかりを考えていた。



 普段なら、スマホのメッセージアプリでお互い他愛の無い報告などを頻繁に送り合っているが、この日はお昼を過ぎてもミキからは何も音沙汰が無く、そして俺からも何も送っていなかった。



 昨夜はミキの態度に「俺の方からは折れないぞ」と考え、「ミキがそういう態度を取るなら俺だって」という気持ちもあった。


 しかし一夜明け少し冷静になり、そしていつもは頻繁に来るミキからの連絡が途絶えると、焦りを感じ始めた。どうも俺は、怒りの感情を維持するのが無理らしい。



 実家からコチラに戻ってほんの短い時間で色々あったから、俺も余裕が無くなりミキの言動や態度にイライラしてしまった。

 俺にもっと気持ちの余裕があれば、怒る程のことでは無かったんじゃないか。

 ミキにしてみれば、いつもだったらこんな風に俺が怒ったりしないのに、些細なことで怒りだした俺に戸惑い、そしてショックなり不満なりを感じているのかもしれない。


 次から次へと昨夜の自分の言動を思い返しては、不安になってくる。


 そして思い浮かぶのは、妹のヒトミとの仲が拗れた頃のこと。

 あの頃の俺は、問題から目を背け続け改善する為の努力をしなかった。

 今にして思えば、ガキだった。

 でも今は、そのことを反省しているし、ミキに対しては逃げずに何とかしなくてはという気持ちもある。


 やはり俺から謝るべきだろうか。

 いやしかし、最近ミキが我儘になっているもの事実だし。


 話合いで俺の考えを聞いて貰い、お互いの反省点を理解し合う様に持って行ければ良いけど、昨夜のミキの態度からは今のままでは直ぐには難しいかもしれない。

 ミキの態度を軟化させる為に一度謝罪して、機嫌を直して貰ってから話すのがベターか。


 そうだな、まずは自分の態度を謝り、そして最終的には俺の考えを聞いて貰い、ミキにも反省を促そう。



 早速今日にでもバイト前の待ち時間に昨日のことを謝り、仲直りする為の足掛かりを作ろうと意気込んで夕方バイト先へ出勤し、着替えを終えて休憩室で座ってミキが来るのを待っていると、職員が今日から入る新人を連れて来た。


 いつもは仕事前の待ち時間は二人きりだったので、この時間に謝ることが出来ると考えていたのに、出鼻を挫かれることとなった。


 職員が新人の子に更衣室のロッカーの場所や制服の準備やらの世話をしていると、着替えを終えたミキも更衣室から出て来てたので「おはよう」と挨拶すると、「おはよ」と普段とは違いテンションの低い返事が返って来た。


 やはりミキは昨日のことを引き摺ったままで機嫌が悪そうだ。

 直ぐにでも謝って少しでも機嫌を直して貰いたいところだけど、先ほどから職員と新人の子が居る為、プライベードでデリケートな話題が出せないでいた。


 モヤモヤしたままお互い無言で大人しくしていると、俺たちに向かって職員が新人の子を紹介してくれて、今日から仕事を教えるように説明があり、そのまま時間になったので新人を連れて店内へ移動した。




 新人の子は、八神マコトと言って、大学1年の1つ年下の男性だった。

 バイト経験は無いらしく、初日と言うことでかなり緊張している様子だったので、接客はまだ早いだろうとバックヤードの作業を中心に教えていた。


 八神くんの印象は、大人しくてナヨナヨしてる。

 悪く言えば、頼りなさそうで男らしく見えない。

 ぶっちゃけ、接客業に向いてない様に見えた。


 仕事に関しても、飲み込みがイマイチで、説明した後に理解したか確認の問いかけをしても、はっきりした返事が返ってこないし、何度も同じ説明を繰り返すハメになった。

 

 ミキとのことで予定通りにいかなかったこともあり、八神くんのイマイチな感じにもイライラしてしまい、不機嫌な態度は表に出さないように気を付けてはいたけど、自分でも笑顔で接することが出来ていない自覚はあった。


 八神くんもそんな俺の気持ちを察したのか、次第に俺には近づかなくなりミキの方ばかりに仕事を教わろうとし始めた。

 そうして面倒見の良いミキが八神くんに仕事を教えている状況を見て、俺は更にモヤモヤとした。


 そんな俺にとっては面白くない時間を過ごすが、上がりの10時が近づいて来ると「帰りこそミキに謝罪して、仲直りの切っ掛けを作ろう」と思い直し、後片付けの作業に集中した。



 俺とミキは普段バイト上がりの10時になると、どちらかが作業を続けていても、もう一方が「10時だよ。上がろう」と声を掛けたり作業を手伝うなどをするのだけど、この日は時間を過ぎているのに俺が気が付かずに作業を続けていても、ミキは声を掛けてこなかった。


 厨房の人に「もう上がれよ~」と声を掛けられ、ようやく10時を過ぎていることに気が付いて「ミキにも声を掛けなくては」とミキの姿を探したが、ミキと八神くんは既に上がっていた。


 慌てて休憩室へ行くと誰も居なかったが、更衣室に着替え中の八神くんが居たので「お疲れ様」と一声掛けてから俺も急いで着替え始めた。

 八神くんは、俺が挨拶しても軽く会釈する程度で声に出して返事はしなかったが、ミキのことで焦っていたので八神くんの態度に若干モヤっとしたが気にせずに、急いで着替えを終えて更衣室を出た。


 まだミキは更衣室で着替えている様だったので、何とか間に合ったと安堵しつつ休憩室でイスに腰掛けると、八神くんも更衣室から出て来て、何故か八神くんも腰掛けた。


 ん?

 俺はミキを待ってるから休憩室に留まってるけど、八神くんはとっとと帰ればいいのに。

 ぶっちゃけ邪魔だな。


 再び八神くんにモヤっとしていると、着替え終えたミキが出て来たので、直ぐに気持ちを切り替えてミキに声を掛けようとしたが、俺が声を発する前にミキが八神くんへ「八神くんお疲れ様!初めてだったから疲れたでしょ?」と声を掛けた。


「いえ、佐々木さんが丁寧に教えてくれたから、大丈夫、です…」


「そっかそっか!で、どう?バイト続けられそう?」


「はい、これからも頑張ります」



 二人のやり取りを、唖然と眺めるしか出来なかった。

 多分この時の俺の顔は、口を開けたままでマヌケだったと思う。


 なんだ、コレ?

 無意識にだろうが八神くんは俺の邪魔をし、ミキは俺の存在を無視して八神くんと楽しそうにお喋りしている。

 寧ろ、俺に対しての当てつけか?と疑ってしまいそうになる。


 いや、これは俺の嫉妬心がそう思わせてるんだよな。

 新人の子に気を遣うミキの優しさだよな。

 俺だってココに入ったばかりの頃は、ミキにこうやって気を遣って貰ってたしな。



 だけど、すげぇ面白く無い。


 10時上がりの時だって、俺を放置して二人で上がってるし、挙句いま目の前では俺のことなんて気にも留めずに二人でお喋りしている。

 昨日の件もそうだけど、こんな風に扱われて俺がどう感じるのか分からないのか?



 モヤモヤがハッキリとしたイライラに変わってくるのが自分で分かる。

 でも、ここで感情的に怒ったところでミキが態度を改めるとは思えないし、年下の新人の前でみっともない。

 

 あー!でもイライラするな!

 このイライラをミキに分からせてやりたい!って気持ちがグツグツ湧いてくる。


 くそ

 こんなんじゃ謝って仲直り出来る自信なんてないや。

 このままココに居てもフラストレーションが膨らむだけだし、目の前のこの状況をブチ壊すか、離れるかしたい。


 鈴木が言ってた『自分の気持ちがコントロール出来ない』って、きっとこういうことなんだろうな。

 つまり、今の俺に必要なのは冷静さか。


 相変わらず目の前で二人がお喋りを続ける中、俺は腕組んで座ったまま目を瞑り口を閉じたまま鼻で静かに深呼吸を繰り返した。


 目を開けてからスマホを取り出して、目の前に居るミキ宛に『そろそろ帰らない?家まで送るよ』とメッセージを送る。


 だが、お喋りに夢中のミキはメッセージに気付いてくれず、更に5分程待ったが、お喋りが終わる気配は無いし、メッセージにも気づいてくれないままだった。


 再びスマホで『昨日の事で謝りたい。 この後時間作れないかな?』と送ってみるが、やはりお喋りに夢中で気づいて貰えなかった。

 

 どんどん気持ちが沈んで来た。


 ミキにとって、俺って何だろ?

 今のミキにとって、お喋りするのに邪魔な存在なのかな?


 そんな風に考えてしまうと、もうダメだった。

 

 今日はもうミキに謝る気分にはなれず、このままここに居ても辛いだけになってしまったので、帰ることにした。


 

 せめて俺がどんな気持ちなのかを少しでも分かって欲しくて、大人気おとなげ無いとは思ったけど何も言わずに黙って休憩室を出て、一人で駐輪場に向かった。

 

 正直言うと、黙って俺が帰ってしまったことにミキが焦ってくれて追いかけてくるかな?と期待する気持ちがあったけど、結局ミキは追いかけてこなかったので、この日はミキを自宅へ送ることもせずに、一人で帰ることにした。









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