#28 下の妹と母親




 家に上がると、俺とヒトミはそれぞれ荷物を置きに2階の自室へ向かい、ミキも俺の部屋に連れて行く。


 室内には、高校時代まで使っていた勉強机とベッドのみが残ってて、それ以外は多分母さんが用意したであろう来客用の布団が一組あり、他には何も無い。


 閉め切っていた為か室内はムワっとするので、荷物を降ろすと換気をする為に窓を開けてから、ベッドに腰掛けたミキに「遠かったでしょ。疲れてない?」と聞いた。


「全然大丈夫だよ~!体力には自信あるからね!」とまだまだテンションが高い様だ。


「ちょっと休憩したら下に降りるか」


「じゃあ、少し近所をお散歩してもいい?」


「良いけど、ホントに元気だね」


「だって、ヒロくんの育った町を見るのが旅の目的だからね!」


「そっか。じゃあ涼しい恰好に着替えて散歩行こっか」


 そう言いながらミキの隣に腰を下ろすと、ミキは両手を広げて「ん~」と言いながら俺に抱き着いて来た。





 二人ともTシャツとハーフパンツの部屋着に着替えると、ヒトミに「ちょっと散歩行って来るわ」と声を掛けてから出かけた。


 ウチは町内でも更に山間に近い地区にあり、本当に山と川と田んぼしか無いので、今日の所はとりあえず近所の神社を目指して手を繋いで歩いた。


 時間は午後の3時を過ぎでまだまだ日差しが強かったが、空気は都会と違って澄んでるし、風も涼しくて気持ち良かった。



 自分が育った懐かしい田舎道を恋人と手を繋いで歩くというのは、何とも言えない様な郷愁きょうしゅうが胸に沸き、俺はこの1年半ですっかり都会側の人間になったんだと自覚させられた。



 のんびり歩きながら、明日からの予定を相談した。


 明日の2日目は川遊び。

 3日目は、親の車借りてドライブ。

 4日目は、自宅庭でバーベキュー。

 5日目は、A市に戻る。

 因みに、来るとき一緒だったヒトミは残って8月いっぱいはコッチで過ごすらしく、帰りは俺とミキの二人だ。


 俺が考えていた予定を話すと、ミキは異論もない様で「おっけー!」とニンマリと嬉しそうな笑顔を見せた。


 1時間程の散歩を終えて帰宅すると、ヒトミとマユミがリビングでお喋りしていたので、ミキもそこに合流して、俺は家の裏にある物置で探し物を始めた。


 昔、家族でキャンプに行くと使っていたイスとガス式のコンロがあったはずで、それを明日川遊びに持って行こうと思い、使用出来るかの確認をしておきたかった。


 目的の物は直ぐに見つかり、コンロは庭で実際に点火して確認したが問題無かったので、折り畳みのイス2脚と一緒に自室に運んでおいた。



 用事が済んだのでリビングへ行くと、ミキはすっかり妹たちと馴染んだ様子で、3人とも楽しそうにお喋りしていた。

 まぁ元々ヒトミとは仲良くなってたし、マユミもミキも物怖じしないタイプだから初対面でも上手く行くだろうとは思っていた。


 ただ、やはり俺自身はこの空気が苦手で、自ら蚊帳の外のキッチンへ大人しく引っ込んで、冷蔵庫などをチェックしてからおかずのメニューを考えて、晩飯を作ることにした。


 多分、母さんなりに今夜の食事は考えているのだろうけど、何せ実家に居てもすることが無いんだよな。


 ミキと一緒ならヒマになることも無いんだけど、今は妹たちに盗られちゃってるし、自宅と言えども久しぶりの実家ではゲームもPCも置いてなくて、精々スマホくらいなものだ。


 なので、暇つぶし目的で、晩飯の用意を始めた。



 人数は6人居て人数分一品一品作るのは面倒なので、メニューはカレーにした。


 普段の一人暮らしでは、カレーは作っても食べきれないので自分で作る機会は滅多に無い。

 カレー食べたくなったら、弁当屋さんで買って来たりファミレスとかへ食べに行くくらいしか無く、意外と縁遠くなっていた。


 なので、ちょっぴり張り切って作った。

 黙々と野菜の皮剥き&カットをこなし、冷凍庫で見つけたちょっとお高めな牛肉を炒め、野菜と一緒に煮込んで、市販のルーを投入してから洗米して炊飯ジャーにセットして、後はキッチンの食卓に座って鍋の見張り番をしながら、一人スマホをいじっていた。


 しばらくすると、カレーの匂いに誘われたのか、マユミがキッチンにやって来た。


「お兄ちゃん、カレー作ったの?」


「おう、ヒマだったしな」


「お母さん、今夜はお好み焼きにするって言ってたよ?」


「もう遅い。作っちゃったから今夜は諦めてカレー喰え」


「まぁカレーも好きだし別にいいけどね。 それよりさ!お兄ちゃんの方から告白したんだって?よくあんな綺麗なモデルさんみたいな人捕まえられたね?」


「五月蠅い。受験生は勉強してろよ」


「うっわ、久しぶりなのにウザ」



 久しぶりにマユミにウザがられていると、母さんが帰宅したのかリビングから騒がしく声が聞こえて来た。


 慌ててリビングに行くと、ミキと母さんが丁度挨拶を交わして手土産を渡している所だったので、俺からも「おかえり。しばらくゆっくりさせて貰うね」と言うと、母さんはニヤァとワザとらしくてイヤらしい笑顔で「こんな綺麗な子、ドコで捕まえて来たのよ?」と言い出した。


 さっきの妹と言い、ウチに彼女なんて連れてくればこういう反応になるのが分かってたからイヤだった訳で、特に母さんは俺が何か言い返したところで更に面白がるのが目に見えているので、俺は目を細めて口をつぐみ、『何も答える気はありません』と無言のアピールをした。



 その後、父さんも帰宅し、ミキとの顔合わせを済ませると俺の作ったカレーで晩飯タイムとなった。


 食事中は、母さんとマユミがミキに話しかける様に会話が繰り広げられ、コミュ力高いミキも楽しそうにそれに応え、俺とヒトミと父さんは大人しく食事をしていた。


 とは言え、俺はもう2年目だがヒトミは一人暮らし1年目で、親としては流石に娘の新生活が心配なのだろう。普段は口数が少ない父さんが、ヒトミに大学や一人暮らしの様子を聞き始めた。


 それを切っ掛けに、今度は話題の中心がヒトミに移り、地元では一流大学の代名詞的な扱いのC大の話になった。



「そういえば、ヒロキの同級生だった子で篠山シズカちゃんって居たでしょ? シズカちゃんも1浪して今年C大に入学したんだって。ヒトミちゃん、大学で会ったこと無い?」


「篠山シズカさん?たしか小学校一緒で兄ちゃんの学年に居たね。 でもどんな顔だったか覚えてないし、いま大学で見かけても分からないかな。 そもそも今年の新入生だけでも2000人以上居るし、顔とか名前が分かるのはせいぜい同じ学科内だけだから、直接自己紹介でもして貰わないと気づけないと思うよ」


「ん?俺の同級生?そんな子居たっけ? ヒトミもよくそんな昔のこと覚えてるな」


「ほら、小学校の頃にご両親が離婚して転校しちゃった女の子居たでしょ? ヒロキが小学校の3年の時だったかしら?お母さんと娘さんのシズカちゃんが引っ越しちゃって、お父さんと弟さんがコッチに今も住んでるのよ」


 田舎の小学校なので、当時ひと学年30人も満たないくらいで1つ学年違う程度なら普通に遊んだり交流がある人がほとんどだったので、1つ下のヒトミも憶えてたのだろうけど、俺はその子のことはマジで記憶に無かった。


「よくそんな話し憶えてるな、何年前の話しだよ。10年以上前でしょ? 話し聞いても全く思い出せないんだけど。そもそも引っ越して他所の町に行っちゃった子の進学先を何で知ってるんだよ」


「荒井さんとこのご主人が篠山さんのお父さんの方と同じ職場で、娘さんがC大合格したって喜んでた話しを聞いたのよ」


「これだから田舎は全く…。あんまりウチのこともベラベラ喋んないでよ?マジで恥ずかしいから」



 田舎特有の狭いコミュニティでは、離婚&引っ越しなんていう話題はショッキングなスキャンダルだから、当時は直ぐに噂が広まり騒がれたのだろう。1浪でもC大に合格したっていう話題だけでもコレだからな。


 まぁ、子供だった俺には全く興味が無かった訳で、全然覚えてないのがその証拠だ。




 夜はミキも俺の部屋で寝ることになったのだが、初日のこの日は流石にミキも疲れが出てきた様で、俺よりも先にバタンキューと寝てしまった。











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