#13 妹への確認



 時計の針が5時を指す前にはミキの調理も終わり、ローテーブルを3人で囲むように座った。


 テーブルにはハンバーグだけでなく、レタスとハムのサラダ、大根の味噌汁、きんぴらゴボウ、そして白いご飯のお茶碗がそれぞれ3人分所狭しと並んでいる。これらは全てミキが一人で用意してくれた。


 先ほどは、腕前はまだまだだと言ったけど、初めて作ってくれたオムライスに比べれば雲泥の差だろう。

 ハンバーグのジューシーな匂いも美味しそうだ。 今日はずっと窓を網戸にしているので、きっと外にまで美味しそうな匂いが漂い、近所の人たちの空腹感を刺激してるに違いない。


 早くミキの手作りハンバーグを食べたい俺は、ココは料理をしてくれたミキが音頭を執るべきだろうとミキにアイコンタクトを送る。


 俺の視線で意図が伝わったミキは、顔の目の前で勢いよく手を合わせると「それじゃ~食べましょう~! 頂きます!」と大きな声を出したので、俺とヒトミも同時に手を合わせて、ミキに負けないくらい元気な声で「頂きます!」と言ってから食事を開始した。


 みんな同時に箸を手に取るが、ミキは箸も持ったまま俺とヒトミの食べる様子を期待するようなキラキラした眼差しで見つめている。


 まず最初に、箸でハンバーグの真ん中を割って、中の焼け具合を確認した。 別にミキの料理だからそうしてるのではなく、普段自分でハンバーグを作った時にもやってしまうクセみたいなものだ。

 肉汁が染み出て来て中まで火が通ってるし、表面にコゲは無い。


 箸で一口大に分けて1度ご飯の上に乗せてから口に運ぶ。

 若干冷めてしまっているけど、味はしっかり付いてて、普通に美味い。


 俺が「美味い」と言うよりも先に、ヒトミが「美味しいです!」と感激の声を上げた。 先を越されたが、俺も追従するように「うん、美味しい美味しい」と同意する。


 ミキは俺たち二人の感想を聞いて満足したのか、自分も食べ始めた。


「ちょっとコレ!今日のハンバーグ凄く美味しいよね!私凄くない!?」


「うん、だからさっきから美味しいって言ってるじゃん」


「はい、美味しいですよ」


「何か美味しくなるような工夫とかしたの?」


「えっとね!ドリップがたっぷりになる様に脂身が多そうな挽肉選んで使って~、玉ねぎの歯ごたえが残る様に粗目のみじん切りにしてて~、あと火が通りやすいように窪みの形にしてて~、後は焼く時の火加減が強くならない様に注意してたくらいかな~」


 通ブッて肉汁のことをドリップとか言い出したが、それだけ料理の勉強をしていると言うことだろう。


「なるほど。色々工夫してたんだね」


「ね!私凄くない!?」


「うん、凄い凄い。このまま頑張れば、次期料理長はミキに決まりだね」

(バイト先のレストランの話。勿論ジョーク)


 ミキは自分でも満足の出来だった様で調子に乗り始めたが、彼女が機嫌良く楽しそうにするのは俺も喜ばしいので、褒め続ける。


「そっかな~?でも私はシェフよりも料理上手な奥様になりたいかな~?」うふふ


 更に調子に乗ったミキが、ヒトミの前だというのに結婚を匂わせやがった。


「やっぱり、ミキさんと兄ちゃんは将来結婚するんですか?」


 間髪入れずに反応するヒトミ。


「どうなのかな~?ヒロくん次第かな~?」チラッ

「こら、止めなさいってーの。まだ俺たち若いのに結婚なんて早すぎる」


「兄ちゃん、しっかりしてる様に見えて抜けてる事が結構ありますからね。結婚となると不安になっちゃいますよね」


「そうそう!ヒロくんって頼もしい時とドジな時のギャップがあるの!そこがまた可愛いだけどね!この間だってね、バイト中に女性のお客さんから―――」


 慌てて窘めるが、ミキもヒトミも俺の話は全然聞かず、俺を除け者にして二人で俺の話題で盛り上がり始めた。


 俺が危惧していた状況は、正にコレだ。

 こうなってしまうと、俺が何か言ってもタダの燃料(俺を揶揄う材料)にしかならないと思われたので、一人黙々と箸を進めた。


 一人先に食べ終え「ご馳走様」をしてから自分の食器をキッチンのシンクに運ぶと、ミキがお喋りを続けながら俺の湯呑に温かいお茶を煎れてくれたので、お茶で食後の一息付きながら、ヒトミの疑惑に関して考えていた。



 今日ココに来てからのヒトミの様子を見ている限り、俺に対する悪意や憎しみは微塵も感じられない。

 それでも、もしヒトミが盗難事件に関わっていたとしたら、最初にミキが言ってた様な窃盗のプロや常習犯だろうって話だ。

 もちろん、ヒトミが窃盗のプロだなんて思わない。

 つまりは、ヒトミはシロだろうと思えた。


 但し、確認作業だけはした方が良いだろうと思い、ヒトミを怒らせたり傷つけることなく確認するにはどんな風に話すべきかを考え、1つの方法を思いついた。


 まだ食事中でお喋りが盛り上がっている二人を置いたまま俺だけキッチンのテーブルに移動して、メモ用紙に盗難被害にあった私物を書き連ね、簡単なリストを用意した。


 トランクス2枚

 傘1本

 ジョギングシューズ1足

 グラス1個

 歯ブラシ1本


 ハンドタオルやスプーン等は、盗難の確証が無かった為、リストには入れなかった。

 何のリストか言わずに、このメモを見せて、どんな反応をするのか確認してみる。

 どうせなら、「このメモ見て、何のリストだと思う?」と聞いてみるのも良いかもしれない。


 俺の想定では、1つでも心当たりがあれば、多少の動揺は見せるのでは無いかと考えている。

 逆に、心当たりが無ければ、「何これ?」とかあっさりした反応を見せてくれると思う。


 その結果を見て、もし無関係だと確心が得られるようなら、「実は、兄ちゃん、盗難にあったようで、これは盗難被害のリストなんだよ」と相談する流れにすれば、ヒトミは怒ったりしないと思う。


 逆に動揺を見せる様なら、「何か知ってるの?」とでも追及して、更に反応を見たい。




 ◇




 二人の食事が終わるのに併せて、二人分のお茶を今度は俺が湯呑に煎れてあげる。

 二人には「食器は俺が洗っとくから、二人はそのまま休んでて」と言い残して、二人の食器をシンクに運び、そのまま食器洗いを始める。


 食器を洗い終えるとキッチンから二人に向かって、「ヒトミが持ってきてくれたシュークリーム、食べる?」と聞くと、「私1つ頂く!」「じゃあ私も1つ食べる」と返事をしたので、冷蔵庫から箱ごと取り出し、そのままローテーブルへ置いた。


 蓋を開いてからミキとヒトミの方へ「どうぞ」と言って箱ごと押しやると、ミキが1つを取り出し、続いてヒトミも1つ取り出した。

 ミキもヒトミも中身のクリームが垂れない様に器用に食べ始めたので、俺も1つ取り出してひと口ガブリと食べると、口の周りと持つ手に中身のクリームがベットリ垂れて来た。


「あーもう!ヒロくん垂れてるよ!」


「ティッシュティッシュ」


「ほら、じっとしてて」


 ミキがそう言って俺の口の周りをティッシュで拭いてくれた。


 シュークリームの残りをひと口に放り込んでモグモグさせていると、ヒトミと目が合う。


 めっちゃニヤニヤしてる。

 すげぇ何か言いたそうだ。ロクなことじゃないのが分る。


 また俺とミキとの恋愛絡みの話題が始まると今日の本題に入れなくなるので、速やかに湯呑のお茶を飲んで、今度は自分で口を拭い、ズボンのポケットに入れていたメモを取り出しながらヒトミに話しかける。



「ヒトミに見て欲しい物があるんだけど、見てくれる?」


「うん、なに?」


 詳細は言わずにメモを広げてヒトミの前に置く。


 シュークリームを食べ終えたヒトミがメモを手に取り、読み上げる。


「トランクス2枚、傘1本、ジョギングシューズ1足、グラス1個、歯ブラシ1本…、何のリストなの?ナゾナゾか何か?」


「ナゾナゾじゃない。なんだと思う?」


 俺が真面目なトーンで質問すると、ヒトミはもう一度メモを見ながら考え込んだ。


「うーん…、私に買って来て欲しいお遣いリストとか?」


 返事をせずにヒトミの表情を注意深く観察する。

 少し困った表情をしているが、動揺している様には見えない。

 何が始まろうとしているのか分からず、困惑している様に見える。


 今度はミキが話し始めた。


「やっぱりヒトミちゃんは無関係だと思うよ? ヒトミちゃん、そこに書かれてる物に何も心当たり無いよね?」


「はい。何のメモなのかサッパリ分からないです」


 ヒトミの表情は、相変わらず困惑したままで、俺の答えを待つように俺を見つめ、俺が見つめ返しても、目を逸らさず真っすぐ見つめている。


 その様子を見て、ヒトミは盗難事件とは無関係だと判断することにした。







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