#12 妹を呼び出し




 キッチンでは、エプロン姿のミキが忙しく動き回り調理をしている。

 時折「しまった!」とか「あれれ?」とか言ってるが、毎回の事なので俺は口を挟まない。 指示された時だけ言われたことを手伝う。


 先ほどヒトミとの電話で、『料理にはちょっと自信があるの』とミキは言っていたが、実際の腕はそれほどでもない。

 というか、俺の恋人となり、俺が一人暮らしをしているこの部屋に遊びに来るようになってから料理の勉強を始めたので、まだまだ素人だと言える。

 だから、子供の頃からある程度料理をしていた俺の方のが経験も知識もある。

 俺とミキのどちらの料理が美味いかどうかは、食べる人の主観で変わるので敢えて言わないが。



 それまで料理が出来なかったミキが、俺に手料理を食べさせたいと考え、自分の母親に教わって何度も練習して、この部屋で一人で作って初めて俺に食べさせてくれた手料理のことは、今でもしっかり覚えている。


 交際スタートして1カ月程の頃で、お互いまだドコか遠慮してる部分が見え隠れしている時期でもあり、緊張した面持ちのミキにガッツリ見つめられながらスプーンで食べたオムライスは、形は歪だったがそんなことは全く気にならなかったし、ご飯1粒残さず綺麗に完食した。 

 食べ終えて「美味しかったよ」と俺の言葉を聞いた時のミキの表情は微妙だったけど、最初から美味しく料理出来る素人なんて居ないし、客観的に見ても経験の乏しい素人が一人でオムライスを作れたことが凄いことだと思えたので、そのミキの頑張りをたたえるつもりで、「また食べたい」と付け加えると、この日初めてミキは嬉しそうに笑ってくれた。


 それ以来、ミキはウチに来ればほぼ毎回何かしらの手料理を振舞ってくれる。

 微妙な時もあるし失敗することもあるけど、ミキの中では「料理は女性が恋人に出来る1つ愛情表現」という考えが出来上がっているらしく、俺が口や手を出そうとすると、邪魔するなと言わんばかりに「大丈夫大丈夫!今から美味しくなるから!」と言っては「大人しく待ってて」と言われる。

 なので、料理の手伝いは、言われた時に言われたことだけする様にしている。




 ◇




 俺は、キッチンで忙しく動き回るミキを眺めながら、ミキが初めて作ってくれたオムライスを思い浮かべ、現実逃避していた。


 今からこの部屋に妹のヒトミがやってくる。

 これまで俺が避けていた事態が現実の物となってしまう。


 俺は、恋人のミキと妹のヒトミを会わせたくは無かった。

 何か後ろめたいことがあるとかでは無く、単純に、家族に自分の恋愛事情を知られるのが恥ずかしいから。


 しかし、ミキが強引に話を進めてしまい、こうなってしまった。

 俺の部屋での盗難事件の話を聞いて、ミキなりに色々気を回してくれてのことで、そういう意味では感謝してるが、この結果がどうなるのか分からないし、最悪のことを考えると、とても落ち着いてはいられない。




 ヒトミは4時過ぎにやってきた。

 月曜日に来た時はラフな服装で、メイクも最低限って感じだったが、今日は小奇麗な格好でメイクもしっかりしている。

 流石に兄貴の彼女、しかも年上の女性と会うので、恥ずかしくない様にと身嗜みだしなみをキチンしてきたのだろう。

 そういうマナー的なこともキチンとするところが、ヒトミらしいと言えばヒトミらしいと思う。 下の妹のマユミならば、兄貴の彼女と会うと聞いても、部屋着とかで来そうだ。



「急に悪いね」


「ううん。コッチでは唯一の家族だし、私も兄ちゃんの彼女さんに会ってみたかったから、こういう食事会っていうのもいい機会だしね。 あ、ハイ、これお土産ね」


 そう言って、シュークリームが6個入った箱を手渡してくれた。


「さんきゅ。まぁ上がって。彼女紹介するから」


 と言っても、ミキは直ぐ横のキッチンから、ニマニマした笑顔で俺とヒトミのやり取りを見ているけど。


 ヒトミが靴を脱いで上がってから、それぞれに紹介する。

 こういう時のミキは全く物怖じしないので、「初めまして~!ヒトミちゃんにずっと会いたかったの!今日はよろしくね!」と遠慮なくがっつくミキに、ヒトミの方が若干引き気味だ。

 そして、二人のやり取りに「変なこと言い出さないだろうな」と不安になりながらオロオロする俺。


 一通り紹介を終えたがまだ料理の途中で、いつまでも話していては食事が出来ないので、「先に料理済ませちゃおう」とミキを促し、お土産のシュークリームを冷蔵庫に仕舞うと、俺とヒトミは室内の方に移動してミキから離れた。



 ローテーブルを挟んで座ると、ヒトミの方から身を乗り出し顔を寄せて、小声で話しかけて来た。


「綺麗な人だね。背が高くて脚も長くてすっごいスタイル綺麗だし」


「ああ、高校までずっとバレーボール頑張ってたらしいから、体は鍛えられて今も綺麗なスタイルなんだろうな。 超体育会系女子だよ」


「ふふふ、そんな感じする。 どこで知り合ったの?」


「そういうのは良いから」


「良いじゃん教えてくれたって。 あ、でもミキさんに聞けば良いのか」


「なんだと!?妹と彼女が自分の眼の前で恋愛トークするとかどんな拷問なんだよ!マジ止めて、お願い」


「兄ちゃん、ホント相変わらずだよね。そーゆートコだよ?」



 こうして会話していると、兄妹仲は良好だと思うし、俺に対して悪意を抱いている様には見えない。

 やはりヒトミは盗難事件とは無関係に思えるし、『無関係であって欲しい』という気持ちが強くなる。




 ◇




 俺の部屋には、キッチンスペースに小さいテーブルセット(イス2脚)と居住スペースにローテーブルがある。

 キッチンのテーブルは、食事よりも勉強する時に使用することが多く、食事の時は一人の時でも二人以上の時でもローテーブルで食べることがほとんどだ。


 俺とヒトミがローテーブルでボソボソ喋っている間も、料理中のミキが食器や出来上がった料理を運んでキッチンとローテーブルを行ったり来たりしてて、その度にニヤリと笑顔を見せていく。

 今日のハンバーグは順調なのか、その笑顔からは自信がうかがえる。


 とは言え、ミキ一人だけに働かせるのも悪いと思い、俺もヒトミも何度も手伝いを申し出るが、「いーからいーから、ゆっくりお喋りしてて!」とか言われてしまい、それでもキッチンに行くと、直ぐに追い返されてしまう。


 今日のミキはいつも以上に張りきってる様だ。

 俺の妹のヒトミが居るからだろうけど、彼氏の家族の前だからと張りきっちゃう彼女のことが、なんというか、頼もしいというか、愛らしいというか、不安というか。


 可愛い奴め、ふふふ。でも、何かやらかしそうだな…。

 今、俺の胸の内は、こんな感じだ。



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