第39話 外道、薫を討伐してみた

「…………」


 初代による長時間の拷問の末なんとか解放された冬弥は、砂浜の方に上がっていた。


 結局、冬弥はひたすら謝り倒して、何とか初代の手から逃れることが出来た。しかし、必死に頭を下げるその後ろ姿は、先輩として大いに情けないものであった。


「まぁそれはそれとして、だ」


 冬弥はそう呟くと、シートの上で口を開けて寝ている友人の前に立った。


「薫────俺は忘れてないぞ」


 冬弥は冷めた牛肉の乗った皿を手に取ると、そのまま薫の口に照準を合わせた。


「ビーチバレーでセコい方法を使って相手の動揺を誘ったくせに、結局灯織のアタックを食らって失神したことをなぁ!!」

「ぐぶっ……!?」


 一気に大量の牛肉を口内にぶち込むと、薫は目を覚ました。必死に吐き出そうとするものの冬弥は最後までしっかりと口を押さえ込み、牛肉は薫の喉を通っていった。


「やっと目が覚めたか、薫」

「誰のせいだよ!?」


 薫は涙目になりながら叫んだ。


「まぁ落ち着けよ。ほれ、これやるから」


 冬弥は先程海の家で購入したトロピカルジュースを差し出す。すると、薫はそれを素直に受け取った。


「ありがとう。君がこんなに気の利く人だったとはね」

「あぁ。肉を全部ぶち込んでやったのも、俺なりの気遣いってわけだ」

「それは違うよね!? 僕じゃなきゃ窒息死してたよ!」

「そりゃ、お前じゃなきゃやってないからな」


 冬弥の言葉に、薫は押し黙った。


「どうした?」

「こんなにも不幸な特別扱いはあるのだろうか……」

「いいから早く飲め」


 冬弥が促すと、薫はストローをくわえる。


「……美味しい」

「だろ?」


 冬弥がニヤリとすると、薫は小さく微笑んで答えた。


「うん。でも、なんか辛いような……?」

「あちゃー。砂糖と間違えて七味入れちまったか」

「どんな間違いだよ!? 絶対故意でしょ!」


 冬弥の言葉に薫は呆れながらも、再びコップに口をつけた。どうやら彼は七味が入っていると知ってもなお、そのジュースを飲み続けるつもりらしい。


「それにしても……君は本当にモテるなぁ」

「は?」


 冬弥は素で聞き返す。


「俺が?」

「うん。二階堂さんに日焼け止めを塗ったり、若宮さんに泳ぎを教えてもらったり、あのピンクの女の子と水に入ってイチャイチャしたり……もうやりたい放題じゃないか」

「別にそんなんじゃないよ。ただ、あいつらが勝手に……」


 冬弥は否定しようとするが、途中で言葉を止めた。確かに、客観的に見ればその通りなのだ。


「……心底羨ましい!!」


 しかし、冬弥が何かを言う前に、薫は悲痛な叫びを轟かせた。


「ただでさえ君には若宮さんというウルトラハイパーグレート美少女がいるというのに、それに飽き足らず色々な女の子と素敵な青春フラグを建てるなんて……! あぁ……やはり僕には二次元の女の子しか……」

「ツッコミどころは満載だが……まぁ、落ち着け。『薫くんって面白いわよねー。運動神経もいいし』ってエマも言ってたぞ」

「ほ、本当……!?」


 薫はそう言うと、頭を抱えた。──エマにそう言って貰えた嬉しさと、ろくに話せなかった悔しさを同時に噛み締めているようだ。


「そういや、灯織も『あれはなんか、悪かったね……頭が』って言ってたな」

「それはただの悪口だよね!?」

「まぁ、そんなもんだ。あいつは男嫌いだからな」


 薫は頷いた。たしかに、あまり男子と話しているところを見ない。


「……疑問なんだけど、君はどうやって若宮さんと仲良くなれたんだい?」

「灯織と? まぁ、傷つくことも厭わず真摯に向き合ってたら、って感じかな」

「あぁ……君が言うと説得力があるね」


 薫は苦笑いしながら言った。たしかに、冬弥は灯織関連のことで滅多に投げやりになることがない。あれも一種の真摯さであったのだろう。


「なんだ。もしかしてお前、灯織のこと好きなのか?」

「えっ、いや別に……そんな様子を僕が一度でも君に見せたことがあるかい?」

「無いな。どちらかと言えばエマをエロい目で見ている印象だ」

「見てないよ! いやたしかに、二階堂さんは素敵な女性だと思うけど……」

「なんだ。結局灯織じゃなくてエマ狙いなのか」

「だから違うって! そもそも僕の好みの女の子は金髪碧眼の美少女なんだ。二次元にしか……」

「完全にエマじゃねぇか! 高飛車でちょっと天然なのもいいと思ってんだろどうせ!」


 冬弥がそうツッコミするものの、それをスルーして、薫はため息をついた。


「はぁ……なんだろう。手の届かない恋というのは、こんなにも辛く儚いものなんだな」

「そういうところだと思うけどなぁ。薫が一歩踏み出せない理由は」


 冬弥がそう言うと、薫は彼の横顔を見た。昼下がりの砂浜には海辺の爽やかな風が吹いている。


「それって、どういう──」

「御託はいいってことだ。とにかくやってみる。話しかけてみる。その積み重ねで、恋のチャンスってのは掴んでいくものなんじゃないか?」

「────」


 薫はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


「……そうだね。まずはチャレンジしてみないと」

「あぁ。ちなみに俺は、小学生以来一度も恋をしていないことに加え、最近まで男子校に通っていた人間だ」

「説得力皆無!! よくあんな偉そうに言えたな!」

「まぁ何事もとりあえずやってみるってことは、大事だと思うけどな」

「たしかに……一理あるね」

「そうだろ? だから、いつかお前がエマに告白する時は俺を呼べ」

「何が『だから』なの!? 呼ばないよ!」

「安心しろ。ちゃんと陰から見守ってやるからな」

「それも嫌だよ! 二階堂さんが可哀想でしょ!」


 薫がそう叫んだ時、後ろから声が聞こえてきた。


「ワタシがどうかしたかしら?」


 振り返ると、そこにはかき氷を手に持ったエマの姿があった。


「おぉ、二階堂さん……」

「随分と楽しそうな話をしていたみたいね」

「えっと、これはその……色々と誤解があって……」


 薫は必死に弁明しようとするが、エマはそれを遮るように言葉を発した。


「ビーチバレーの時のこと。覚えてる?」

「えっ、あっいや、何のことだろう……」

「『トウヤがワタシの身体をお触りしてた』とかいう情報で初代を錯乱させたことよ! まったく、そのせいで一時間近くあの子に質問攻めされたんだから──」


 エマは顔を押さえてそう答える。どうやら二人は試合終了後も仲良くビーチバレーをしていると見せかけて、実際はあの時初代による詰問が行われていたらしい。


「まぁまぁ、その話はまた後で聞くとして……とりあえず、今は遊ぼうぜ。せっかくの海だし」


 冬弥の言葉にエマは呆れたように首を振ったが、それでも笑顔で答えた。


「そうね。折角の夏なんだし──」


 そう言うと、エマは足元から何やら棒状のものを取り出した。


「薫くんの頭で、スイカ割りでもしましょうか」

「!?」


 エマの怒りは収まっていなかった。彼女が棒を振りかざすのを、薫は必死に食い止めていた。


 やはり人生は因果応報。セコいことをすれば必ず自分に返ってくる──それにしても、しっかりバチが当たっている人間を見るのは、痛快なものである。

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