第14話 学校祭、準備。買い出し。

 高校生というのは決して、勉強するだけが身分ではない。


 進学校でもそれは変わらない。例えば、学校行事はクラスの団結力を深めたり、日常では味わえない貴重な体験ができたりする機会として無くてはならないものだ。


 そして高校生にとっての一大イベントといえばそう──学校祭である。


 一年に一度の祭典に向けて、生徒は何週間も前からせっせと準備を進める。クラスの出し物や、部活動での催しなど──準備期間は、学生にとってまさにお祭り騒ぎだ。


「おぉ……!」


 屋台の設営から戻った冬弥は、感嘆の声を上げた。教室の壁には血糊が塗られ、天井からはゾンビの首がぶら下がっている。お化け屋敷だ。冬弥と灯織のクラスはお化け屋敷と屋外屋台を出店する。どちらも大いに気合が入っている(冬弥談)


「早めに終わったみたいだな。土日は学校に来なくて済みそうか?」

「うん。十分間に合うと思うよ」


 入口付近に立っていた学祭実行委員、青木あおきかおるが呟いた。薫はメガネと青髪が特徴の理系男子で、「中途半端なのはダメ」という理念を持ち、お化け屋敷制作のリーダーとして一切の妥協を許さなかった仕事のデキる男である。女子には話しかけられないが。


「あとは、暗幕で日光が入らないようにしないとね。完全に用意するのを忘れていたな……」


 かおるは考え込む。ネット注文では学祭当日に間に合わない可能性もあるし、どうしたものか……。


「それなら、俺が買って来ようか?」


 その時、冬弥が手を挙げる。一瞬、教室で作業していた人たちの注目を集めた。


「おお、行ってくれるのかい? じゃあ、お願い────」


 薫はそう言って暗幕の買い出しを任せようとしたが、やがて待ったをかけた。


「ごめん、冬弥。君に任せたい気持ちは山々なんだが……暗幕なんて街の方に行かないと無いし、第一、君が街に行き慣れている人間のようには思えん」

「俺、一応東京育ちだからな……」


 舐めんなよ、と言って薫の肩を小突く。


「でも水澄みすみくん、平気で違うもの買ってきそ〜」

「暗幕と間違えてあんぱん買ってきたりね!」

「俺のイメージどうなってんだよ!?」


 自分ではしっかりしてる方だと思っていただけに、冬弥は心に深い傷を負った。


「じゃあ、俺の他にもう一人連れていくってのはどうだ? それなら薫も安心だろ」

「うーん、じゃあ誰がいいかな」


 この教室は部活をやっている人間が多い。薫もその中の一人で、週末はテニス部の練習試合が入っていた。


 さて、どうしたものか……二人が考え込んでいると、彼らの近くを黒髪の美少女が通った。


「あっそうだ、灯織ー!」


 冬弥は灯織の名前を呼んだ。そうだ。こいつになら、俺の隣を任せてやってもいい──!


「なんだと……!?」


 冬弥が気さくに灯織に話しかけるのを、薫は驚いた顔で見ていた。実はこの時、冬弥と灯織が一緒に住んでいるということを完全に忘れていたのだ。


「お、おい! 若宮さんに君ごときが話しかけたら、なんて言われるか……!」

「え? 別にいいだろ。確か週末はバドミントン、無かったはずだしな」


 冬弥は何食わぬ顔で答える。そうしてそのまま、灯織の肩を掴んだ。


「な。週末に暗幕カーテンを買いに行きたいんだが、一緒に行かないか?」

「え……部屋で○麻でも育てるつもり?」

「んなわけあるか!! クラスの出し物だよ。ホラ、お化け屋敷の」


 あー、と言ってから灯織はしばし顎に手を当てて考える。その様子を見て、薫はあんぐりと口を開けた。


(若宮さんが、男と普通に喋っている……)


 薫はあまりに信じられなかった。それはそうだろう。特段顔がいい訳でもない冬弥に対して、学園一の美少女である灯織がフランクに接しているなんて容易に信じられるはずがない。


 一体、この世界に何が起きているのか──薫が取り乱していると、目の前にクラスの女子がひょっこりと顔を出した。


「どしたの、青木くん」

「……!? あ、えっと……僕の冴えない友人が、若宮さんと話していたから驚いていたのさ」


 薫は動揺しながらもそう答える。すると、黒髪ショートの女の子は呆れたように言った。


「今更何言ってんのさー。水澄くんと灯織ちゃんが普通に話してるって、そりゃ、一緒に住んでるんだから当たり前でしょー」

「……あっ」


 刹那。薫と女子の間に奇妙な空気が流れる。やがて女の子はクラスメイトに名前を呼ばれると、そちらの方へ歩いていった。


「……」


 薫は頭を抱えた。──自らの失念と、女性に対してのコミュ力の無さを恥じていたのだ。


「おい」

「!?」


 薫は肩をビクッと震わせながら顔を上げた。するとそこには、ひと仕事終えたと言わんばかりの顔で冬弥が立っていた。


「買い出し、OKだとよ。灯織と行ってくるわ」

「そ、そうか……助かるけど、大丈夫なのかい?」

「あぁ。部活もないし、ちょうど街に用事もあるらしい」


 俺は荷物持ちだな、と言って冬弥は笑う。薫はそんな彼を羨望の眼差しで見つめた。


「君は本当に…………あんな美人と一緒に住めて…………良いよなぁ……!」

「え? よくわからんが薫も一緒に住むか?」

「い、いやいやいや!!」

「家広いし部屋余ってんだよな」

「僕が行くことに必然性がないよ!!」


 とんでもない、と薫は首を横に振った。それと、やはり冬弥は化け物であると思わされる。しかし、それは灯織と普通に会話させて貰えている時点で明白だろう。


 彼はどうやって、灯織の心を掴んだのか──その答えを、薫は必ずこの目で見つけてゆこうと決心した。


「一緒に買い出しに行くのはいいけど……たしかに、道中捨てられる可能性があるな」

「なんてことを!? 彼女はそんなに凶暴なのかい!?」

「俺が下ネタを言えば即処刑だ」


 そう言うと、冬弥は再び屋台の方へと向かった。『それはお前が悪いだろ』と思った。

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