第7話

「あ、ああっ……、その神々しさは、まさか……!」


 突如響いた女性の声に驚いてそちらを見れば、私が無様に震えているうちに、先ほど遠くに見えた一団が到着していたらしい。

 やはり馬車が3台。中央の物が一段豪華でなんか白い。

 その中央の馬車から、気品のあるドレス姿の、私と同世代くらいに見えるとても美しい少女が1人降りてきている。先ほどの声は、この方が発した物だろう。


 その彼女を庇う様に馬を降りた幾人かが前に出て、油断なく剣を構えた。

 前と後ろの馬車から降りてきたのは、バージルさんと同じ魔法使いだろうか。ローブ姿の人々が少女の周囲に散っていき、こちらも戦闘準備なのだろう、手を祈るように組み、ぶつぶつと何か唱え始める。

 そのあからさまな警戒が見知らぬ怪しげな風体の私に対するもの、だったら良かったのに。彼らはどうにもバージルさんを睨んでいるようだ。


「バージル・ザヴィアー卿、弁解があるなら聞いてさしあげるわ。これは、いったいどういうことかしら」


 集団の中央から、堂々と朗々と、少女からの詰問が飛んだ。

 それを受けたバージルさんはふっと鼻で笑うと彼女へと向き直り、慇懃過ぎて無礼の域に達しちゃいないかという程優雅で美しい礼をする。


「これはこれは。どういうもなにも、見たままですよ、マライア王女殿下。こちら今代の聖女、リア・シキナ嬢にございます。俺が、召喚いたしました」


「な、なんてことを……! ……騎士たち、この痴れ者を捕えなさい!」


 ひえっ。

 とてもあっさりとバージルさんが自白(?)した途端、怒りをあらわにした王女様が、鋭く叫んだ。

 彼女の号令で動き出した2人の騎士が、バージルさんを押さえにかかる。


「おや? 麻の、縄。魔法使いを拘束するつもりなら、最低限でも竜の骨で作った枷くらいは必要なのでは?」

 飄々とそんなことを言いながら、バージルさんは抵抗する様子もなく、あっさりと麻縄で拘束された。

 後ろ手にぎちぎちに縛り上げられた両手が痛々しい。


「あなたが、この国最強の呼び名も高い稀代の天才魔法使いバージル・ザヴィアー魔法伯が、竜の骨程度で無力化できるわけがないでしょう。何を用意したって意味なんてないのだから、それだって同じことよ」

 王女様は、忌々しそうにそう吐き捨てた。


「なるほど、確かに。何だってどうせ破られるなら、いざ破られた時の損失を考えれば、ただしい選択ですね。おさすがです」

 言葉は敬っているようであるのに、その表情はいかにも小ばかにした冷笑。


 バージルさんのそんな言動に、王女様の視線が、騎士らの警戒が、魔法使いたちの詠唱(?)が、更に一段鋭くなった気配がした。


「え。え。えええ……」

 迫力のある美形同士の、なんだかバチバチと凄まじいやり取りを最前列で眺めることになった私は、もうどうしたら良いかわからなかった。『え』しか出なかった。


 そういえば、さっき『せかいさいきょう』ってオウム返ししちゃったときに妙にバージルさんが恥ずかしそうだったのは、国内最強の称号を持つ人だったからかしら。

 なんて、ぼんやり考えている場合じゃない。

 バージルさんが騎士に忌々し気に背中を押され、今にも連れていかれそうになっている。


「ま、待ってください!」

 私が叫ぶと、王女様はくるりとこちらに振り返り、はっとした表情で膝を折って頭を下げた。

 騎士と魔法使いっぽい人たちなんて、剣も魔法も引っ込めて、ざざざと地面に膝をついていく。

 ああっ、バージルさんを連れていた人たちが、バージルさんを押さえつけて無理矢理膝をつかせた! 頭も地面につきそうなほど下げさせてる! あんまり乱暴なことしないで……!


「えっ!? ……いや、え?」

 なんか王女殿下とかいう人を含む、気品あふれる大人たちの集団に一斉に頭を下げられてしまったとき、どうすればいいのかなんて。

 わかるわけないだろただの女子高生に。


 そういや、バージルさんが聖女が世界で1番偉いぜみたいなこと言っていたな? これ、私も頭を下げて礼をし返したら終わるやつ? でも、私の姿見えてなくない? なんて、なんとなく椅子から微妙に腰を浮かせた体勢でまごまごしているうちに、彼の頭を押さえつけていた騎士の手を、バージルさんがうっとおしそうに首の力で振り払ったのが見えた。

 そして上げてくれたバージルさんの視線が私と合ったので、『助けてくれ。どうしたら良いんだ』という思いを込めてアイコンタクトを送る。


「聖女であるリアが、この場で、というか、この世界で1番偉いんだよ。リアが許可してやらなきゃお前に声をかけることはできないし、リアが『面を上げよ』と言うまで、こいつらはいつまでだってこのままでいる」

「不敬だぞザヴィアー魔法伯……!」

 バージルさんは親切にどうしたら良いか教えてくれたが、彼を拘束していた騎士は腹立たし気にそう言って、バージルさんを押さえている手に力をこめたようだ。

 ぎしりと嫌な音が、縄からだろうかバージルさんの腕からだろうか、聞こえてきた。やめて。


「や、やめっ……」

「そうだな。これも罪状に加えておくといい。聖女に許可なく礼を失した態度で声をかけ、少しも敬意を感じられない口調で話し続けたとな。というか、俺はまだザヴィアー魔法伯なのか? この追加の罪状だけでも、王家が与えた家名と称号を剝奪するには十二分じゃないか?」

 止めようとした私の言葉を遮って、バージルさんは涼し気な表情でそう言ってのけた。

 強いなこの人怖いものなしか。いくら国内最強だとしても、剣だの魔法だのが四方八方から飛んできそうな気配がしているというのに。


「ば、バージルさんには私が許可を出しました! 頭だって何回も言ってようやくあげてもらったんです! だからバージルさんは悪くありません!」

 飛んできそう、というか、正に今飛び出す。そんな予感がして、私は反射的に叫んだ。


 すると、まだどこか不服そうな空気は感じるもの、じわじわと張り詰めた空気が解けていき、ホッと息を吐く。

 許可なんてわざわざ出したわけじゃないけど、ああいう感じで話しかけられても不快なんてまったくなくずっとおしゃべりしていたんだし。

 感謝を示されたときにだけど、なかなか頭を上げてくれなかったのは事実だし。

 今言ったことは、そんなに嘘じゃない。


 そう自分を納得させてから、他の方々も楽にしてもらわねばと気合を入れ、声を張り上げる。

「皆さんも頭を上げてください。それで、敬語とかもいらないので普通に話してください。年上の人に敬語を使われるとか、落ち着かないので……」


 私がそう言うと、まず王女様が、次いで彼女の周りの人々から順に頭を上げて、しっかりと立ち上がってくれた。

 よしこのタイミングで、と思って私も立ち上がろうとしたのだが、バージルさんが視線と仕草でそれを制してきて、本当に良いのかなぁとは思いつつも、おずおずと椅子に戻る。


 うう。いたたまれない。

 でも、聖女が立っていたら向こうが落ち着かないとかなのかなと思うと、大人しくせざるを得ない。


「挨拶が遅れまして、誠に申し訳ございません、聖女様。また、御前にて見苦しい騒ぎを繰り広げたこと、重ねてお詫び申し上げます。わたくしは、チチェスター王国第一王女、マライアと申します。御身のチチェスター王国へのご降臨に際し、王家を代表して感謝と歓迎を述べさせていただきます」

「や、あの、そんな、あ、ありがとうございます……?」


 ひょえ。

 バージルさんですら敬語を使っていた王女様にとても丁寧なあいさつをいただいてしまって、私はなんか小首を傾げながらよくわからないことを言ってしまった。

 今度は私が止めなくてもタイミングでやめてくれたが、また深々と頭をさげられてしまったし。

 うう。胃が。胃が痛い。


「……聖女様のご降臨は誠に喜ばしいことではございますが、御身にとっては突然の悲劇。そのご心労いかほどのものか……。未然に防げなかった私どもの不甲斐なさ、慙愧に堪えません。ご要望があれば、この身この命に代えてでも全力で叶えさせていただきます。なんなりと、お申しつけくださいませ」

 そう続けた王女様に、更にはそれに同意するようにバージルさんを除く他の方々にも揃ってまたも頭を下げられて、喉の奥にすっぱいものを感じる。


 やめて。プレッシャーで吐いちゃう。

 王女様がこの身この命に代えてでもなんて。

 しかも、それを止める人が1人もいないなんて。

 というか、もしやこれ他の人々も王女様と同じだけの覚悟をしてるってこと……?

 異世界人、みんなデフォルトで覚悟ガンギマリなの……?


 こっそり自分の胃のあたりを一撫でしてから、私は告げる。

「あ、あの、私は別に、誰も責めるつもりはありません。もちろん、バージルさんのことも。確かに、彼は聖女召喚を行いました。それが、この国どころか、この世界では禁止されていることだと聞きました。でも、私としては、重い罪に問わないで欲しいんです」

「そうおっしゃられましても……」

 私の言葉に、王女様は困ったように眉を下げ、傍らの騎士たちと視線を交わす。


「無理を言ってやるな、リア。一応は法治国家で、たとえ王族だろうとこの場で俺の処分について、約束などできない。あり得ないことだが、これで俺を死刑以外になんてすれば、チチェスター王国が他国に批難されるしな」

「いくら聖女様の許しがあるとはいえ、口の利き方に気を付けなさいバージル・ザヴィアー。私と聖女様が話しているところに割って入るなど、王家に対する不敬と見なしたって良いのよ」

 冷たくそう言い放ったバージルさんを、王女様は不愉快そうに睨みつけた。


 美人の怒り顔、こわい。


 自分に向けられたわけでもないそれに、ぴょえっと震えている私に、一転優し気な笑みを浮かべ、王女様は言う。

「失礼いたしました、聖女様。聖女様のご希望、国王にも確かに伝えさせていただきます。ですが、当のザヴィアーがこのように反省の感じられない態度では……」

 そう言ってまたバージルさんを睨む王女様に、私はあわててしまう。

「いえ、あの、これ、わざとだと思うんです。なんかずっとバージルさん、変に悪ぶっている感じというか……。自分だけの責任にしたいのかなって気もするし、なにより、自分が裁かれた時に私が罪悪感を感じないようにしようとしてくれているんじゃないのかなって……」


 王女様にはちゃんと敬語を使えていたのに私にはそうしないのは、私のような貧相な小娘をなめているというのもあるだろうが、きっと彼の優しさだ。

 わざと私を突き放すような態度は、私の罪悪感を軽くするため。そんな気がする。


 私の必死の訴えに、王女様はふむ、と顎に手を添えて、考え込むような仕草を見せた。

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