第5話

 完全に据わった目のまま、彼は重々しく告げる。


「リアを、家族から、友人から、愛する人から引き離し、気候も文化も衣食住環境全てが異なるこの世界この国に攫ってきたのは、俺だ。しかも、聖女を元の世界に戻す方法は、発見されていない」

「えっ」


 戻れないと言われて声をあげたみたいになってしまったが、薄々そうかなぁとも思っていたしそこはまあいい。

 それより、特に愛する人とかいないんだけど……? なにかなこのシリアスムードは。

 戸惑う私を置き去りにしたまま、彼は続ける。


「もちろん、こんなのは国際法で禁じられた大犯罪だ。聖女の地位は、王族よりも上位。それを攫ってきたのだから、それだけでもその罪の重さはわかるだろう」

「えっ」

「まして聖女をこの世界で死なせる、骨すらも遺族に返してやれないとなれば、当然に殺人と死者の冒涜よりも重く裁かれなければならないだろう」

「えっ」

「そんなわけで、この世界では、どの国においても、聖女召喚を行った者、及び協力者関係者計画に少しでも携わった者全てが死刑になると定められている」

「ええっ」

「よって、俺は、死刑確定だ。ただ、今回の聖女召喚は俺1人で完璧に行ったから、たった1人死んだところで気が晴れないと言われたら、どうしたものかな」


 淡々と、それが当然だとばかりに、重々承知だという口調で。

 なんだかとんでもないことを宣ったバージルさんは、やっぱりとんでもない覚悟をキメていた。

 死刑確定って。いやそんな。嘘でしょ。『え』しかでなかったよ。


「いえ、その、私としては、私のせいで1人死なれるのすらとても嫌なんですけど……。なんでそんな重い扱いなのでしょう……?」

「なんで? 当然だろう?」

「当然、なんです?」


 戸惑いを言葉にした私に眉をひそめたバージルさんは、重ねて尋ねた私に呆れたようなため息を吐いて、ゆっくりと語り聞かせる。


「まだ実感がないんだな。これまでの聖女の話からしようか。家族と、恋人と、主と従と、友人と、親類縁者と。故郷と、家と、財と、天職と、形見の品と。代わりなどいない誰か何かと永劫引き離された悲劇に、歴代の聖女は泣いてきた。この世界は、世界を救ってくれた聖女たちの涙の上にながらえてきた。恩を仇で返す、というのだろう」


 それは、そうか。

 私が偶々元々天涯孤独気味だっただからこんなにのんきにいられるだけで、普通は、けっこうな大事件か。


「中には、そちらの貴族令嬢で、重要な政略結婚の直前だったという聖女なんてのもいた。自分の失踪で戦争が起きかねない、どうしてくれると激高したそうだ」


 わあ。それはそれは。

 聖女の資質がある人を強制的にこっちの世界に引っ張ってくる感じだから、個々人の事情なんてかまってもいられなければ事前交渉とかもないわけか。

 私はしがない女子高生だが、これがなんか重要な人物だったら、その人があちらから消えた損失って、大変なものになるわけで。


「人が1人世界から突如として消えるというのは、そちらの世界に大きな損害を発生させる大事件だ。賠償をすべきだろうに、それもできない。あまりに一方的な略奪だ。恥ずべき蛮行だ。もちろん、聖女本人にはこの世界のあらゆる勢と財が捧げられてきたが、そんなのは世界を救った対価としてすら足りるものではない」


 言われてみれば。反論の余地がない。

 あちらの世界に聖女を返せなければ、たぶん、手紙とか物も送れないわけで。送れていれば異世界の存在があちらで話題になっているはずだけど、そんなのはたぶんなかったし。

 遺族(?)に対する補償は、しようがないのだろう。

 私がいなくなって泣いてくれる人に心あたりはないけど、普通は我が子が失踪すれば親はずっと苦しみ探し続けるだろうに。


「しかし、この世界の住人たちは、聖女らの涙と訴えを黙殺し続けてきた。魔王は地域や国におさまる問題ではない。まして、個人の感情なんぞを気にしている余裕などあるわけもないと。聖女がいなくば、こちらの人間が幾人死ぬか。必要な犠牲である、と」


 それも、そう。

 1人を誘拐すれば何人もの命が助かるなら……。


「ところが、ある時、それに真っ向から否を唱えた男がいた。100年前に呼ばれた先代の聖女、そいつは男だったから、聖人なんだが。彼は大学で法学を学んでいたとかで、とても弁の立つ男だったそうだ」


 ほう。100年前で、大学生。

 それは相当なエリートのような気がするな。すごい意識高そう。


「その聖人が、魔王討伐後に世界を周って啓蒙した。啓蒙ついでに種も撒いて周ったおかげで各国の上層部のだいたいにそいつの親類縁者がいたことも後押しになり、60年前くらいに世界各国が合意した。聖女召喚を禁じることに。自分たちの世界の事は、どれだけの犠牲を払うことになろうとも、自分たちで対処すべきだと」

「うわぁ……」


 わあ。色んな意味ですごいや先代。

 ここまで、立て板に水の如き流暢なバージルさんの語りと、反論の余地のなさと、ついでに彼の声のよさに、相槌もしないまま聞き入ってしまっていたが。

 先代のとんでもなさに、感心と少しの呆れが籠もった声が漏れてしまった。


 世界を席巻するほどの意識と能力の高さと、下半身の緩さ。各国の上層部のだいたいて。

 全部がすごいな先代。


「しかし、俺は、どうしても納得がいかなかった。どうして俺がただ死ななくてはいけないのか。どうせ魔王討伐で死ぬ運命ならば、死罪相当の罪、聖女召喚くらい行ってしまおうと、そう決意した」

 ふっと一段落ち着いたものに変わった声音で、ぽつりと聞かされた決意。

 だからこそかえって、そこに至るまでの彼の葛藤が、思いの強さや真剣さが感じられる。


「な、なるほど……。えっと、確認なんですけど、聖女がいないと、バージルさんみたいな魔法使いさんとかが、いっぱい死ぬ可能性が高い、ということですね?」

 先代のすごさにぼーっとしてしまっていた気を引き締めて、私は尋ねた。


 バージルさんは、はっきりと頷く。

「ああそうだ。俺は国に雇われている魔法使いだから、前線に送られる。それは良い。俺は、俺が死ぬことには納得している。ただ、聖女がいなければ、魔法使いも騎士も戦士も、戦う力も意志もない無辜の民までも、何千……で、足りれば良いが、まあそのくらいは死ぬだろう。だから……」

「私を呼んでいただけて、何よりです。いや、そんなにたくさんの人を助けられる能力が私に本当にあるのかなとは思うんですけど……。できる限り、がんばらせていただきます」

 バージルさんを遮って、私は思わずそう言っていた。


「リアは、間違いなく聖女だ。その心根、その身に宿した力。これほど素晴らしい聖女は、歴代にもそうはいない。……その慈愛と献身に、感謝する」

 そう言って深々と、それはもう椅子に座っている私の頭よりもなお下にまで頭を下げたバージルさんのつむじを、とても複雑な気分でながめる。


 なんかこの人、死ぬ気満々みたいなんだけど。死なせたくないなぁ。


 たとえ死刑になっても、自分以外の誰かは死なせまいと、聖女召喚を行ったんでしょ、自分で。自分1人で。しかもそのことをはっきりと私に告げた上に、逃げるそぶりすら見せていない。

 私、召喚された直後何が何だかわかってなかったし、召喚しっぱなしで逃げたりとか、どうにか死刑回避にあがいたっていいのに、そうしてないんだよ、この人。

 それで、自分以外の誰かのために、私に頭までさげているんだから。

 惚れてしまいそうなほど英雄的、というか。

 次代の聖女を守ろうとしてくれたのであろう先代よりよほど、尊敬せずにはいられない。


 いや、先代はすごいと思うよ。偉いよ。聖女召喚禁止の法律を世界中で成立させたって、大した偉業だよ。

 でも、ちょっと、見通しが甘いっていうか。法で禁じたところであんまり意味なかったんじゃなんて思ってしまう。

 魔王には、普通の人はまず勝てないんじゃん。どうせ死ぬなら死刑とかこわくないわってなるよそりゃ。

 誰かがやるよ、聖女召喚。バージルさんがやったよ、聖女召喚。


 そんなことは薄々わかっていても、それでも法にしなければ気が済まないくらい、召喚されたことに憤っていたのかもしれないけれど。

 お前たちのしたことは、それくらい非難されるべき非道な行いであると、認めさせたかっただけかもしれないけれど。

 いやでも、けっこうこっちでの人生楽しんだんじゃないのか先代。各国の上層部のだいたいだぞ。何人のお姫様を妻にしたんだ先代。

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