4 小さな錬金術師は神と戯れる

檸檬の様に煌めき灯り、雲ひとつない夜の道を僅かに照らしてくれる

叢雲が覆う空でも時折、顔を覗かせ僅かばかりに道を照らしてくれた


あの頃は月ばかりを見上げていた


見上げていれば俯向かずに済むのだから


今日も私は月を見上げる


――――――


「さてクーちゃん、旅に出る前に調査が必要〜……よね?」


 姉にクーちゃんと呼ばれる少女の名はクーフィー・フォン・リリシュタイン


 ノルンをそのまま小さくしたかの様な可憐な少女だ。


 姉は「調査が必要」とは言うが『寝る前はとりあえず探索しようと思ってたけど寝て起きたら、ちょっと面倒くさいな〜……あ、まあ状況を整理しないまま探索してもね……よしそういうことにしよ〜』と考えていそうだ、とクーフィーは思っている。

 姉の事ならなんでも知ってるし解ってるのがクーフィーだ。

 伊達に暦の上で永いこと妹をしていない。


「うん、まあおねえちゃんの言う通りでいいよ」

「さっすがクーちゃん!わかってるわね~」


 周りを見渡せば草原が広がり、離れた場所に木々に並び立っている。森林の様なところなのだろう。山が見えないこともないが平野なのか山中の平らな土地なのかは現状はわからないしと、彼女達は後回しにすることにした。


 まず昼に視える限りの天体を観測し、現在の概ねの時間を計測していた。

 姉が言うにはこの惑星は自転が約23時間と56分で主星との公転周期は365日らしい。そして誤差は閏年や閏秒の増減で調整する。

 それは彼女達が暮らしていた惑星ノエルとほぼ同一である。

 クーフィーも前世ではこの地球に暮らしていたのだが生憎そういった知識は持ち合わせていなかった為、クーフィー自身は驚いている。

 偶然にしては惑星ノエル今までいた世界と似すぎているのだ。


 それに大気組成、重力と主星太陽のスペクトルまで似ている。でも似すぎているものの別の惑星であると認識できている事から、後々調べよう……クーフィーはそう頭の片隅に置いておくのであった。


 他に季節感でいえば気温摂氏19度、過ごし安い季節であることから春。姉の言うとおり春の大三角がみえたことからおおよそ春で間違いないだろう。

 とは言っても魔素フラッピングエーテルがそこら中に溢れたことで、光の波長が影響を受け、姉の知る地球からは変異しているらしい。

 姉が言うには、願った「あの時」と思われる時間よりだいぶ後、クーフィーは現時点ではそう考えていた。


「正しい日付は比較する情報が少なくてわからないわね……アンナ、いるかしら?」


 姉が「下っ端」に話しかける。名前はアンナというらしいが女神としては「下っ端」らしいのでクーフィーは心の中で「下っ端」と呼んでいる


『はい、いますよ〜!』

「写し身だったかしら?そっちへ自分の仕事は割り振ったのよね?」

『はい〜!というか上手くやって私が写し身なんですけどね〜、本体が仕事してます!』

「そう、頭の中で囁かれてもクーちゃん嫌がるからこっちに抜いちゃうわね?」


 姉がクーフィーを出汁に使う。

 クーフィー自身、眠りを妨げられた時は下っ端に若干イラっとはしたけどそこまでではない。クーフィーは誰にでもそうなのだから。

 でも姉は自分の為を思ってくれたのだろうと特にそこについては言及しない。

 自分の為に『おねえちゃん風』を吹かしてくれるのがなによりも嬉しいクーフィーは何も言わない。


『ん?どういうことです……か~ぁぁぁああ!!!??いだだだだだだだ』

「あら……やっぱり深いわね……これがアンナなのかしら?」

『なんで掴めるんですか〜!??いただだだだだだ、こめかみはやめて!こめがび〜〜ぃいいい!!』

「ごめんね、じゃあこの辺を掴むわね……それでこの義体に入ってもらうわね?」


『ん?これは球体関節人形ですかぁぁああ!?そ、そこ首首首くびぃ〜……やさしくやさしく……そのくらいなら大丈夫です。も~、痛いって感覚を味わうのはこれで生まれて2度目です』


「あらごめんね、加減がわからないものだから、それじゃあいくわよ」


 ノルンがなにかを引っこ抜く。


『へ!?あれ?私……が地球にいる?』

「へ!?あれ?私……ここどこ?」


「おねえちゃん下っ端の写身の写身を義体に入れたの?」


 下っ端アンナの声が義体からも、頭の中にも聴こえる。

 ただし視ているものは違うようだ


「あれ、今の私って写し身の写し身?ってクーフィーさん!下っ端ってなんですか!?」

「だってお前、下っ端じゃん」

「くっ……なんか可愛いから怒るに怒れない……!」

「じゃあ、そっちの貴女アンナはもういいわよ〜」

『そのようですね……じゃあ私の写身はがんばってくださいね、それじゃ……』

「え!?待って!ワタシ!ちょっと待って!」


 下っ端アンナは義体に入れられ彼女達のナビゲーターとなった。


 義体はその中身に反応して姿を変える為、アンナが入ってから球体関節の様な姿から人間の姿に変移している。背はノルンと同じくらいで雰囲気も姉に似ているような?なんとも言い難い容姿をしていた。これがアンナの姿なのだろうと思うことにした。

 義体は元々、ノルン達が遠隔で作業をする時に使ったりしていたものだ。もう永いこと使ってはいなかったけど壊れてはいないようだ。

 因みに使った義体は第3世代型と言われる壊れても良い量産型である。アンナ自身を解析していずれは第5世代型『肉人形』に入れなければならない


「へえ〜貴女の姿ってこうなのね〜、美人さんね」

「別にノルンさんやクーフィーさんほどでもないです〜」

「でも嬉しそうね、容姿を褒められたから?それともこっちに来れたから?」


 容姿を褒められたアンナは嬉しそうにした


「まあ女神の意識を持ったままこっちにいるってこと自体、まあ有り得ないですからね本来は……そりゃちょっとはワクワクしますよ、向こうの仕事気にしなくていいですからね」

 クーフィー自身もいまこの惑星に降り立ち、更にはここが前世の故郷らしいのだからそのワクワクは共感した。


「まあ下っ端アンナは役割を果たして道案内をしろ」

「クーフィーさん、下っ端って呼び方やめてくださいよ〜」

「クーちゃんに名前で呼んでもらうには頑張らないと無理よ〜、私だって最初は「おい人間」って呼ばれてたのよ~可愛かったわね~、一人称も『我』だったしね」


「おねえちゃん……やめてよ」


 黒歴史をほじくり返さないでほしいな。とクーフィーは少し恥ずかしがった。


「まあ、貴女方が惑星ノエルで作り上げた組織をみると実力主義ですしね、私も名前で呼んで貰えるようにがんばりますか……では何を知りたいですか?」


「組織ってなにかしら?商会はかなり大昔に解散しちゃったし、それよりも、知りたいのは今日の日付と時間かしらね」

「いまですか?西暦20xx年5月9日ですよ、今はそうですね地球人類が刻んでいる時間ですと現在は朝7時46分ですね」

下っ端アンナやるじゃん」

「はいはいありがとうございます」


「……ちょっとまって……西暦20xx年5月9日……!?」


 姉をにしては珍しく動揺しているような声色だ。クーフィーは少し心配になる。


「おねえちゃん?どうしたの?」


「だって……、私が願ったのは5月8日……昨日がその日だったっていうの……?!」


「そういうことになりますね……」


 ――どういうこと?


 下っ端アンナがわかっているのに自分がわかっていないのは少し癪なクーフィーだが姉の言葉を待つことにした


「まあいいわ、それにしても不可解ね……といっても自分の目で確かめないといけないわね……ひとまず人がいるところに行きたいわね」

「この辺だと……半径100km圏内に5000人くらい……」

「おい下っ端、私達も調べたからそれくらいわかってる」

「ですよね……では此処から10kmくらいのところに困ってる方々がいるみたいですよ!ノエル様がちょっと気にかけてました」


 へえ、下っ端アンナの上司が気にかけてたんだ……とクーフィーは感心してしまう


「ちなみに此処ってどこなのかしら?」

「此処ですか?貴女の前世の故郷にある緋神山地ひのかみさんちの中腹ですよ。世界遺産の」

「……ここから100km圏内で5000人程度か……あの日、あの時、なにがあったのかしら……もっと人が居たはずよね……少なくとも県内には120万人はいたわよ」

「おねえちゃん、お母さんもお父さんいないの?」


――前世で一緒に暮らしていたお母さんとお父さんに会いたいな。


「わからない……ただね……昨日の5月8日が前世での私の命日なのよ、あの時この世界に何があったのかな……魔素フラッピングエーテルなんて素粒子は存在しなかったの……この世界には」

「私もそれよりももっと前に死んじゃったからわからないけど……」


「ま、まあノルンさんもクーフィーさんも!ひとまず10km先にいる人達に会いに行きましょう!!」

「そうね……」

「おねえちゃん大丈夫?」


 姉の表情が暗い。

 クーフィーは姉にはいつまでも「おねえちゃん風」吹かしていてほしいのだ

 そんな姉が心地よいのだから


「うん、クーちゃん大丈夫、ありがと……ひとまずはその困ってる人達のところへ向かいましょう」


 それよりも……


「おい下っ端、お前何か隠してるだろ」

 クーフィーは歩きながらアンナの横に並び見上げ、そして問いただした。

 この世界がなんでこうなったのかも知ってるだろ、と


「い、いえ?なにも?」

「まあなんか知ってることあれば教えろよ、なんでこの世界がこうなったのかも……嘘つくなよ」


「そ、そうですよね……なんといいますか……この惑星は2年前くらい前からこうです……」


(2年前から……ん?おかしくない?)


 それだと姉が言っていることと辻褄が合わないと、彼女はは不可解な面持ちをする。

 ノルンが言うには前日である5月8日まではこの世界に魔素フラッピングエーテルすら存在していなかったのだ。推測も混じるが月の光り方を観る限り、ノルンのいうことは間違ってはいないだろう。ノルンの記憶では5月8日までは確かにそうだったのだ。でもアンナの言い方だと魔素フラッピングエーテルがそれよりも前から存在していた。『この惑星は2年前からこうだった』らしいのだ。

 下っ端アンナとはいえ、女神を名乗るものだしわざわざ嘘はつかないだろう。


「それは本当なのか?下っ端」

「本当ですよ」

「気安く撫でるな」

「いいじゃないですか~!クーフィーさん可愛すぎるんですよ!」

「おねえちゃんをそのまま小さくしただけだから可愛いに決まってるだろ!」

「照れちゃって~可愛い~……いだだだだだだ!!!噛まないで!噛まないで!!」

「姉妹そろってなんでそんなに乱暴するんですか~!暴力反対です!」


――二人の言ってることの齟齬を推測してみたが……――おねえちゃんにこれそのまま話すのも気が引けるな――


 と考える姉想いのクーフィーは口に出さないことにした。


 クーフィーがアンナを尋問しながらもちょうど目的地まで5kmくらい歩いた頃……


「あらクーちゃんとアンナ、仲良くなっちゃってお姉ちゃん妬いちゃうな~ふふふ」

「仲良くない!」

「ちょっとは仲良くなれた気がします」


 (仲良くなってない!!)


「あら……あれは……なにかしらね」


 ノルンが何かを見つけた様だ。

 特に索敵には引っかかってないのだがどうやら生物の様だ。


「犬かしら?いや……犬にしては大きいわね……日本にこんな大きな動物いたかしら……」

「そんなに大きい?向こうじゃ普通じゃない?」


 全長5メートルくらいの4足歩行の生物が闊歩していた。

 惑星ノエルではこのくらいの大きさの生物はありふれているがノルンの言い方だとこの惑星ではこういった生物は珍しいのだろうと、クーフィーは納得する。


「まあフラッピングエーテルが存在してるしあーいう生物もありえるのかしらね?」

「ん~ノルンさん……あれは魔獣ですよ……」

「やっぱり?あれは『魔獣』なのね?『魔モノ』ではなく」

「そうですね『魔獣』です」


 所謂いわゆるデカい猫だ。

 筋肉質な体つきで黄金のたて髪を頭部から背中にかけて揺らしいる。

 魔獣はゆっくりゆっくりとこちらへ向かってくる。

 よく見ると足取りがおぼつかない様子で血を流し黄金の毛並みをところどころ赤く染めていた。


「クーちゃん!」

「ん、おねえちゃん」


 デカい猫にノルンとクーフィーは近寄ってみれば。特に威嚇する様子もなく敵意は全く無いようだ、どちらかという自分達を頼ってきたようにも彼女達は感じていた。


「大丈夫?日本語通じるかしら?」


 クーフィーは自分が話していた言葉が『日本語』という言語であることを初めて知る。惑星ノエルでの公用語だと思っていたのだから。


「がふ……ぐるるるる……」


 デカい猫は何かをうったえているようだがわからない……


「おねえちゃん……精神パス繋げば?」

「そうね……地球生物?の場合は……惑星ノエルと同じみたいね……どう?これで聴こえるかしら……」


 姉がデカい猫の精神体に直接パスを繋ぎ、傷を癒す術式も同時に発動させる。

 みるみる傷は塞がっていく


『おお……聴こえます……偉大なる力をお持ちの方々よ……感謝します……』

「いいわよ……落ち着いて……どうしたの?」


『我を……我らを……助けてくだされ』


 デカい猫は伏せながらそう言った


〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ここまで読んでくださりありがとうございます!


ノルンとクーフィーの活躍をもっと見たいぞ!

ノルンかわいい!クーフィーかわいい!


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