四章(二)

 中学生になると、周りの生徒から「親がウザいんだよ」という話がよく聞こえてきたが、それの何がウザいのかよく分からなくなっていたほどに僕への制限はより強いものになっていた。

 まず、部活に入るのは、許されなかった。中学校には、部活というコミュニティーがある。小学校で先生からそう聞いていた。運動系と文化系があり、何か一つの目標に向かって全員で頑張ることができるといっていた。

 僕が進む中学校では、全員が部活に入る必要があるため、僕は勉強以外のことができると入学当初から期待していた。クラス全員で部活動見学をしたとき、僕は陸上部に惹かれた。小学校から足が多少速く、あの人は知らないだろうが、運動会でリレーを走ることもあった。

 あの人に相談すると、一蹴された。「そんな時間があるなら勉強をしなさい」と。僕は「でも、絶対何かに入らないといけないんだ。」と言い返した。だが、それは無駄だった。何を言っても、そんな時間は無駄だ。という一点張りだった。「勉強との両立はできる」と言ってはみたが、無駄であった。

 あの人いわく、両立という前に、高校受験を控える中学時代で勉強以外に多くの時間を割くことが無益であるらしい。そして僕は、中学三年間を帰宅部で過ごした。

 交友についても変わった。正確には、あの人の考えを知ることになった。中学生になって一か月。僕も周りもその生活に慣れかけていた頃だった。たまに喋っていた、違う小学校出身の隣に座る男子に、五月の連休に男子生徒三人、女子生徒三人の六人で郊外にあるショッピングセンターにでも行こうと誘われ、僕は迷ったが、その場では快諾した。

 そして、あの人にそのことを話すと、途端に怪訝な顔をし、誰と行くのかと聞かれた。僕は、男女六人だと応えた。すると、あの人は、感情の糸が突然、切れたかのように表情を変え、喉をからしながら僕を叱った。小学校時代と同じく、月一回の交友は許されていたはずだったので僕は困惑した。

 何と言っているのかはよく分からなかった。唯一聞こえたのは「お前に近付く女は悪だ」という言葉だけだった。訳が分からなかった。

 僕は、翌日彼に断りの言葉を伝えた。適当な言葉を思い付かなかったため、正直に「母親にダメだと言われた。」といった。その場では、彼らは承知してくれた。  

 しかし、中学生というものは、「誘いを断ること」と「あなたとは友達ではない」ということがイコールになることがしばしばあるらしい。それも、中学生にもなって「親が。」という理由だ。尚更、そういう思いにさせたのだろう。

 それからというもの、僕は、あの人のあの一言によって、異性と関わるのが何故か怖くなり、無意識のうちに、クラスメイトの女子たちを避けていた。その影響からか、隣席の彼にも、クラスメイトの男子にも距離を置かれ、僕の交友関係は無くなり、教室では、孤独となった。 それからというもの、遊びも部活を通しての熱い青春も、もちろん恋愛もせず勉強に励んだ。昼休みも友人と大きな声を出しながら、制服を脱ぎ外へ駆けていく生徒を横目に見ながら勉強に時間を費やした。いや、僕がやれることは勉強しか残されていなかったのかもしれない。

 勉学しかなかった僕の中学校生活はあっという間に過ぎ、すぐに高校受験を意識する三年生になった。この時期にあの人から「塾の入会手続きを済ませておいた。」という事後報告を受けた。それも、同じ中学校の生徒がいない、電車で三十分ほどの有名進学塾だった。



 この頃の僕は、もう言いなりになっていた。あの人が「やれ」と言ったことは積極的に行い、「やるな」と言ったことは絶対にやらなかった。塾にも月水金にある週三回の授業に加え、火水土も自習室に行けと言われたのでちゃんと行って勉強した。特に志望校も無かったのに。

 ただ、あの人は手続きの際に僕の志望校を県でトップのK高校を目指していると言ったらしい。そのことを塾の先生から合格カリキュラムというものを渡されたときに聞いた。僕は、それを貰ってから初めて自分が目指す高校を知った。


 季節は夏になっていた。

 多くの中学三年生が部活を終え、自分で決めた志望校合格へ準備し始めるときである。そんな中でも僕は言われる通りに勉強をし、あの人が決めた志望校を目指していた。

 この頃、県内全てで催された同系列の塾における模試でK高校は、B判定であった。塾の先生には、「もっと身を入れて勉強しろ」とか「K高校での学園生活を想像してみろ」と言われたが、そんなことはできなかった。想像できるのはK高校に落ちたときには、あの人にB判定を報告したときよりも怒られるということのみである。

 秋頃になると、僕にも行きたい高校ができた。

 そもそも、K高校は家から近く、今通っているK市立中学校の通りにある。だから、中学校の通学と違いが全く無い。そのため、また家と学校と塾の毎日となることが容易に想像できた。僕は、少しでも家にいる時間を減らしたかった。それに、K中学校からは毎年何人か進学する。多い年は七人ほどだ。僕はそれが嫌だった。  

 僕は、K高校よりワンランク下で家から遠く、同じ中学校から進学する人が少ないS高校に行きたいと思っていた。幸いS高校は毎回、A判定だった。

 夏の終わり頃に、S高校へ行きたいとあの人に伝えた。もちろん、あの人は許してはくれなかった。「なぜ」と聞かれたので、正直に答えた。

 それでも、あの人は許してくれなかった。K高校じゃないと駄目だという一点張りだった。僕もこの場では、説得を諦めた。

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