第32話 +- ~悪キューレ姉妹~

「は? 『そこそこ、何か良い感じになった』?」


「何ですって? 『ま、良いかなもう』?」


 影木は黙って頭を下げて、そのまま前に差し出した。座禅中に警策を受け入れる為に肩を差し出すかのような潔さ。ご要望通りとばかりに、二本のハリセンが影木を襲い始める。


「あの、シバきながらでいいから聞いて欲しいの」


 パーンと頭で交互に鳴り始めた小気味の良い音の合間を縫って、影木は言葉を紡いだ。


「私って、こんなもの、なのよ。どんな作品に出ても、1ページも使わないで、背景を、説明し終えられるくらいの、そんな、人間。昔から自分に何もないのが不安で、いつも笑うようにしていたら、何故か、底知れない──腹黒い人間だって、よく思われるようになったけど」


 パーン、パーン、パーン。


「『ネオ・ラグナロク』を書いたのに、感動的な理由も無い。使命感とか、伝えたい事とか、あって書いていた、訳でも無い。暇だったの。で、文字書くのは、ちょっと得意だったから、始めた、だけ。鬱屈していたから、たくさん人が死ぬ話を、書いていたいただけ。そのくせ、褒められるのは嬉しいから、付いたコメントには逐一反応して──『ヴァルハラにようこそ』に辿り着いた時には、テンション上がり過ぎて、一読者のフリまでして、チャットに参加して──私にとって『ネオ・ラグナロク』って、そういう自分の浅ましさみたいなものの、歴史と言うか、轍みたいなものなのよ。軽い気持ちで始めて、色々と間違えて、恥を掻いて──時々思い出すだけで、今でも全身掻きむしりたくなる衝動に駆られたりするわ」


 ハリセンが振り下ろされる間隔が徐々に長くなっていく。音も、小さくなっていく。


「●じゃない、中身が空っぽの、〇。だけど、そんな私だから、『ネオ・ラグナロク』を書けていたんだと思う。だから、何かが満ち足りた途端に、書けなくなってしまったわ」


 ハリセンが止んだ。影木が顔を上げると、プラが話し始める。


「──『ネオ・ラグナロク』がデスゲームを開催したのは、己の価値を証明する為です。薔薇咲円に、面白いと言わせる為です。自分が書いてきた作品が面白いのだと、薔薇咲円に認めさせる為です。思い出させる為に、頑張りました」


 続いて、マイナが口を開く。


「もう十分シバきましたし、言いたいことは言いました。この先のことは、薔薇咲円に任せます。ただどうか、今日のこの出来事は忘れないでください。薔薇咲円が自分のことをどれだけ卑下しても、面白い『ネオ・ラグナロク』のことは、どうか忘れないでください。あなたはあなたに中身がないと言ったけれど、そんなあなたの中身から生まれたのが、私達なのですから」


 そして姉妹は「せーの」という合図で、交互に喋り始めた。


「最後に、アンケートにお答えください」


「私達は今回、被創作物という立場で、創作をしました」


「デスゲームのルールを考えて、実施しました」


「拙い部分、数多くあったかと思います」


「こっちだって本当は一杯準備したのに無駄になったり、色々考えていたのが無駄になったり」


「言い訳したい部分は沢山ありますが、敢えて直截に、これだけ尋ねます」


 二人は声をそろえて尋ねた。


「面白かったですか?」

 

 影木が疑問に答えると、二人は微笑んだ。

 同時に影木の意識は薄く、遠くなっていった。




「──それじゃあ、サヨナラロク! また会えると嬉しいロク!」

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