第29話 決戦(3) / 決着

「お疲れさま、シキルちゃん。いや、キルキルさん」


 そして戦場には二人が残された。


「は、はい! 影木さん! あ、いえ、まるさん! ん? あれ、薔薇咲さん?」


「ふふ、まあ、お互い好きに呼ぶことにしましょう」


 長かった戦いもこれで終わる。あとは、影木が「リタイア」と宣言するだけだった。


「では一先ず影木さんとお呼びしますわ。その──何故、私を勝たせようと思ったのですか? 私、自分の願い事をまだ言っていませんでしたのに」


 事前の取り決めでは、二人は互いの願いを確認した上で、共闘か競争かを決めると言うことになっていた筈だった。だが、それはそもそも、影木の本心ではなかった。

「私、本当は別に叶えたいことなんてないの。欲が無いって訳じゃないけれど。程々に今が満ち足りていて──だからキルキルさんの願いが世界征服とかでもない限りは、最初から協力するつもりだったのよ。そういうシキルちゃんは、何を願うつもりなの?」


「──お金ですわ」


 生流琉は気まずそうに言った。


「私、少しお金に困っていまして」


「あら」


 影木は控えめに生流琉の服装に視線をやった。髪型や喋り方とミスマッチなピンクのボロジャージ。何か事情があるのだろうと察していたが、やはりそうなのだろう。


「それか──『ネオ・ラグナロク』の再開の、どちらかを願おうと思っていましたの」


「う」と、気まずそうに影木は顔を逸らした。


「お金と『ネオ・ラグナロク』それが私の全てですので。今になってこういうことを言うのは卑怯なのでしょうが、私で良かったのでしょうか。どんな願い事でも叶うなんて機会、考えれば考える程に貴重ですわ。なのに、私が願うのは、私利私欲のお金。もっと──他に願いを叶えるべき人がいたのではないかと」


 生流琉が青月のことを思い出しているのは明らかだった。協力者では無かったとはいえ、生流琉は青月の願いを聞き、一度は道を譲ることを決めた身である。

 思い悩む生流琉に、影木は言った。


「誰が勝つべきとか、そんな事は考えなくていいと思う。私は、私の書いた『ネオ・ラグナロク』について熱心に喋ってくれるのが嬉しくて、それだけでシキルちゃんに勝って欲しいって思えた。後は本当に、皆がこのゲームを楽しんでくれたら良いな、ってくらいにしか考えてなかったのよ。だって趣味で書いてた自作が、まさかまさかの夢のメディアミックスよ! 本当に──私で良いのかって思うのは、私の方」


「そんな」


「あ、違うの。卑下したかった訳じゃなくて──願い事の格とか、そんなこと気にしなくてもいい、ってことが言いたかったのよ。このゲームで勝つのは高尚で切実な願いを持っている人じゃない。たまたまクソラグくんの勧誘を受けた高校生で、あんな変な話を真に受けた変わり者が集まって、あれこれ話して企んだり失敗したりして、頭が良かったり運が良かったり原作に詳しかったり、うーん、何て言うか」


 生流琉がお金を望んだ場合、最初からそれを持っていたかのように世界が改変されるだろう。

 その場合意識が戻ったとしても、生流琉は元の場所にいるのだろうか? 改変された世界では、生流琉はそもそも今日この日に、集合の駅前に来ていなかった、ということになるかもしれない。ならば、ゆっくりと話が出来る機会はもう来ない可能性がある。

 だから影木は真っ直ぐに、伝えたい言葉を伝えることにした。


「難しく考えず、宝くじに当たったとでも思えばいいと思うの。おめでとう──『ネオ・ラグナロク』を好きになってくれて、ありがとう」


 そして影木は照れから逃げるように、「リタイア」と呟くように宣言した。


「薔薇咲先生! その──! あの、続きを──!」


 そんな声を聴きながら、影木の意識はゆっくり遠ざかって行った。

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