第19話 第四回 調査投票議論

▽ 第3回 調査投票結果

       E(優先度⑤、能力名) … 6票(投票者:全員)

       

      投票結果により、Eの内容が公開されます。

       

      E → 《◯》



 

「議論開始ロク!」


 すっかり定型のアナウンス以外話さなくなってしまったクソラグくんの合図で、再び10分の調査投票議論が開始した。


「うむ、『まる』──で読み方は良いのだろうか。特殊ルールの方の◯(エンタク)とは違うのだろうな、ルビがない。しかし、◯関係の能力と考えるのが自然だろうか」


「ふふ、どうでしょうね。案外匂わせるだけ匂わせた末、無関係かもしれないわ」


 そこで議論を、青月が断ち切った。


「どの道『K』は開けるんだからその話題はその辺で。それより、次以降の投票先について話し合おう。これは僕らが絶対に揉める話なんだからさ」


「その前に一点確認。ね、シキルちゃん」


「ひぇっ!? な、なんですの」


 影木は、怯える生流琉に微笑みかけた──微笑みかけたのだが、彼女の場合、どうしても笑顔に裏があるような印象になる。


「何か言おうとしていたでしょう、さっきの議論。なのに、ジュウちゃんに譲ったと思ったら、最後にやっぱり、言うのをやめた。あれは何だったの?」


 そして生流琉は後ろめたいことでもあるかのように、ひどく狼狽した様子を見せた。


「い、いえ! あれは、その、よく考えたら大したことないって気づきましたの」


「そうかしら? 私にはまるで、言おうとしておたことが後から不都合だと気付いた──みたいに見えたけれど。どうでもいい話なら教えて欲しいわ。私そういうの、気になる性なの」


「『一点確認』を超えているよ、影木さん。君も議論時間潰しがしたいのかな」


 ねっとりと生流琉を追い詰める影木を、青月が咎めた。

 影木が肩をすくめたところで、赤糸が口を開く。


「おい、アタシはお前達がどの段階で脱落しようが興味はない。雑魚が何人残ろうが、決戦でぶっ殺せば済む話だ。だが──アタシがこの◯とかいうルールで弾かれることだけは我慢ならねえ」


「君も何の話かな、赤糸さん。粋がっているのか弱音を吐いているのか、どっち?」


「どっちでもねえよ。お望み通りの投票の話をしてやってんだろうが──今のはお前らの内、①~④の奴等にも言える話だろ。正直言えよ。『他人を絶対に脱落させたいという意思はないが自分が脱落するのは嫌だ』、ってな」


「僕は、君を脱落させられるなら自分が脱落しても良いけどね」


 赤糸と青月が睨み合いを始めた所で、バトンを雄々原が引き継いだ。


「しかし赤糸君の言うことには一理ある。無論、最良はこの◯で数名が脱落した上で、自分が決戦に進み勝ち残ることだ。しかし、最悪はこの◯で自分自身が脱落することに他ならない。次の投票を除き、残る投票は5回。単純計算で一人はこの最悪の憂き目にあう。今から、それが自分にならない為の話し合いをする訳だが」


「だから必要ねえんだよ、そんな話し合いなんざ。落とし所が見えてんだろ」


「あら、つまり」


 影木がポンと手を叩く。


「脱落確定者、0人にするということかしら?」


「ど、どういうことですの?」


「例えば『A』→『G』→『M』って風に、①の能力者をストレートに脱落させるみたいな表のオープンの仕方じゃなくて、こっからは『A』『B』『C』『D』みたいに、フラットな開け方をするってことよ。誰の優先度も明らかにならない代わりに、自分の優先度がバレることもない。全員が最悪を回避できる。落とし所と言えば、落とし所」


「だが、それでは1投票分が残るだろう。最後は何を開けるというのだ?」


「『A』~『D』が公開されてから、強そうな能力名でも見繕って能力内容を調べりゃいいだろうが。それとも、能力名だけで内容まで解るとかゴネてた変態眼鏡には難しいか?」


「──君、ずっと私にだけ一段当たりが強くないかな。むむ、だが確かに」


 全会一致の結論など有り得ないかに思われた難題が、ストンと着地しようとしていた。

 難航するかに思われた議論は呆気なく、そして味気の無い結論に向かいつつあった。


「あっ、そういうコト」


 一方タルトはその時──ようやくことの真相の9割を掴んだ。


(何かをしようとしていたコトはわかっていたケド、何がしたかったのか解らなかった。だけど今、理解した──そういう作戦だったワケね)


「あら。どうかしたの、タルトちゃん?」


 他人の話を聞く、否、味わうことに集中していたタルトは明らかに口数が減ってきていた。そして、その事に目ざとく勘付いていた影木はタルトの呟きを聞き逃さない。

 誤魔化すことは容易い、が──。


「私、人が吐いた言葉の真偽が解るのよ」


 タルトはそう言って、ベーと舌を出した。

 

「私の名前は影木無子、18歳の男の子。趣味は読書と映画鑑賞。夢は世界で一番のお金持ちになることよ」


「名前本当、年齢本当、性別嘘、趣味は前半本当、後半嘘。夢は嘘」


 気だるげに回答したタルトに、影木が「あら正解」と拍手を送る。


「てか何コレ、キショいんだけど。あんた、なんで急に馬鹿になったの」


「ふふ、だって暇じゃない? 揉めると思っていた本題がアッサリ片付いて。そしたら、突然電波なこと言い出したタルトちゃんで遊ぼう、ってなるわよ」


 笑顔で答える影木に対し、タルトは内心で(この腹黒女)と毒づいた──口の中が甘い。

 結局赤糸の提案は通り、8回目までの投票先はすんなりと決まってしまった。

 『K』→『D』→『C』→『B』→『A』、そして最後に『G』~『H』のどれか一つを、公開された能力名を元にオープンする。『D』からオープンするというのは、単に今まで⑥→⑤という順番で開けてきたからというだけで大した理由もなく決定した。勿論、『K』の内容次第では変更があるかもしれないという話は出たが、逆に言えば、大きな予想外が無ければ順番は揺るがないということである。


「ほら、見てみて、あれだけ頑張って案を出したり議論の主導権を奪い合ったりしていたのに、結局◯では誰も脱落しません──って結論になってしまったイイメちゃんから漂う、哀れな徒労感と脱力感を。自慢の眼鏡が今にもズレ落ちそうよ」


 雄々原は力なく円卓に身を乗せていた。堂々とした雰囲気が完全に損なわれており、『生徒会』の腕章も純白の学ランも、急にただの男装コスプレの様になってしまっていた。

「うむ」と、力なく雄々原が返事する。他の参加者達も、雄々原ほど露骨に力が抜けた様子は無かったものの話し合うべきトピックを失い、口を閉ざしていた。


「けど、本当のこと言うとね。私、静かなの苦手なの。だから何でもいいから話したくて──」


「はい、嘘」タルトは舌打ちする。


「あんたが今言ったのは全部フェイク、本当は別の理由があるんでしょ?」


「──あら、驚いた。本当に本当なのね、嘘がわかるって話」

 影木は口角をほんのり下げ、目を少し見開いた。

「ちなみに、本当の理由はわかる?」


「心が読めるワケじゃないっての。見抜けるのは◯×(マルバツ)──〇●(シロクロ)まで。けど推測はできるわ」


 タルトは溜息を吐く。


「あんた、私の嘘発見のコト探ってない? どこまでが嘘に判定されるのか、とか」


 ニコっと、またわざとらしく影木は笑い、タルトは再び舌打ちを返した。


「はいはい、そうよ、黙られたら嘘は判別できないから、都合が悪いなら喋らないコトね。ま、これで私の言っらコトが真実だって、今も聞き耳立ててる連中も解ったでしょ」


 タルトはじっと、円卓全体を見渡した。


「じゃ、私以降は黙るから。私は自分が決戦に行けるなら何でも良いの。別に誰の邪魔しようって気は無いし、投票もちゃんとやるから」


(──うむ。まあこれでこの先、議題に乏しいということに加え、より積極的に発言しない理由が出来た訳か。話題次第で優先度を見抜かれる可能性があるからな)


 今回の議論時間も残り僅かだった。雄々原は今回の10分を振り返る。タルトの告白には驚いたが、結局『世の中には不思議なことがあるのだな』という以上の感想は生まれなかった。

 その時、「そ、ところでなんだけど」と、影木は口元で指を重ね、バッテンを作る。


「私も実は、人の嘘が解るの」


(はぁ? なんて?)


 影木のその発言を聞いた途端、タルトの口の中に甘みが広がる。つまり──当然、嘘なのだ。


「何が目的?」

 タルトは鋭く睨みつけるが、影木は微笑のまま、それを躱す。


「良いじゃない、私も仲間に入れて? 迷惑はかけないわよ」


「加入制じゃないっての!」


 むしろ脱退する為にこの場にいる。タルトは声を荒げて更なる追及を続けようとする、が。


(! 『仲間に入れて』? まさか、この女──)


「あ、あの、いくら喋ることがなくても──喧嘩はよくありませんわ」


「あら、これもコミュニケーションの一環よ。な、タルトちゃん」


 タルトは答えなかった、


「それじゃ、私も以降しばらく黙るから、あとはよろしく、ね」




 そしてそのまま、議論時間が終了した。

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