第五話(07) 改めて考えてみるとさぁ


 * * *



 トマトジュースの紙パックを飲み干す。空になったらぎゅっと握って潰す。そして扉を開ける。

 井伊は、ついて来られるのはここまでだと言って、扉の向こうまではついて来なかった。

 扉の向こうは広いホールのようになっていた。とはいえやっぱりぼろぼろで、薄暗くて、汚かった。そんな部屋の奥に。


「さっさと縄解きなさいよ! 性悪女!」

「黙れ化け物!」


 ロープで縛られて転がっている目堂さんと……多分、賀茂さんが。


「いつもいい子ぶって、本性これってほんと~に最悪でしょ!」

「お前だっていつも澄ました顔して、こ~んな簡単な嘘に騙されるなんてみっともねぇなぁ?」


 眼鏡をかけた顔は、確かに賀茂さんのものだった。でもその口調はすごく乱暴で、姿だって、なんだか……それこそファンタジーに出てくる登場人物のような、漆黒の服装だった。ベルトがいっぱいあって、いろんな道具がぶら下がっている。なんだろう。かっこいいとは思うけど、やりすぎじゃない?


「あ、あの~……」


 二人は僕に気付いていない様子で、ぎゃーぎゃー騒いでいる。ようやく僕が声をかけたところで、


「キューくん!」

「……どうしてっ? 罠を仕掛けたのに……何とも、ない?」


 賀茂さんが目を見開く。正直、僕も何ともなかったことにびっくりしている……ていうか、本当に罠、あったんだ。井伊曰く、僕が強かったらしいけど。


「あ~……なんか……僕の方が強かった、みたい……」

「――はぁぁ?」


 そのまま伝えれば、賀茂さんは普段からは全く想像ができないような顔を見せた。苛立って、怒って、顔を歪めている。まるで二重人格だ。


「何ふざけたことぬかしやがって……! 私の力がお前に負けただと!」


 賀茂さんが一歩前に出れば、黒い衣装の裾がゆらりと揺れた。


「ふ、ふん……まあいいさ。貴様らは、全員消えるべきなんだ! 全員悪者、存在してちゃあいけないんだよっ!」


 ――全員消えるべき。存在していてはいけない。


 僕は思わず、固まってしまった。フラッシュバックしたのは吸血鬼映画だった。


 そう、吸血鬼は悪い存在。

 けれども瞬きをすれば――泣きそうな目堂さんの顔が目に入った。唇を震わせて何か言おうとしていたものの、きゅっと結んでしまう。


 きっと、僕と同じで――洞窟の狐や、狼男について思い出している。

 消えていった仲間。人間の世界では、生き残れない。


 でも――だからすぐに、消えるべき、なんて。

 ――僕達はここにいるのに。

 ――僕達はまだ、ここにいるのに。


「まだ絶対に生き残ってると思ってた……ここで消してやる! それが正しいのだから!」


 ひゅん、と何かが風を切る。賀茂さんが僕に向かって何かを投げた。

 幸い、遅かったので僕は避けたものの、背後を見れば、壁に何かお札のようなものが貼りついていた……妙に見える。多分何かあるんだろう。当たっていたら。


「か、賀茂さん! やめてよこんなこと……僕達、悪いことしてないよ!」


 確かに怪物の血を引いているけど、思い返せば、悪いことは一つもしていない。

 ミスはあったかもしれないけれど、悪意は一つもない。


「存在そのものが悪なんだよっ!」


 賀茂さんの怒声が響く。

 ――いや。

 ――いや、それ、冷静に考えたら、おかしくない?

 なんで決めつけられなきゃいけないの?

 存在そのものが悪。そうかもしれない。怪物は人に害をなす。

 僕だって――そう思う。そう思うから――大人しくしていた。


 けど、僕や目堂さんは……何もしてなくない?

 ……僕は何を考えているんだろう。

 ……僕は何をいままで考えてきたんだろう。

 ……僕は何をいままで考えてこなかったんだろう。


「そして私が『狩人』だから――」


 僕の思考は、賀茂さんの抜いたナイフの輝きに中断される。


「『狩人』の末裔に生まれたんだ! だから――『狩人』として、貴様らを退治するっ!」


 ぎらりと輝く刃物。偽物には見えない。多分、本物。薄暗い中、うるさいくらいに眩しい。


「たくさん勉強もした。たくさん訓練もした。実力を見せてやる――」


 ――その時僕は、賀茂さんがひどく必死になっているように見えた。


「それに……もし、私が吸血鬼やメドゥーサを退治したって言ったら、お兄ちゃんやお姉ちゃんも狩人の末裔に生まれたことを思い出してくれるはず――」

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