第四話(05) どこにでも現れる男!


 * * *



 館の中は湿っぽく、気持ちが悪かった。腐った床を突き破って植物が生えているのはもちろん、残された家具もぼろぼろで、まるで食べられるかのように植物に包まれている。懐中電灯で照らせば、不気味な影に見えて、心臓がどきどきしたままだった。


 ぎし、ぎし。一歩踏み出せば床が鳴る。そうやって部屋の一つ一つに入って、調べてみる。ものは結構残されていて、しかし家具から何かわかるわけじゃないし、書類が残されていても、濡れてぐしゃぐしゃになって何もわからない。カビ臭さに、くしゃみをしそうになるだけだった。


「なんか……それっぽいもの、見つからないわね……」

「そうだね……」


 ただの廃墟探索、肝試しになっていた。一度、幽霊が見えたかと思ってびくりとしたけれど、壁のしみが人の顔に見えただけだった。そういうのって、結構ある。


 家の中は荒れてはいたものの、時間や植物の侵食によるものくらいで「狼男がいた」といった感じの荒れ具合ではなかった――壁に大きな引っ掻き傷とか、派手に破壊されたものなんていうのは、ない。


 ただ住人が引っ越したというには、ものが残り過ぎている。そんな感じだった。普通、引越しなら家具とかものは持って行くはずだ。それがほとんど残っている。


「ところで、目堂さん……」

「んー? なんかあった? キューくん」

「いや何もないけど……あの、近くない?」


 ――目堂さんは、僕の背中にぴったりくっつくようについてきていた。懐中電灯で先を照らす時だって、僕の後ろから覗き込むように照らしていた。


「そう? そんなに近くはないとおも――」


 ――がらがらっ!


「ひゃぁぁぁあ!」

「うわあぁっ!」


 急に部屋の隅にあった瓦礫が崩れた。目堂さんが僕に飛びつく。僕は瓦礫よりも、耳元で絶叫されたことに驚いて跳び上がる。懐中電灯を落とす。

 落とした懐中電灯が照らしたのは、ネズミ一匹。あいつの仕業らしい。


 鼓動が激しい。ネズミのせいじゃない。目堂さんに急に抱きつかれたからだ。急にそんなことをされたら、顔も赤くなってしまう。震える手で、懐中電灯を拾い上げた。


「め、目堂さん。やっぱり……噂だったんじゃ、ないかな」

「そんなこと、ない、わよ! まだ調べてない部屋、あるし……」


 目堂さんは本当に怖がっていた。怖がっているのに、帰りたがらなかった。仕方なく次の扉へ向かう。

 扉を開ける前に――中からかすかな物音が聞こえた。


「ひっ!」


 目堂さんが息を呑む。


「おっ、狼男、かしらね? 幽霊とか、そんなんじゃ、ないわよねっ?」

「それか……さっきと同じで、ネズミかな?」


 ぎぃぃ、と、扉は鈍い音を立て開いた。書斎のようだった。きっと、無人になる前は立派な書斎だったのだろうけど、いまでは植物と湿気とカビ臭さが我が物顔で居座っている。それでもまだ、本棚にはたくさんの書物が並んでいて、立派な机もあって――ぬっ、と影が立ち上がった。


「で、出たぁぁぁぁあっ!」

「ちっ、近付くなぁっ!」


 明らかに人の大きさの何か。僕は目堂さんの前で片腕を伸ばし、もう片手の懐中電灯で影を照らし出す。

 僕が目堂さんを守らなきゃ。が。


「うわぁぁん! なにっ? なにっ? オバケ? って、あ?」


 その影は、聞きなれた声をしていた。

 僕の懐中電灯が照らし出したのは『食うか、塩でも』と言って盛り塩をつまんでいる幽霊の絵だった――シャツにプリントされたイラストだった。

 そんな服を着ているのは……友人の顔で。


「えっ? 井伊?」

「キューに、目堂っち……? 何やってんの? デート?」

「お、狼男の噂を確かめに来たんだよ!」


 間違いなく、井伊だった。僕は井伊の言葉に、思わず怒鳴って返してしまう。目堂さんも井伊を前に首を傾げ、


「井伊くん、どうしてここに? まっ、まさか井伊くんが狼男……!」

「いや~目堂っちにこの館の話したじゃん? そしたらさ~気になっちゃってぇ!」


 その結果、僕達はたまたま、同じ夜にこの館に来てしまった、ということらしい。僕は肩の力を抜いた。


「びっくりして損した……」

「なんだよぉ。ま、俺も最初、本当に狼男が出たのかと思ったけど……ところでなんか見つけた? 何にも見つかんないんだけど」


 井伊は、やたらとかっこいい形の懐中電灯をくるくる回す。


「あとこの部屋だけなんだよねぇ、他は全部見たけど、なんかそれっぽいもんとか、面白いもんはなかったんだぁ」

「なんにも……見つからなかったんだぁ」

「後でもう一回調べに行くつもりだけどねぇ、ほら、フラグ立ったかもしれないしぃ?」


 寂しそうな顔をした目堂さんに、井伊は両手を広げる。


「ゲームじゃないんだからさぁ……」


 僕は呆れて溜息を吐く。井伊は本当にゲームとかアニメとか漫画が好きだ。


 ……それにしても、ホラーゲームで書斎といえば、色んな資料が手に入ったりする。何となく、僕は近くの本棚に手を伸ばす。一冊を抜き取って開いてみるものの……湿気のせいか、雨が降った時にこの館は中まで濡れるのか、ページはぐちゃぐちゃになっていた。何の本だったのかもわからない。戻して次の本へ。


「おっ、キュー、何かありそうぅ? 俺もやる!」


 井伊が真似する。僕は気にせず、次の本を抜こうとしていたけれども。


「……キューくん、何してるの?」

「なんか、この本、変……」


 やたら固い、抜けない。引っかかっているのか。

 引いてダメなら押してみろ……と。

 そう考えて、ぐっと押せば、本は簡単に奥に入って――かちっ、と音がした。


 ――部屋全体が揺れ出す。軋んで、今にも崩れるかと思った。しかし崩れることなく、本棚の一つが、回転扉のようにくるりと回って――隣の部屋への入り口が露わになった。


「……ゲームじゃないんだからさぁ!」


 わくわくするとか、憧れるとか、そういうのは置いといて、ここは現実だよ? ゲームの中じゃないんだよ? これ作るときに、どうやって家を作る人に頼んだの?


「か、隠し部屋! 隠し部屋よ、キューくん!」

「最高じゃん……俺んちにもほしぃぃぃ!」


 目堂さんの歓声が上がり、井伊が先に中へと進んでいった。と、目堂さんが振り返って、


「キューくん、この向こうに、もしかすると狼男の手掛かりがあるかもしれないわよ!」

「……うん」


 こんな仕掛けがあったんだ。今度こそ、何かに辿りつけるような気がした。

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