空の蒼さは茜色

ラムダックス

テリトリー

【宇宙】テリトリー

第1話 【宇宙】テリトリー その1

 2025年、人類は都合三度目の世界大戦を引き起こした。覇権国家同士による最終戦争アポカリプスとまで言われたそれは、まさに世界中のありとあらゆる国を巻き込んでいった。

 2030年に痛み分けのような形で終わったそれは、結果的に人類のためにはならなかった。12億もの死傷者。数十億の難民。資本主義経済の崩壊。文化遺産の消失。ヒトの歴史が積み上げてきたあらゆる物事が崩壊の危機にあった。


 しかし、人類は諦めなかった。今まで争っていた各国が力を合わせて文明の復興に努め始めたのだ。それぞれが研究してきた技術、持ち得る資産などを惜しみなく出し合い、皮肉にも戦争によって真の世界平和が訪れたのだった。


 そこから15年経った2045年。再びの人口爆発と土地・資源問題がやってくる。人々はついに決意し、この母なる大地を離れることとする。その前段階として、『世界共同体宣言』によって国家という枠組みは解体され、名実ともに世界は一つになった。

 そして、あるものは穴を掘り、あるものは海に浮かび、あるものは空を舞い、あるものは宇宙へ飛び出して行った。それぞれ生活圏を確保し、人類のテリトリーは広がる一方であった。


 しかし、人類は愚かであった。そのテリトリーがかつての国家のような枠組みになり、お互いに牽制し始めたのだ。中でも、穴を掘り大地の下に己の住む場所を求めた人々は、他の全てのテリトリーから「モグラ」と蔑まれるようになる。人は再び差別と争いの歴史を繰り返し始めた。


 表面上はお互い友好関係を結んではいたが、人の持つ欲には抗えない。次第にようやく手に入れた真の平和にも亀裂が入り始めていた。









 ――――2085年。


「これが、近年の大まかな歴史だ。さて、ここで質問だ。各テリトリーの中心となっている企業体は何だったかな? みんな受験を潜り抜けて来たんだ、これくらいは覚えてくれていなくちゃ困るぞ〜」


 教室の演壇に立つ教師が、目の前に浮く・・生徒たちに向かって投げかける。


「…………」


 しばしの沈黙の後。


「……はい」


「おお、では大石、答えてみろ」


 一人の女子生徒が手を挙げる。


「まず、地球。母なる大地を再興する中心となったのがEI社、エアルトEarthインダストリーIndustryです」


「正解だ」


「はいはい、俺も」


「おお、じゃあ寺田」


 一人が答えると、空気が変わる。生徒たちは皆こぞって答えようとし始めた。


「えーっと、空に最初に浮島を創ったのがACC社、エアーAirコンプレスCompressコンプレックスComplex


「海に最初の海上都市を創ったのがAT社、アトランティースAtlantheetheよね」


「で、俺らが今いるこの宇宙に、第一コロニーを創ったのがSC社、スピースSpeaceコロネゥColonewってわけだな」


「では最後は?」


「…………」


 他の生徒も続いて、皆が思い思いに口走る。だが、教師がそう訊ねると、途端に静寂が訪れた。


「おいおい、なんだよみんな? 知らないわけじゃないだろう?」


「ねえ」


「だって、な」


 生徒たちはお互いの顔を見合わせて微妙な表情を見せる。


「……はい」


 と、そこで、先ほど大石と呼ばれた女子生徒が再び手を挙げた。


「最初に地下にもぐり、地上を除く四つのテリトリーの中で最も早く生活圏を確立するのに貢献したのが、ハイドHide社です」


「その通りだ。さすがは入学主席」


「いえ、常識ですので」


 大石は自分の知識を誇ることもなく、涼しげな顔を崩さない。


「モグラのことなんかほっとけよ……」


「おいこら! そこ、なんてことを言うんだ!」


 と、一人の男子生徒が口走った言葉を、教師は見逃さなかった。怒り顔でその言動を注意し始める。


「確かに世間では、地下に住む人たちに対してそのような呼び方をすることもある。しかし、それは本来は使ってはいけない言葉なんだ。せっかくハイカテゴリーまで進んだんだ、評価値・・・を下げるようなことはするな」


「……へいへい」


 教師はその後、歴史のおさらいを続け、午前の授業が終わった。


「ねえ、大石さん! 一緒にお昼食べない?」


「私と? 別にいいわよ」


「やったっ♪」


「えっ、じゃあ私もー!」


「俺もー!」


「男子はダメよっ」


「おいおいなんでだよ」


「あははは!」


 昼休憩の時間になり、生徒たちは弛緩した空気の中食堂において交流を深める。あるものは早速友人を作ろうと張り切り、あるものは以前からの知り合いと共にし、またあるものは一人寂しげに食事をとる。

 その光景は昔からそれほど変わることはない。ただ、生徒たちが皆宇宙にいるという点を除いては。


「今日のメニューは、っと。おっ、日替わりはシチューか〜」


 この食堂はメニューが豊富だ。だが中でも日替わりランチは外れがないと評判である。それにいちいち考える手間もないため手っ取り早く決めたい育ち盛りの万年腹ペコ欠食児童学生達にも人気だ。


「昔は汁物は絶対NGだったらしいけど、今のコロニーは重力調整があるから食べられるようになってよかったって、お父さんがこの前嬉しそうに言ってたなー」


「ま、俺ら宇宙生まれにとっては当たり前なことも、昔はそうじゃなかったってことだな」


「先人の偉大なる働きに感謝! ってことでいただきまーす!」


 席についた皆が食事を摂り始める。


「でも大石さんだっけ? あの娘、よく堂々としてるわよね」


「ああ、さっきの授業か」


「うん。入学主席で人当たりもいいしおまけに美人! 持てるものは怖いもの知らずってことなのかしらね?」


 女子生徒が話題を出す。大石はハイカテゴリー入学前から既に有名で、親もまたの人間のため注目の的になるのは当然だ。


「でも人前で堂々とモグラのことについて聞くなんて、先生も先生だぜ」


「だな。そこは空気読んでスルーしてくれよ〜って感じ笑」


「まあまあこの話はやめようぜ、せっかくの食事が不味くなる」


「だな」


「そうよね。それより最近できたあのお店でさー――――」


 と、男子生徒の一人が差し止める。皆はそれに追従し、不自然なほどスムーズに他の話題へと切り替えた。











「あら茜ちゃん、おかえり。学校はどうだった?」


「帰ったか」


「ただいま戻りました、父様、母様。はい、つつがなく」


「もうそうじゃなくて、ほら、お友達とかね? ……貴女は昔からそうなんだからもうっ」


「すみません、でも皆様は良くしてくださいました。明日からも元気に学べそうです」


「うむ、それならよかった。ところで茜、相談があるのだが……」


「…………なんでしょう」


「まあ、そう嫌な顔をするな。いつものだ、ほら」


「はあ、失礼します……中層一区、ですか」


「そうだ。専務の知り合いの息子さんらしくてな、まあ無碍にもできず一度だけでもということだ。確かに高層ではないが、父親はこれから更に伸びると言われている会社の社長さんなんだ。駄目か?」


「会うだけでしたら……父様のご迷惑にもなりたくないので」


「そうかそうか、では今週末、よろしくな」


「はい。では私は一度部屋に」


「うむ」


「茜ちゃん、あとでお菓子食べましょう。今日は私のお手製手作りクッキーよ」


「すぐに戻ります」


「うふふ」


「茜はお前の手作りが大好きだからな。俺にももっと懐いてくれてもよかったのだが……」


「貴方にも充分懐いていますよ」


「そうか? ならもうちょっとだな」


「思春期なのですから仕方ありませんよ。それにあの娘なりに大人になろうとしているのでしょう。貴方の後を継ぐためにもね」


「そうだといいのだがな……戻ってきたか」


「茜ちゃん、ほらほら、こちらへいらっしゃい」


「はい母様」


「どれ、俺ももらうとするか」

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