技術的ハードルは下がっている

 さて、いざ覚悟を決めて農業で生計を立てようとしても、色々と準備が必要なのは言うまでもない事ですが、中でも最も重要なのが、“技術”と“資本”だと思っています。


 どれだけやる気があろうとも、この二つがなくては新規で農業を営もうなど、無謀もいいところです。


 実際、自分も農業のことなど知らずに始めようと職場を辞し、今に至っているわけですが、とりわけ前者が問題となりました。なにしろ、食材として野菜を触ったことはあっても、都会暮らしでは畑を持つことすら難しく、小学校の芋掘り以来、とんと土いじりすらしたことがない有様でした。


 では、どうやって白ねぎ農家になるための、技術を手にしたのか。それをお話ししましょう。



                ***



 まず、自分が赴いたのは、移住系の合同セミナーでした。各都道府県の農業関係者や移住斡旋の窓口担当者がブースを出し、参加者に地方への移住をお誘いするというイベントでした。


 ちなみに、自分が参加した時の一番人気は『長野県』でした。首都圏から程近く、旅行等で赴いた人も多かったので、移住先として注目を集めていたようです。


 しかし、自分はそのお向かいの閑古鳥の鳴いているブースに飛び込みました。事前に補助金の制度などを比較しており、一番自分に合っていると感じた場所をピックアップしてから、イベントに参加していたのです。


 そして、そこで提示された独立した農家になるまでのステップとして、まず4ヵ月の合同研修、次に1年間の実地研修というわけです。


 この4ヵ月の合同研修は、ハローワークとの連携された教育課程カリキュラムで、失業者の職業訓練学校ということになっていました。実際、農大での筆記及び実技の講習を受け、農業に必要な最低限の知識と技術を身に付けるというものです。


 ハロワの職業訓練ですから、失業手当を貰いながら農家を開業する訓練を受けれるというわけです。野菜のみならず、果樹や花卉、畜産などの農作業の訓練に加え、フォークリフト、トラクターなどの大型機械の操縦訓練も行い、更には溶接や建築など、一通りの技術を身に付けることができました。


 自分の場合は白ねぎ一本に絞ってましたが、周りにはまだどの作物をやろうか迷っている人もいたため、幅広い研修内容で判断材料を得ることができたようです。


 その基礎訓練が終わって、次に親方農家のところで、一年間の実地研修を行いました。


 親方農家の所では、いずれ開業する予定の作物についての技術を学んでいきます。自分の場合は白ねぎですので、親方も当然ながら白ねぎ農家です。


 ちなみに、親方農家はウキウキで引き受けてくれます。なにしろ、若くて活きのいい労働者を、一人タダで使えるんですからね。支払われる給料は役所持ちですから、安心してこき使えるというわけです。


 一方、研修生側からしても、給料を貰いながら必要なノウハウを学べるのですから、願ったりかなったりです。WIN・WINな関係ってやつです。


 まあ、これが元で研修生の取り合いになり、騒動になったこともあったそうですがね。そりゃこき使える若い労働者をタダで使えるのなら、欲しがる農家なんていくらでもいますし、取り合いになるのは、当然と言えば当然です。


 一年間通して研修を行うので、周年栽培するにはどうすればいいか、そのスケジュールをこの段階で組み上げていきました。あとは、自分の畑にあったスケジュールに組み替えれば、身に付けた技術ですんなり開業できるというわけです。


 習得する技術は白ねぎに関するものが大半です。播種、苗の移植、畝上げ、収穫、梱包、農薬散布、トラクター操作、全部やりました。あとは、各種農業系のお店などの顔繫ぎも、親方と一緒になって回ったりしましたね。


 自分の場合は運のいい事に、県内最高のカリスマ農家の所に研修に行けたので、技術的にはそこいらの農家より上の状態でスタートできたと自負しています。


 実際、5年かけて達成する目標を、3年目でクリアできて、4年目からは新規就農者に出される補助金の受け取りを拒否したくらいです。


 そう、この心構えが必要なんです。『補助金は早い段階で切れ。補助金に対する“甘え”が成長を妨げる』という感じで。


 つまり、1年半の技術研修によって、誰でも農家に必要な技術を習得でき、そこから開業して3年目が終了した段階で一端の成果を出していたということです。


 もちろん、これは稀に見る快速だそうですが、不可能ではないということでもあります。


 資金的には、1年目、2年目は苦労したのは間違いありません。むしろ、ここで折れてしまう人もいたのも事実です。


 しかし、苦しい場面を乗り切れば、間違いなくハッピーな未来は待っています。


 自分の場合だと、2年目の9月までは資金的な安定がなく、ギリギリのやりくりをしていました。具体的には600万でスタートした資金が、2年目9月の段階では30万程度まで落ちていました。


 色々と買い揃えねばならなかったので、資金の目減りはやむを得ない事でしたが、予定外の出費もかさみ、かなり危なかったです。


 しかし、そこから安定した周年栽培が確立して一気に持ち直し、売り上げを伸ばしました。瞬く間に残高を増やしていき、余剰金ができて一息つけました。


 そして、3年目には線状降水帯れきしてきおおあめによるボーナスタイム(他産地壊滅による注文殺到)が発生し、売り上げが爆増。5年目で達成するべき、新規就農者の売り上げ目標をあっさりクリアすることができました。


 運が良かったというのもありますが、自分が達成できたということは、他の人でも十分に可能であるとの証明だと思います。


 何度も言いますが、移住前は農業に触れたこともないド素人でした。それが1年半の研修を経て技術を習得し、白ねぎ農家を開業して3年目で目標達成。現在5年目を突っ走っているところです。


 本来なら時間のかかる技術習得も、たったの1年半でできたのです。


 昔に比べて技術伝播がなされており、必要な技術や知識を得るためのハードルは、確実に下がっているのです。


 技術は盗むのではなく、実際に体験して学ぶ。これが現代の農業への入門です。


 素人でも、農家としてやっていくのは、“技術的には”昔ほど難しくはありません。 


         ~ 次話に続く ~

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