名案

 いつもよりもやる気に満ちた俺は、昼休憩までの体感時間が本当にあっという間に感じられた。すげぇ……。


 とか思いつつ、一つだけ、亜衣さんにシズさんについてどう説明すればいいかわからない。いや、てかさ、普通に異世界からやってきた女騎士なんだよって説明しても、あの強さの説明にはなんないよな……。


 ていうか、マジでなんであんな強いんだ……。いや、色々規格外な話は聞いてたけれども……。


 でも、そのどれもあの強さになった理由にはならないよなぁ……。


「……んぱい? 先輩?」

「ん、あ、亜衣さん?」

「どうしたんですか? そんなに考え込んで……」

「いや、まぁ、シズさんの件についてどう説明しようかと……」


 そういうと、亜衣さんは若干困ったような、ひきつった顔をしながら「あぁ~……」と、これまた何とも言えない声を出した。


「ま、まぁでも、あんな凄い力を見せられましたからね! 何が来てもそこまで驚かないと思いますけどね!」

「そっか! 異世界転生してきた!」

「えぇぇぇぇぇぇぇ⁉」


 結果、めちゃくちゃ驚いてオフィスの端から端まで吹っ飛ばされた。


「驚かないんじゃないんですか⁉」

「そ、それはせいぜいこの地球上で済ませられる話ですよ! 何異世界というカードを何の前触れもためらいもなくドローしたんですか⁉」


 なんでカードゲーム?


 まぁ、おおむね正論だから何とも言えないけど……。


「い、い、い、異世界ですか? どういうことなんですか? もうちょっと分からなくなってきました」

「落ち着いてください。みんながいなくてよかった……。……えぇっと、まぁ、簡単に言うと、前の世界で殺されてこっちの世界でよみがえった的な感じです」

「…………どうしてこっちで蘇ったんですか?」

「それは……、分かんないですね」


 そこら辺のメカニズムは全く分かっていないが、とにかく異世界転生をしてこっちにやってきたことは納得してもらえた。


「で、でも転生してきたからと言って、あの強さは……」

「あ、あぁ……、シズさんどうやら前の世界で結構偉い立場の騎士だったらしくて……」

「……だとしても、あんなに華奢な体なのにあんな力が……」

「あ、シズさん結構筋肉ありますよ」

「あ、そうなんですね」


 よし、これで説明すべきことは話したかな? 後は納得してもらうしか俺にもすべがない。


 説明を終えたと思い、買ってきた昼食をカバンから取り出すと、亜衣さんが突然肩を掴んできた。それはもう、かなりの力だった。


 俺はその力に完全に制されて、身動きが取れなくなってしまった。


「ど、どうしたんですか? 亜衣さ……ひぃ⁉」


 恐る恐る亜衣さんの方に視線を向けると、鬼のような形相の亜衣さんがそこにはいて、いや、これは鬼よりももっとやばい感じの雰囲気だった。まさに一人で百鬼夜行を体現するにふさわしいほどだった。


 俺はむしろ、シズさんの力の謎よりも、亜衣さんのこの気迫の正体について知りたい。下手したら気迫だけであればシズさんにも引けを取らないのでは?


 そんな恐ろしい形相の亜衣さんがのそのそと口を開いた。


「なんでぇ~」

「……はい」

「シズさんの体のことを知ってるんですかねぇぇぇ?」


 なんだこの地獄から這い上がってきた般若みたいな俺の後輩は……。とにかく早く理由を説明しないと……。


「じ、事故なんですよ! シズさんが突然お風呂から飛び出してきて……」

「…………シズ、コロス」


 やばい! 今度は退廃した世界で人間を恨み、孤独を知ったAIロボットみたいになっている!


「亜衣さん! 落ち着いてください!」

「というか先輩……、スンスン」


 亜衣さんの情緒が……。というか、突然俺の服のにおいをかぎ始めたし……。いよいよやばいのでは?


「シズさんのにおいがしますね」

「固有名詞まで当ててくる⁉ いや、そりゃ一緒に暮らしているんですから当たり前ですよ!」

「当たり前……。本当はその当たり前に、わたしがなるはずだったのに」

「……へ?」

「なんでもないですよ!」


 ……やばいな。亜衣さん相当怒ってる。どうにかして落ち着かせないと。


「あ、亜衣さん……」

「でも、やっぱり違う!」


 俺が落ち着かせようと声をかけると、突然大きな声出してこちらをにらみつけてきた。


「び、びっくりした……。何が違うんですか?」

「今回のにおいは異常に濃いんです! こんなの相当密着してないとおかしいです!」


 濃さまでわかるの⁉ どんな嗅覚しているんだ……。


「密着……」

「何か思い当たる節があるみたいですね」

「あぁ……、えぇっと、訴えないでくれると嬉しいんですけど、実は昨日シズさんに抱き枕にされまして……」


 恐る恐る言ってみると、みるみるうちに恐ろしいものに戻ってしまう。しかしその顔は少しするときれいさっぱり消えてしまった。どころか、笑みを浮かべてきた。


「え、えぇ? あ、亜衣さん? どうしたんですか?」


 その笑みが逆に不気味に思えて、質問をせずにいられなかった。


「私、名案を思い付いてしまいました!」

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