初めての添い寝

 ……一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか? 


 俺はなぜ今、シズさんの胸に抱かれているんだ? というか、柔らか、女の人の体ってやわら……かくねえ! 枕の感触だった!


 シズさんやっぱり筋肉が隆々だ……。


 ……何を気持ち悪いことを思ってるんだ。しかし、それも仕方ないのだ、シズさんが全く力を抜いてくれず、俺たちは真空パックとその中に入れられた食べ物みたいにぴったり密着していた。


 俺は何とか少しでも離れようと懸命になったのだが、どうにもうまくいかない。一度拘束から抜け出そうとしようものなら、


「ん~!」と、うなりながら俺のことを再び抱き寄せてくる。なんだったらさっき以上の力で抱き戻されてしまう。


 そのたびに胸が主張を強くしていく。すると当然、俺も色々とやばいのだ。


 変態! キャー! と、言わないでくれ。もうこうなったら無理だ。だってシズさんの力は俺の何倍も強いし、胸も大きいし……。


 だめだ、煩悩で全然眠れねぇ!


 そうして何度も抵抗していくうちに、俺はひらめいた。逆に、その抱擁を受け入れてしまえばいいのではと……。


 底なし沼のようなものだ。抵抗すればするほど浸食されていく。ならば無抵抗ならこれ以上沈むことはない。


 受け入れるんだ。俺の方から抱きしめて……。


 慎重に妙なところに手が触れたりしないようにして、シズさんを優しく抱きしめた。するとシズさんの力も少しずつ弱まっていった。


 そして数十秒も経てば、心地よい力加減になっていった。そうしてシズさんの寝顔をちらりと見てみると、子供っぽくて、だけどとてもきれいで……。


 思わず触れてみたくなって、優しくその頬に触れてみた。


 肌と肌が触れ合うと、心地よさはさらに増した。


 これ以上このままでいると溺れてしまうと危機感を抱くと同時に、どうしようもなくこのままで居たいと思ってしまう。やがてその葛藤も心地よさに塗りつぶされて、ゆっくりと目を閉ざしていった。


 翌朝、目覚ましの音が鳴って目を覚ますと、視界には筋トレをするシズさんの姿があった。


「……お、おはよ……ございます」

「む、起きたか……」


 シズさんは俺のことを抱きしめていたことなど覚えていないような口ぶりで言った。


「朝ごはん作りますね」

「あぁ」


 いつもの日常が始まった。ちょっとあっさりしていることに、違和感を覚えているのは事実だが、シズさんもあえて触れていないのだと思って、俺から何かを言うことはしないようにした。


 いつものようにもくもくと朝食を作り、食卓に並べた。そしてそれぞれ向かい合って食事を始めた。


 シズさんの茶碗の中の白米が、茶椀の半分まで行ったところで、シズさんが不意に質問を投げかけてきた。


「ヒロシは、今日も仕事なんだよな?」


 いつもはしない質問だった。いつもなら当たり前のように俺が仕事に行くと思っているから、基本的にはしない質問だった。


「そうですけど……」

「そうか……」


 なんだかそわそわしているのは、ぱっと見でも分かった。何か言いたいのか分からず、口を開くのを待っていると、もじもじしながら言った。


「出来るだけ、早く帰ってきてほしい……」

「……わ、かりました」


 できるだけ早く……。そんなことができるのであれば、どれだけ良かったか……。


 早く仕事を終わらせても必ずどこからか仕事がわいてきて仕事に追われる……。それが俺の努めている会社だ。もはやその大量の仕事は、企業体質を超えて社風と言ってもいい。


 もはや仕事を見つけていかに定時退社させないかが目標になっている気がする。


 まぁ、流石にそんなことないと信じたいけどね。


 でも俺はシズさんを幸せにするって言ったんだ。ちゃんと仕事をこなして、願わくば更なる昇給、昇進……。いや、資格なんかを取得してもっと給料のいい会社に……。


 ……なんだか目標ができると、今まで惰性で流れていた電車からの景色も、生き生きと芽吹き始めたように感じられる。


 その足で地面をけりつけ一歩前進! そのすべてが鬱屈な景色ではないような気がした。不思議な力が体の芯から盛り上がっていた。


 今まで俺は自分のことをおっさんだと思っていたが、こんな感じでめらめらと沸き立つ情熱が、お前はまだ若いと、うれしいお告げをよこしていた。


 そんな感じで張り切って会社に出勤し、さぁ気合入れて仕事を頑張るぞと意気込んだその時、亜衣さんが立ちはだかった。


「あの、先輩……」

「あぁ……」


 そうだった、説明しなくちゃいけないんだったか……。


 どうしようか。転生してきたと言って、素直に納得してくれるだろうか? 

 

 かといって、シズさんは格闘家だとか、それっぽい理由をつけても、それが通らないほどの力をまざまざと見せつけられてしまった。


「すいませんでした!」

「……へ?」


 亜衣さんは突然頭を下げて、謝罪を述べた。俺はそれを見て固まってしまう。


「ど、どうしたんですか?」

「いや、まさか一樹さんがあんな人だったとは思わず……」

「あ、あぁ大丈夫ですよ。それに、謝罪はシズさんにしていただけると嬉しいです」

「そ、そうですね……」


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