ぬくもりや癒し

 家の玄関を開けると、後ろ手を組んだシズさんが出迎えてくれた。


「お、お帰り……」

「…………」


 なんだこの背徳感にも似た感情は……。


 恐らくこの感情の源流は、俺が昨日口にした『おかえり』という言葉に起因している。と、言うのも、今朝の行ってらっしゃい然り、このお帰りも、なぜか俺が無理やり言わせている感じがして嫌なんだ。


 いや、もちろん俺がお帰りと口にしたのは、シズさんに少しでも安心してほしかったからだ。ここが、まぎれもなくシズさんにとっての帰る場所になってほしかった。そんな願いから出た言葉だ。


 だから、決して軽々しく口にしたわけではなかった。でも、なんというかこう……、ステップがないからか、とてつもなく違和感が……。むずむずするというか……。


「どうした。私はおなかがすいたのだが……」

「あ、すいません……。すぐに晩御飯作りますね」

「すまない」


 あわただしく荷物を置き、スーツを脱ぎ、早速料理に取り掛かる。シズさんは黙って座した待っていたが、俺があわただしくしたせいか、ただじっとしているのが耐えられなくなったのか。


「私にも何かできるか?」

「え、あぁ……、特には……」

「え、遠慮するな。毎日うまいご飯を作ってくれているんだ。少しぐらい手伝う」


 言葉はぎこちないものの、優しい口調だった。シズさんは基本的にきつい口調で俺と接することが多かったから、新鮮だった。うれしい違和感が俺の口端を上げる。


「…………でしたら、スーツをハンガーにかけてくれますか?」

「ハンガー……、あのひっかけているものか」

「そうです」


 シズさんはやることを把握すると、すぐに俺の脱ぎ捨てたスーツを拾って、ハンガーにかけた。


「……終わってしまったぞ!」

「ありがとうございます」

「……もっと手伝えることは無いのか!」


 そんなこと言われても……。料理は文化が違うと逆に大変そうだし……。あ、そうだ。


「風呂を洗ってくれませんか?」

「む……、了解した」

「洗剤の使い方とかは……」

「分かっている。お前が洗っているところを見たからな」


 頼もしいな……。シズさんは箸の使い方の時もそうだったが、見て学ぶのがうまい。不格好ではあったが、初めて使うにしては上出来だったのは間違いない。


 そして五分ほどして、風呂場からシズさんが顔を覗かせた。


「終わった!」

「ありがとうございます! こっちもそろそろ出来上がりますよ!」

「お~!」


 きらりと目を輝かせるシズさん。なんだろう……、めちゃくちゃうれしい……。


 思わず口が緩んでしまい、にたりと気味の悪い笑みを浮かべてしまっていた。


 そして料理が出来上がると、シズさんが


「今日のメニューは、ゴーヤチャンプルーです!」

「ゴーヤ?」


 シズさんは頭上にはてなを浮かべて、体を傾ける。そして皿をテーブルの上に静かに置くと、シズさんは顔を青ざめさせた。


「こ、これはまさか、リザードマンの皮⁉」

「違います。あれですよね? トカゲと人を混ぜた奴ですよね? 違いますから野菜ですよ」

「ヤ・サイ⁉」

「なんだよそのモンスター……」


 どうやら見た目に抵抗があるみたいだ。まぁ、分からなくもないかな。ごつごつしてるし、そこまでおいしそうかと聞かれれば、俺は首を横に振ると思う。


 ……これ大丈夫かな? 納豆とかシズさん耐えられるのだろうか……。納豆好きだから食べたいんだけどな。


「うぅ……、ヒロシ、これは無理だ」

「あ、ちゃんと食べないとだめですよ」


 シズさんは俺のさらにゴーヤだけを移す。それは華麗な手さばきで……。


「いやだ!」

「どうして一口も食べてないのに……」

「見た目がダメなんだ! ごつごつしてて……、緑で……」

「…………まぁ、確かに独特な見た目ではありますけど。シズさんってイチゴとかもダメなんですか?」


 そう聞くと、シズさんは首を横に振ってくる。


「イチゴは好きだ。だがなぜイチゴを引き合いに出す!」

「だって、形状的に似てますよ? ごつごつしてるし、しかもイチゴは粒があるんですよ?」

「むぅ~……」


 シズさんは頬を膨らませて一個だけ俺の皿に移したゴーヤを取り、目の前に持っていく。


「…………ゴーヤ単体だと、苦みが結構なので、お肉とかと一緒に食べましょうね」

「う、うむ……。…………な、なぁ、私思うのだが、これはやはり人間の手に負えるものじゃないと思う」

「……シズさん。まぁ、一回食べてみてください。ほら」


 俺が一口ゴーヤチャンプルを口に入れる。それを見るシズさんの目は、畏怖の目だった。


「怖いんですか? 俺でも簡単に食べられるのに?」


 煽るように言うと、分かりやすくむっと顔をしかめて、ちらちらと俺の方を確認しながら、思い切りを付けて食した。


「……」

「どうです?」

「……む、無理ぃ~」


 どうやら味もダメだったみたいだ。


「そっかぁ……、お肉と一緒に食べて頑張って食べてください……」

「…………」


 なんてことのない会話だが、今の俺の体には、もはや痛いほどしみてきた。

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