三人で。

「む、アイの家で晩飯を? 何故だ?」

「まぁ、色々あってな……」

「ふむ、先ほどからかなりの殺気が感じられるしめちゃくちゃ不安なのだが……」

「だ、大丈夫ですよ……」


 ヒロシが夜遅く帰ってきたかと思うと、昨晩やってきた女性を引き連れていた。


 そして唐突にアイの家に一緒に行こうと言われた時は、流石に驚いた……。


「まぁいいだろう。襲われても、私ならそれなりに対処できるからな」

「そ、そうか。それはよかった」


 それにしても、いったい何があったのだろうか? 私がついていかなくちゃいけない事情でもあったのだろうか?


 恐る恐る玄関を出る。すると、私が感じ取っていたさっきはさっと身をひそめてしまう。ヒロシが出てきたからか?


 この執念、この意思の強さ……。まさか親の仇とかではないだろうな?


 いや、ここ数日で分かったが、ヒロシはそんなことをする奴ではないし、この世界はそこまで入り込んだ関係性はめったにないということも理解した。


「どうもシズさん。こんばんは」

「どうも……」


 笑顔だが、その裏には猛虎が見え隠れしている。今にも首をかみちぎられてしまいそうだ。久しぶりに騎士の血がたぎる。


 私はにやりと笑みを浮かべたすると、眉をぴくぴくと痙攣させる。


 しかし、この世界はかなり平和で居心地がいい。そんななか、ここまでの殺意を抱けるのは、やはりただものではない気がする。


 私は彼女から目を離すことは無いだろう。もしかすると、私と同じ転生者かもしれない。


 アイの家までの十数分ほど、私とアイは互いに見張りあっていた。いや、向こうは威圧していたというべきだったか。


 いざ家に着くと、まるで別人のような笑顔を浮かべて、接客をする。物腰柔らかで

、私たちを快く迎えてくれた。


 アイの家は私が想像していた何倍も大きかった。同じ職に就いていると聞いたから、ヒロシと同じくらいの家に住んでいると思っていたが……。何倍も大きな家だった。


「鍵を……」

「オートロックなので大丈夫ですよ」

「お、オート……、何?」

「勝手に鍵が締まるんですよ」


 アイがそこらに落ちていたゴミでも片すように手慣れた感じで答えた。何度も聞かれた質問なのだろうか?


「え、そうだったんですか? だとしたら、昨日なんで中途半端に開いたままだったんですか? 普通、ゆっくり締まっていきません?」

「まぁ、安物ですからね……。そういうのもあるんでしょうけど。あ、不安なので、一緒に住んでくれますぅ?」


 アイが甘えた声でヒロシに乞う。私の世界にもあったな、こういう手法。


 ハニートラップだったか、政略結婚ではよく使われていたと聞く。私も一度、潜入調査なるものやったが、あの時はよくわからず調査対象の家に蜂をばらまいて終わったな。なるほど、こんな感じでかわいらしく媚びるのか……。


 っは⁉ つまりアイはヒロシを調査しようと⁉ し、しかしなぜ? ま、まさか本当に転生者で、ヒロシに、バルザックに恨みがあるのか⁉


 確かにそれならば、ヒロシがわざわざ私を同行させたのにも説明がつく。ヒロシはなんとなくアイの殺意に気づいていたのだ!


「それではお二人はあそこで待っていてくださいね? 少し準備があるので」


 そういってアイが指示したのは、キッチンのすぐ目の前にあるテーブルだった。私は素直に座ろうと席に向かうも、ヒロシはそうでないらしく……。


「準備なら、手伝いますよ?」

「え、あ、いやぁ……。準備と言ってもその、ね? 女性には色々あって……」


 怪しい……。


 私の中の疑念は肥大化する一方だった。


「女性じゃなきゃダメなら、シズさん、亜衣さんを手伝ってあげてくれませんか?」

「あ、ああ。いいぞ」


 なるほど、ヒロシはどうやらなかなか頭が回るらしい。こういう言い訳をされた時に、同性の私がいれば解決できるわけだ……。


「……あの、あれなんですよ。ちょっとその……、お、お客なんだからぁ! くつろいでくださいよ!!」


 アイはだんだん声を大きく荒らげていく。


「びっくりした……。そのセリフそのテンションで言うやつ初めて見たよ」

「余計に怪しまれるのが分からないのか?」


 私がそういうと、唇をかみしめてこっちをにらんでくる。私は内心警戒心を強めたが、なるべく悟られないように済ました態度を貫いた。


「とにかく大丈夫ですからぁ!」

「…………まぁ、そこまで言うなら」

「ヒロシ⁉」


 こ、ここで食い下がってしまえば、私がついてきた意味がなくなってしまうではないか!


「シズさん、どうしました?」

「…………いや、何でもない」


 ことを荒らげては、また蜂をぶちまけるような事態になりかねない。ここはヒロシの作戦に従うしかない。


「それじゃあ、準備してきますね?」


 そう言い残して、アイは『亜衣の部屋』とかわいらしい猫のイラストの描かれた看板の掛けられた部屋に入っていった。


「ヒロシ、よかったのか⁉」

「え、ま、まぁ、割とここまで来るのも強引だったし、これ以上は……というか、もうすでに結構迷惑のはずですから……」

「な……。お、お前、もしかしたら殺されるかもしれないんだぞ⁉」

「い、いやいやいやいや! そんなことないですよ!」

「……お前には分からなかったかもしれないが、あの女、殺気を向けていたぞ」


 全く、平和ボケをしている人間はこれだから……。

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