第3話 ユーはどこから日本へ?

 もろもろの話をし終えた後は、本題に入るだけだ。示談で済ませていただけるのか、裁判まで行くのか……。本来は弁護士を雇ってからなんだろうけど……。


「では、あなたの意思を聞かせてください」

「……ちょっと待ってほしい。私はそもそも……なんというか、訳が分からないんです」

「……え、えぇっと?」

「……私、一度死んだ……はずなんです」

「はい?」


 突拍子もない話に俺は呆然としてしまう。


「生きてるじゃないですか」

「違う! そうではなくてだな……。私は確かに、バルザックに殺されたのだ。それで気が付いたらここに来ていて……」

「…………ちょ、ちょっと待ってくださいね?」


 どういうことだ? 頭がこんがらがってきた。というか、なんでこのタイミングで言うんだ? まぁそれはいったん置いといて……。


 一度死んだ?


 ……一度死んで、見たこともないところにいつの間にか来ていて……。


 この状況、あまり触れたことは無いが、世に聞く〝転生〟的なものに近い気がする。というか、それじゃないか?


 ちょっと調べるか……。


 俺はデスクに置いてあるパソコンで、今回の事象について調べてみた。


 出てくる情報はやはり〝転生〟系に属する作品のものばかり……。判断するにはちょっと材料が足りないが、でも、これ以外に説明できることがない気もする……。


 いや、記憶喪失の可能性も……。


「……やっぱり一旦病院に行った方がいいかもです」

「……病院」

「まぁ、怪我とかもあるかもしれませんし、示談の材料にもなりますから……」

「なるほど。それなら確かに行った方がいいかもしれない」

「それじゃあ、案内しますね」


 シズさんに傘を一本貸し、俺は予備のものを使う。雨は思ったよりもひどく、早いうちに家に入っておいてよかったと思えるものだった。


 それにしてもやっぱりおかしい。目立った外傷なんて何一つない。どころか俺の車がへこんでしまう始末……。


 転生……の方が現実味があるのはなんでなんだ。


△ 約一時間後 ▼


「特に脳にダメージはありません。どころか、体にも何ら問題はありませんね」

「え⁉」

「ただ……」


 シズさんの検査を担当した先生は何やら言いにくそうにシズさんと俺とに、視線を往復させていた。


「シズさんには少し席を外してもらえないでしょうか?」

「分かった」


 シズさんは意外と素直に指示に従ってくれた。


 二人で話すべき内容……、いったい何なのだろうか?


「えぇっとですね……。簡単に言ってしまうと、妄想癖のようなものだと思います」

「妄想癖ですか……」

「経歴や、過去に関して尋ねさせていただくと、なんといいますか……。現代の、それも日本とは思えない話がいくつもあって……」


  その時俺は、いよいよ転生であるという説が濃厚になってきたのを感じて、ついつい息をのんでしまう。


「ただ、奇妙なのは、妄想にしてはえらく具体的というか……、かなり詳細で、天才作家とか、そんな程度では説明がつかないんですよ……。中には、文献やらでは聞いたこともない調度品の名前などもあって、その由来もしっかりとしていて……。妄想癖だけでは説明がつかなくて……」

「なるほど……。あ、あの、目立った外傷はないと言ってましたが、骨折などもない感じですか?」

「問診ではまず間違いないです。レントゲンなどでとれば、もしかしたら……ですが……」


 先生は近くにいた看護婦の方に視線を向ける。そう、シズさんは保険証がなく、税による負担の肩代わりがない。俺の十割負担ということになる。


 全身ともなると、それなりの値になってしまう……。


 示談をするにしてもお金は必要だ。裁判になればもっと……。そう考えると、俺にも余裕はない……。


 どうするべきか……。


 まずは保険証を作るところからか……。


 やることが多い……。


 というか、仮に転生したのだとしたらまずは、戸籍を作るところからか?


 やべぇ……、どうしよう。俺、そんなに時間取れねぇ……。今もう午後五時ぐらい。


 色々やるべきことがありすぎて頭こんがらがってきた……。と、とりあえず、戸籍を作ろう。


 室外に出ると、あたりをきょろきょろと見回すシズさんの姿があった。


 この人、ずっと気を張り詰めながら周囲を警戒している。本当に、この平和な日本で育ったなんて思えないほどだ。


 ただ、医者が妄想癖と結論付けたのはそういう態度も合わせてだった。どっちの可能性もあるな……。ま、とりあえず調べてみるか……。


「シズさん。どうやら怪我はなかったようですね」

「……なぁ、私はこれからどうすればいい」

「そんな真剣な顔で……。……まぁ、とりあえずあなたが人間だと国に認知してもらって、話はそこからですね……」

「私は人間だぞ!」

「まぁそうなんですけど、戸籍がないと人として扱われないんですよ……」

「ど、奴隷制……⁉」

「ち、違いますよ!」


 そうか、確かにシズさんの世界ではそういう風に取れるのか……。


 というか俺、いつの間にかシズさんが転生してきた前提で話をしてたな……。でも、そっちの方が可能性が出てきた。

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