第27話 わくとコウタと暗殺者

その3


「ぼくが悪い。から、わくくんが、怒るのも無理ない。

もっと殴りたかったら、いいよ」

カタコトのような口調ながら、本体が訴えている。

すぐにしっぽを巻いて逃げ出すと思っていたのに、あれだけのパンチを喰らいながら、

さらなる試練を受け止めようと踏みとどまっているB太を、コウタはちょっと見直した。

見た目より肝が座っているのかもしれない。

そのコウタの対応がまた、わくの怒りを煽る。

わくにとっては、B太の態度は挑発としか思えず、さらに怒りを加速させるのみだった。

その様子に、コウタが我慢の限界を超えるというスパイラルが展開していた。

「いいかげんにしろ!!殺られそうになったのは俺だ!!

その俺がやめろっていってんだよ!

おめーだってシガを説得する気ゼロだったろーが!同罪だ!」

「は?」

「俺のために腹立ててんのはわかるけど、もういいだろ、あんなパンチくらわせたんだから。

あいつにあれは、相当きついぞ」

コウタはさらに強くわくの腕をひねりあげた。

理系ロボットクリエーターの皮をまとったコウタの肉体は、テコンドーと空手で鍛えた細マッチョでなおかつ猛者だ。高校まで続けていた空手は数々の国内大会で何度も優勝している。

だからこそ、圧倒的にチカラの差がある者を痛めつけるような、時として見境がなくなる、わくの行動が心底不愉快だった。

「B太みたいの相手になにやってんだ、おめーのそういうとこ、マジ許せねえ!」

そのとき、コウタが力づくで押さえつけていたわくの体から、すっと力が抜けた。

ストレングスが一瞬で崩壊したように、体中から強張りが消え、同時に表情も変わった。

わくの中から荒ぶる魂がふっと抜けていったような。

「離せよ。いてえから」

コウタは用心深く、わくの表情を窺いながら、腕を捻り上げていた手を離した。

こちらに向き直ったわくは、コウタの首筋をチェックするように見て、

よかった、傷はついてないとつぶやいた。

わくの脳裏に、そこにナイフが押し当てられたときの光景が蘇った。

B太のか細い手が操るナイフで、どれだけ傷を負わせられるかはわからない。

だが、あのときB太は興奮しきっていた。下手にナイフを振り回されて、

刃が頸動脈を切断するようなことになったら?

あの瞬間の全身総毛立つような恐怖が蘇って、わくは改めてゾッとした。

と同時に、無事でよかったという安堵感がようやく身内に降りてきた。

わくは、肩で大きな息をした。

「B太さあ、、、」

B太のほうを振りかえると、座ったままちょっとあとずさっている。

「コウタうるさいから、俺の部屋行かない?」

いつも通りのすかした口調に戻っているわくに、コウタはもう何も言わず、止めようともしなかった。

暴風が吹き荒れた後には、ダークで粘着質なわくが登場する。

(一発殴ってそれで解決、あとはさっぱりっていう男らしさはねーのかよ。

あれが出ると厄介だよなあ、超めんどくせー)とコウタは思い、B太の身を案じた。

わくはB太の手を取って立ち上がらせ、来いよ、と言って自分の仕事部屋に連れて行った。

ドアを閉めると、B太は少し怯え、全身で身構えている。

「せっかくコウタが逃げろって言ったのに。なんで逃げなかったの?

魔物に襲われそうになっても、勇者が助けてくれると思った?

ここには誰も入ってこれないから、覚悟したほうがいいぜ」と笑う。

(わくくん、目の色がちがう)とB太はその目に見入った。

実際には、目の色がちがうのではなく、目が座っているのだった。

いつもの澄んだ瞳や、切れ長のまなじりから光が発せられるような、動きのある目が、

青緑めいた冷たい膜を纏ったようにかたまり、まったく動かない。

その目でじっと見つめられると、氷のようなビームが間断なく放射されているようで、

B太は痛みすら覚えた。

「嘘だよ。もう殴ったりしないから安心しろよ」

わくは、壁際に置いたソファにB太を座らせ、その前に椅子を置いて腰を下ろした。

(口調も声の感じも、いつものわくくんの100倍クールなわくくんだ)と、

B太は不安になった。

静かで優しげな物言いになっている分だけ、よけい怖くなったと思う。

わくがすっと片手を伸ばしたとたん、B太は身を縮こませて肘でガードした。

「そんなに怖がるなよ」

優しく腕を取っておろさせてから、B太の右頬に手の平を添えた。

「痛かった? 腫れるね。あとで冷やしてやるよ」

B太はうなずくよりほかなかった。

それからわくは大きなため息をついた。

「まず、シガを説得できなかったことはあやまる。悪かった。

言い訳になるけど、あいつは何があっても絶対に、ルールは曲げない。

なぜなら、それを死守することがシガの役目だから。

それを破った途端に、あいつは宇宙の塵とかにされるんだろ、きっと。

御役御免、リストラってわけだ。

俺だって、できることなら、あられくんを生き返らせて欲しい。

俺の親のことも、生き返らせて欲しい。心の底から。

でも、それは無理な話だ。わかるよな?」

B太はわくを黙って見ている。

「夢を見ていたかったら、勝手に見てていいけどさ。

でも、今度は俺たちを、さっきみたいに巻き込むなよ。

俺は、誰かの大事なものを、そいつを困らせるために、無理やり奪うような奴がこの世で一番嫌いで、この世で一番許せない。それ、B太、知ってるはずだよな。

おまえ、俺の地雷を踏んだよ?」

冷たく動かない瞳のまま、わくがかすかに笑ったので、

B太は全身に戦慄が走った気がした。

「そんなに俺を困らせたかった?

でも、コウタになにかあったら、俺は、いくらB太でも生かしておかないよ」

動かない瞳は、見る者の心臓を凍結させるように冷ややかだ。

「キミはいつまで経っても、なんにもわかってないね。

俺の大事なものを取り上げるっていったよね。

俺は、ずーっと、大事なものを取り上げられてきたよ。

俺の何を知ってるの?キミは。

あと、なんだっけ?

キミの気持ちをわかってないとかいってなかった?」

わくはB太に顔を近づけ、その目を凝視しながら、

「そんなもん、俺にわかるわけねえだろ」

と言った。

「俺の気持ちだって、誰もわからない。

わかるとかわかんないとか、そんなことどうだっていいよ。

大事なのは、その人のそばにいるってことだろ?

そばにいるってのは現実の距離じゃないよ、

気持ちのそばにいるってことだよ」

と言ってから少しの間、無言でB太を凝視していたわくが、いきなり

「あーーーっ」

と叫んだので、B太はビクんと跳ね上がるようにして人形のA太を抱きしめ、小刻みに震えてていた。

「わっかんーねーだろーなー。気持ちがそばにいるとかさ、

そんなしゃらくせーこと、あるわけねー、馬鹿じゃねーのとか思ってんだろ?

ん?そうだろ?」

B太は震えながら激しくかぶりを振り息を飲み込んでいる。

わくは、(ああ、この子は、生まれてからこれまでの、

途中のどっかで育つのをやめちゃったのかな)と思った。

だからって、していいことといけないことは、知っておかなくちゃね。

乱れたB太の髪を、わくは梳くように撫でた。

「俺は、おまえの気持ちのそばにいようと思ってたよ。

伝わらなかったみたいだけどね。でも、そのことで責めるつもりはない」

いきなり、B太の手から、わくが人形のA太を取り上げた。

「あ」

膝の上に乗せて、A太のパンクヘアをツンツンとつまみあげる。

「だけど、もし俺が、これさ、めちゃめちゃにぶっ壊したらどうする?」

「そんな、、、」

「どうする?」

「わくくん、、、しないよね?」

「俺が聞いてんの。どうするって。大事なものなんだよな?」

B太は強くうなずいた。

「弱いものいじめしたいわけじゃないよ。

大事なもの、壊されたらどうすんのって聞いてるだけ。

誰かの大事なもの、そうとわかってて奪い取ろうとするって、相当、罪深いことだよね。

平気でそういうことするやつは、それで幸せになれんの?

ウェーイってパーティーはじめられんの?

人を不幸にしなくちゃ、自分が楽しくなれないなんて、哀れ過ぎない?

人の不幸は蜜の味って言うけどさ、それとこれは話が別だ。

B太、自分がやられたらどう?

俺がこいつをめっちゃめちゃ引き裂いたら、どう?

さっきみたいに、今度は俺にナイフをあてる?」

わくは手刀で首をカットするマネをして、口をクィっと鳴らした。

「わくくん、、、ぼくが悪かったと思ってる」

「答えろよ」

「・・・」

「答えらんないの? 情けないなあ。この子に聞いてみろよ」

そういうとわくは人形をB太の膝に放り投げた。

「その子はなんて言ってる?」

「・・・黙ってる」

「無責任だなあ、おまえも人形も。じゃあ、俺が決めるよ。俺ならこうするね」



わくとコウタと暗殺者(改題)

その4


 わくは、B太の首を絞めるかのように手を回した。

片手だけでも楽に一周しそうに細い。

B太は無言でわくを見上げている。

「あんなことをしたら、返り討ちにあうって思わなかった?」

「・・・うん」

「その覚悟もないのに、よくあんなことしなよな。

一度、地獄の玄関まで行ってみるといいよ」

首にあてられた指先に、少しずつチカラが込められていく。

呼吸が苦しいほどではないが、少しだけ圧迫感を覚える程度に。

それよりむしろ、わくの手の感触が心地いいくらいだった。

 B太は思わず、わくの手首に手をかけていた。

それを外したいわけではなく、そこにつかまっていたいような衝動があった。

まるで、要救助者のように。

だんだん体の中に、熱が注がれていく気がする。

 首を絞められるって、こんな感じなのか、いや、ちがう、これでは死ねない、 

だって、今、首に手を回してるのは殺人者じゃあなくて、

むしろヒーラーだ、手が、あったかい。

B太は、その手から慈悲のようなパルスが伝わってくる気すらして、

薄く目を開けて見た。微笑がこちらを見ている。

 ああ、やっぱりそうだ。

B太は再び目を閉じて、触手のような手の中に戻っていく。

「なんか、言い残すことはある?」

「………ほんとはわかってた。あんなことしたって無駄だって。

ナイフくらい出したって、二人に敵うわけないって」

 その顔を覗き込みながら、わくは優しく問う。

「なら、なんでやった?」

「よく、わからない、、、ただ、あられに帰ってきて欲しくて・・・。

それしか頭になくって・・・。ずーっとそのことばっかり考えてた」

 プラス、おまえは俺を苦しめたかったんだろ? とわくは思う。

あられの復活、あるいは、わくへの制裁。

両者には雲泥の差があるにしろ、AがダメならせめてB。

それが、得られればそれで、おまえは満足できたんだ。

その気持ちはわからないでもない。そして確実に俺は、そう言うお前を嫌いじゃない。

馬鹿だなあとは思うけれど。

「そろそろ地獄に着く。

俺がいいというまで目を開けるなよ」

そう言ってわくは、B太の首から手を離した。

同時に部屋の灯りが暗くなったので、B太の不安は少し蘇った。

「着いたよ。天国か地獄か、目を開けて確かめてみろよ」

B太がそこに見たのは、満点の星空だった。

天井にも、壁にも、星が投影されて、またたいている。

無数の星が、ひとつひとつ鮮明な光を放っていて、音がしそうなくらいだった。

いくつかの星は流れて横切っていく。

夥しいほどの鮮やかな星が、濃紺の闇の中に、まるで網に綴られたように浮かんでいる。

むしろ怖いくらいだった。

B太は全方位の宇宙の中に座っていた。

「すげえ。天国だ」

「ぼくたちは今、2019年、2月の夜空にいる」

「あ・・・・」

B太はかすかな声をあげた。

「冬は星の輝きが強い。天の川もこんなにきれいだ。

あのあたり、冬の大三角が見える。左から、プロキオン、ベテルギウス、

下に行ってシリウス。

この大三角の下をずっとたどっていって、

大きく光ってるのがカノープス。全天2位の輝きらしい」

B太はわくの解説に聞き入り、もはや口を開けて夜空に没頭している。

「この地平線、ここらへんに俺たちは住んでる。

この空の下で、まだあられは元気にしてる。

走ったり、ぐーたらしたり、ゲームやったり、音、聴いてるかも知れない。

感じられる?」

うん、とB太はうなずいた。

しばらく、2人で銀河系の中に座っていた。

「生きてるか死んでるかなんて、たいしたことじゃない、と、やっと思うようになったよ」

わくは星を見上げながら、

「あられや、ほかの、もうこの世界にはいないとされる人たち、みんな」と言った。

「そのうち、あられが気持ちのそばにいるって、リアルに感じるようになるよ。

もう少し時間が経てばね」

「うん」

「このプラネタリウムシステム、コウタが前に作ってくれた。希望する日の、星空の中にいられるんだ。

これ見てると、昔にも行けるんだけど、ああ、前に進まなくっちゃと思えてくる。

ずーっと昔から、星は続いていて、ずーっとこれからも続く。

この先に行って、この先を見ることが、自然なんだって思えてくる。

自分も自然の中のひとつの目、ひとつの意識でしかないんだって」

わくはB太の肩に手を置いた。

「でも、実体といたくなったら、うちくればいいよ。俺たちでよければ」

B太は、黙ってうなずいた。

「そろそろ解放するか。

もうひとり、ドアの外にもハラハラしてるやつがいるしさ」

それから顔を近づけて、内緒話のようにB太の耳元に囁いた。

「いっとくけど、コウタを殺れんのは俺だけだ。わかった?」

B太の目を射抜くように見据えてから、笑った。

「返事は?」

「え・・・」

「わかったかって聞いてんだよ」

「わかった」

「よし」

「でも、なんでコウタくんを殺るの?

それってどんなとき?」

「コウタがいうことを聞かなかったとき。

嘘だよ! コウタが、そうしてほしいだろうなって思ったとき」

「そんなとき、あると思う?」

「わかんねえ。でも、なにかの事情で、コウタがそうしてほしいといってきたり、

もう意思も言葉もない状態になったら、俺は、コウタを引き受ける覚悟がある」

「ああ」

わかるような気がした。

「きっと、わくくんを殺れんのもコウタくんだけってことだよね?」

「・・・まあ、そうなるわな」

「わくくんたちは、それ、約束したの?」

「ありえねえだろ、そんな気色悪い約束。コウタがそんなこと、言うと思う?」

「じゃあ、コウタくん知らないの?それ」

「俺がそんなこと考えてんの知ったら、コウタ、腰抜かすだろうな」

「じゃあ、ぼくとわくくんの秘密だね」

「やだよ。おまえと秘密なんか持ったら脅されかねない。コウタにばらしたけりゃ勝手にいえよ。俺、即座に否定するから。またB太がフカしてんだってゆってやるよ」

「いわない。絶対。でも、2人が同時に、誰かに殺られたくなったら、そんときはぼくに言ってね。上手に始末してあげるから」

膝の上で、人形のA太も同じポーズで見上げている。

わくは呆気にとられて笑った。

「言ってくれるね。そのときは地獄の招待状送るよ」

コウタがドアをノックした。

「大丈夫か?」

わくがスマホを操作すると、室内から宇宙が消滅して灯りが灯った。

「なにが?」

立ち上がってドアを開けながら、わくが、

そういえば、なに入れたんだ?ペットボトルに、とB太に聞いた。

「かーちゃんの眠剤」

入眠剤?どれほどのレベルかしらないが、いずれにしろコウタには耐性がないから速攻効いて、

でも、量が足りなくてすぐ目が覚めたんだろうなとわくは推測した。あるいは、B太もそのあたりはさすがに不安になって、量を加減したのかも知れない。


 とびきりの笑顔を浮かべているわくの後ろから歩いてくるB太の様子を、コウタは素早くチェックする。

最終形態のわくが、凶暴性のあとに出してくる、面倒臭くてこじらせまくった粘着体質をよく知っていたので、だから逃げろって言ったのに、とB太に同情した。

 粘着時のわくに、「うるせー!」とか「しつけー!」とか言おうもんなら、

振り出しに戻ってあと2時間は上乗せされるから、聞き流すに限ると、今度教えといてやろう。

B太が予想外に晴れやかな表情をしていたので、コウタはホッとひと安心した。

彼は身体的にも技術的にも、わくの敵ではないから、かなり手加減したのだろうとコウタは思った。

クールで淡々とした外観の奥に、下手に触れたら火傷を負う火炎を隠し持っているのがわくだ。

それは、わくが深く関わる決心をした相手以外には、決して見せないものだったが、

見せられても迷惑なだけだと思いつつも、その温感を知ってしまうと、それこそがわくの正体だと思える。

いつもは見せない火炎の存在は、ときおりこちらの心を遠赤外線のように炙ってくる。

その高い温度はほかにはなくて、いくら遠く離れていても気持ちのそばにその熱が感じられるほどだった。

 そして、その火炎が何かの理由であまりもヒートアップしすぎると、わくの中で自動的に制御装置が作動して、ストンと鎮火する。

とはいえ火元はまだくすぶったままで消火しきれず、それが溶けた鉄やコールタールのような溶解物になって、わくの身内を焦がすのだと思う。

それこそがジュルジュルと這い出してくる、あの粘着の正体だとコウタは見ている。

はなはだ迷惑だが、わく自身のためにはよくできたメカニズムだといつも思う。


「コウタに謝っとけよ」

わくはいつも通りの淡々とした口調で言った。

「ごめんなさい」

改めてあやまるB太に、

「俺は別にいいよ。結果的になんともなかったんだから」

とコウタは笑った。

「神さまかよ。やっぱりコウタくんは心が広くてやさしい。

それにひきかえ、わくってマジ、ウゼーって、お前ら思ってんな」

 口調も目の色も、いつものわくに戻っていて、B太は心の底から安堵した。


 コウタは、いつもB太を気にかけていた。

彼の境遇も決してハッピーではないことを、聞いて、知っている。

問題山積みの家庭内で、B太は家族に対してすらなにも言うことができなくなっていたらしい。両親から物理的に殴られるようなDVはなかったというが、父親の不倫を巡って喧嘩の耐えない夫婦のもとで育ち、その後離婚、すでに精神を病んでいた母はさらに悪化していったという。そんな母親にB太は何も、不満も希望も言えなかった。自分が我慢すれば、これ以上何事も起こらずに済むと思っていた。それが家庭内にとどまらず、学校でも、ほとんど口を聞かない子どもになっていた。

はじめてできた友だちが、あられで、いっしょにいるときはB太の代弁をしてくれたのだという。

B太は絵を描いたり工作したりするのが好きだったので、あられに似た人形を作った。

A太と名付けたあられの分身は、閉じられた口を割って、B太のコトダマを世の中に放出してくれる。

コウタがB太のことを気にしてしまうのは、顔つきや表情にふと、小学校や中学に入りたての頃のわくを思い出させるものがあったせいだ。

顔つきだけでなく、あの二人は考え方も、ちょっと似ているところがあると、コウタは思う。


いずれにしろ、あの部屋から出てきたB太は、本体とA太が半々でしゃべるようになっていたので、少なくとも自分たちとのコミュニケーションは、次第に改善していくような気がした。それをあしがかりにしていければ、とコウタは思う。


結局、その夜、B太はわくたちの家に泊まった。

コウタは、自分自身に放たれた暗殺者とともに眠るはめになったのだが、

誰よりも早く寝入ってしまった。


 翌朝、コウタは、ソファで寝ていたB太の髪をわしゃわしゃとかきまぜた。

中学の頃から5センチは身長が伸びていそうだが、いつまでもきゃしゃな子だ。

ちゃんと栄養摂れよと思うけれど、大きなお世話かと言わずにおいた。

「また来週の日曜とか遊びに来いよ」

「でも」

と、B太はわくの様子を窺っている。

「気にすんな。あいつは大丈夫。もう台風は行ったし」

「台風・・・」

「それとも、もう怖くなった? 

でも、あいつは、もしおまえに何か危害を加えるやつがいたら、フルパワーでぶちのめす男だよ。それはわかっておいた方がいい」

B太は、うつむいて、何をどういったらいいのか、言葉を探した。

あられがいなくなって以来、自分の気持ちの一番そばにいるのは、この二人だということもわかっている。

自分は本当に許されるだろうか?

わくは、ニルヴァーナを聴きながら作ったチキンライスを、紙の皿に盛りながら、

「一生許さねえから。一生、俺らに奉仕しろ」

と言った。

「おや?ご自分が奉仕してますけど、ミズハラくん」

と、コウタが笑って、なあ、と、B太を振り返った。

ちなみにB太の本名はフジワラ瑛太という。


B太を送り出した後、わくは指輪に向かって呼びかけた。

「シガ!おめーは本当に頼りになんねーな」

「シガでございます。

スズキさんはご無事でいらっしゃいますでしょう?

あの時点でお話しながら確認しましたが、スズキさんに死亡フラグは立っておりませんでしたので、まったく問題ない事案と判断しておりました」

「あんた、ムカつく宇宙人ベスト5で、100年首位連覇だろ」

「お褒めに預かりまして」

「褒めてねえ。あと、いっぺん殴らせろ」

「いつでも受けて立ちます。では失礼いたします」

と、例のごとくのシガとの会話を終えて、わくはB太のことを考えた。

とりあえず、なんとかしてやんないとな。いつなんどき、また殺りにくるかわかったもんじゃねえ、あいつ。

だが、言った通り、コウタを殺るのは俺、俺を殺るのはコウタ、って決まってんだから、

そこんとこだけは、おまえはほかをあたれ。

「わ、今なんか、すげー悪寒がした、背筋ゾッとした」

ソファで居眠りしていたコウタが目を覚ましてくしゃみをした。


「今度、B太を、くりことゆりあちゃんのとこに連れてってみようよ、あのひとたち、体に優しい劇毒だし。あの二人との接触は、ある種のホメオパシーになりそうじゃね?」

と、わくは言った。

コウタは「おめえが一番猛毒だよ」とつぶやいた。


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ウォーター・ビームの誓い @climomi2299

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