コロナと君がいる日常~後輩とお家時間を過ごしています~

甘木

クッキーと君と

カーテンの隙間から漏れ出ている光が眩しい。重たい瞼を開ければいつもと変わらない天井。筋肉痛で少し痛む体を起こす。再度、眠りへと誘おうとする瞼をなんとか開けてスマホを手に取り見れば、朝などとうに過ぎて、昼に差し掛かる一歩手前となっていた。普段、規則正しい生活を送っている彼にとっては随分と遅い起床だった。


「また怒られるな……」


 同居人の説教を回避するがために二度寝でもしようと思ったが、余計に怒られ瑠未来が見えたので諦める。仕方なくベッドからゆっくりと降りてカーテンを開ける。春の訪れを感じる、暖かな眩しい光に目を細めながら大きく伸びをする。

 そうして、宮嶋玲也みやじまれいやの一日が始まる。


 パジャマから服を着替えて洗濯をするために廊下を通って脱衣所に向かう。同居人は既に起きて着替えていたらしく、洗濯物が既に籠の中に在った。この家での選択係は玲也である。無心でそれを全て放り込んで洗濯機のスイッチを押して、無事洗濯が始まったのを確認したところでリビングに向かう。


 リビングに行けばトントントンと軽快な音と空腹を誘う匂いがした。見れば、キッチンに一つのな影があった。


「あ、先輩。おはようございまーす」


「ふぁ~ぁ~あ、おふぁよう」


 欠伸をしながら答える。目の前には小柄な少女。そう、玲也の同居人は彼の一歳年下の後輩。明るい髪色のポニーテールに整った顔立ちをしている少女の名は梅原舞那うめはらまな。この二人は訳あってマンションのとある一室に一緒に住んでいる。


「今日は珍しく……でもないか。先輩、週三ぐらいで起きるの遅いですよね」


「いや、まぁな。昨日遠出したついでに買った本が面白くてな……」


 玲也はそこまで言って「しまった」と心の中で口にした。「手遅れか?」と思いながら舞那を見れば、玲也の思った通りというべきか頬は膨らませてジト目でこちらを見ていた。

 玲也の考察になってしまうが、これは舞那の素ではない。いわゆる舞那は男子に好かれやすいタイプの女子だと、ここ半年同居して彼は気づいた。

 ちなみに、舞那は玲也に何度もちょっかいをかけるが鈍感なのか、わざとなのかわからないが、今のところ全くと言っていいほど一途な後輩の好意に気づいて貰えていない。


「せ・ん・ぱ・い? 私、言いましたよね? 今の時期はコロナが怖いので外出は控えてくださいって。というか先輩、一昨日あたりに『また感染者数が増えてきたなぁ……俺も気を付けないと』って言ってましたよね?! 何のために学校が無いと思っているんですか」


「……」


 「__それなのに! なんで、貴方という人は! 少しは、心配する方にもなってください!」


 こうなると舞那を止めることはできない。玲也はひたすら説教を受けるしかなく、この後も舞那の説教は話題が二転三転しながらも半刻ほど続いた。


「____わかりましたか? 先輩?」

「わかったよ……梅原。悪かった」


 そして、また玲也は「しまった」と思った。もう、怖くて目の前にいる舞那を直視できなかった。


「先輩……いつになったら下の名前で呼んでくれるんですかー?」


 笑顔が怖い。そこらの男子を百人ぐらい落とせそうな笑顔をしているが肝心な目が笑っていない。


「い、いやぁそれはだな……」


「逃げないでくださいよ? 先輩ですからね、言い出したの。お互い名前で呼ぼうって」


「そしたらお前も……」


「玲也先輩? どうしたんですか?」


 玲也は逃げ場を完全に無くした。傍から見れば手詰まりである。しかし、諦めずに彼は話題を変えることにした。見れば舞那はキッチンで何かを作るために準備をしている様だった。昼食は玲也の係なので昼食を作ろうとしてた訳では無いだろう。

玲也は舞那の後ろをチラッと除く。舞那は継続してこちらを不服そうな目で見ている。キッチンには行くと卵にバター、薄力粉そして、チョコレートが何種類か置いてあった。何を作るのかはすぐにわかった所で、玲也は舞那をからかうことを思いついた。


「舞那、今からクッキーでも作るのか?」


「……!!!」


 舞那は顔を赤くしてそっぽを向いた。しかし、慣れないことをすると酷い目に合う、というもので、玲也も同じように顔を少し赤くしていた。羞恥の沈黙から回復するのは玲也の方が早かった。舞那はしばらく目を合わせることすら出来なかった。

 一応、懲りたようなので自ら追撃(自爆攻撃?)を仕掛けることは無かった。


「で、梅原。何か手伝うか?」


「あ、戻っちゃった……」


 舞那が小さな声で残念そうにつぶやく。


「また、今度……な」


 玲也がそう言った瞬間、ぱあっと笑顔が広がる。彼は少し照れながらも言葉を続ける。


「で、何か手伝うことはあるのか?」


「いや~、特に無いですね~。先輩は掃除をお願いします」


「わかった。昼に食べたい物のリクエストはあるか?」


「そうですねー今日は少し寒いですから、あったかいものが食べたいですね」


「チリ肉団子食べるか?」


 そう言うと、舞那は随分と嫌そうな顔をする。それを見た玲也はいたずらが成功した子供のようにケラケラと笑う。


「冗談だ。時間もそんなに無いし、きつねうどんにしようと思うんだが、いいか?」


「ええ、もちろんです! あ、でもうどんないですね……」


「あー、買い出しのついでにうどん買うから大丈夫だ……とは思う」


「なんですかその微妙な間は」


「いや、特に意味はない。じゃ、すぐ行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい。寄り道しちゃダメですからね?」


「わかったよ」


 玄関に向かって歩き出すと同時に後ろから鼻歌が聞こえてくる。同居人の機嫌がかなり良い事が分かり、苦笑する。スーパーに着く前に寄り道しないといいなぁ、と思いながら、マンションの外へと歩き出す。




 寄り道をすることも無く、買い物を終え玄関を開けると、チョコの甘い匂いが微かにした。しかし、まだ焼けたわけではないだろう。これから、小一時間は冷蔵庫で寝かせなければいけなかったはずだと思いながら、リビングに向かう。玲也はの予想は見事に当たっており、ちょうど冷蔵庫に入れているところだった。


「ただいま」


「あ、おかえりなさい先輩」


「そのまま使うから片付けなくていいぞ、いつもより少し早めだけど昼にしていいよな」


「いいですよー。私、朝ごはん食べてないので」


「そうか……じゃ、待っててくれ」




 昼食を食べ終わり、食器を洗っていると舞那がやってきて玲也の隣に立つ。


「食器、ください。拭きますから」


「おお、悪いな」


「いえ、わざわざここで暮らさせてもらっているので、これぐらいはやらせてください」


そう言って玲奈は一息ついて、


「先輩、クッキー食べます?」


「そういえば作ってたな。そうだな……もう少し、具体的には2時くらいに食べたいかな」


「分かりました、それまで何します?」


「学校の課題、あるんじゃなかったのか?」


「あ、そうでした……」


一気に舞那のテンションが下がるのがわかる。例え学校が無くとも学生である以上、リモートでも課題はある。玲也の場合、受験生ということもあるのか課題は少なかった。


「教えるか?」


「そうでした! 先輩、頭良いですもんね! お願いします!」


「分かるところだけな」


舞那は笑顔になり、玲也は少し照れていた。




「で、ここはこの公式を使った方が綺麗に答えが出るぞ」


「こうですか?」


「そうだ。お前……頭いいな」


「先輩に言われても嫌味にしか聞こえないんですけど」


難関大学卒業も既に可能と言われた頭脳のお陰か、舞那の課題はスラスラと進んだ。


「そういうわけじゃないんだけどな」


「あ、もうすぐ2時ですね。クッキー焼いてきます」


 そう言ってテーブルから立ち上がり、キッチンに向かいクッキーをオーブンに入れて焼く。待っている間に、テーブルの上にある勉強道具を片付けておく。作業が終わったところで玲也はキッチンに向かう。そして、彼は再度からかうことを思いついた。


「舞那、何飲む?」


「っ……! え? え、先輩、今、私のこと……?!」


「ん? どうした? で?」


「えっと……玲也くんと同じものがいいな」


 まさか反撃してくるとは思わなかったのだろう、突然の名前呼びに玲也はトマトのように顔を赤くしていた。しかも、この女、全くと言っていいほど表情が変わっていない。恥じらう様子もない。


「先輩はコーヒーですよね? 私、ミルク多めでお願いします」


「わ、分かった」


 玲也がコーヒーを淹れ終わったのと同時にチーンとオーブンが鳴る。舞那がクッキーを取り出すと、チョコの良い香りが広がる。舞那は満足したように頷き。


「先輩、出来ましたよ!」


「こっちもだ」


「じゃ、食べましょ」


 2人ともテーブルに着いたところで、舞那がクッキーを一枚手に取り、玲也の前に持ってくる。


「先輩、あーん」


「お前なぁ……」


 呆れながらも玲也は目の前のクッキーを食べる。口の中にチョコの苦みと微かな甘さを感じる。


「どう……ですか?」


「うん。すごく美味しいよ」


 玲也がそう言うと舞那は今日一番の笑顔を見せる。思わず玲也も笑顔になる。


「そうだ、よし。梅原」


 彼は少し照れながらも、舞那の前にクッキーを持っていく。舞那は少しキョトンとした表情になってから、少し笑いクッキーを玲也の指ごと頬張る。


「ふふっ、美味しいですね先輩!」


「はぁ……。予想はしていたが、本当にやるとは思わなかったよ」


「じゃぁ、もう一回やりますか?」


「勘弁してくれ……」


「むぅ、残念です」


「その代わり……」


玲也は立ち上がり、舞那の後ろに立つ。


「先輩……?」


「じっとしてろよ」


そう言って彼は舞那の視界を左手で塞ぎ、彼女の頬に軽い口付けをした。


「せせせせせせせせせせせせせせせ先輩?!?!」


「クッキー食べたら眠くなってきた……部屋戻る」


そう言って彼は顔を見せずにそそくさと部屋に逃げ込んだ。


耳が赤いのは神のみぞ知る、と言ったところか。

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コロナと君がいる日常~後輩とお家時間を過ごしています~ 甘木 @kiritania1003

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