第43話 晴れの日

 そして今日、ついに炎巫様の就任式が執り行われることとなりました。


「梅梅、何をしているの。みんな来たわよ。早くいらっしゃい!」


 明琳……ではなく、炎巫様の声に、私は慣れない化粧をしていた顔をはっと上げました。


「はい、ただ今!」


 今日のために特別に仕立てられた赤い装束を翻し、炎巫様の元へと向かいます。


「梅梅、準備はできた?」


 化粧を終え、振り返る炎巫様。そのお姿を見て、私は感動で胸がいっぱいになりました。


 炎巫様、なんてお美しい……!


 燃えるように鮮やかな髪を結いあげ、金と翡翠のかんざしで飾り、衣装は紅、緑、白の三色を基調とした絹織物で、金の装飾が施されている。


 白く粉をはたいた肌も、紅を差した唇も知的に輝く瞳も何もかもが美しくて、まるでこの世のものではないみたい。


「は、はい……それより炎巫様のなんと美しいことでしょう』


 私が炎巫様のお姿に見惚れていると、炎巫様は軽く私の肩をたたかれました。


「ありがと。さ、そろそろ行くわよ」


「はい」


 炎巫様とお付きの巫女七人で、私たちは巫宮を出ました。


 いよいよ炎巫就任の儀の始まりです。


 城門前の広間には、炎巫様を一目見ようと人々が押し寄せていました。


 私が緊張で固まっていると、炎巫様は笑って私の肩を叩き、大観衆の前へ出て行かれました。


 いよいよ炎巫様の挨拶の始まりです。


此度こたびは、朱雀の加護を受け、炎巫として就任することとなりました。色々と力の足りないこともあるかもしれませんが、この国を思う気持ちは人一倍あります」


 炎巫様は、まだ十七の少女とは思えぬ落ち着き払った声で演説を始めました。


「私がここまで来るのには、大変な道のりがありました。そしてこれからも、困難がたくさん待ち受けているでしょう。私の決断や行動一つで国が滅びてしまうかもしれないという重圧もあります」


 炎巫様は演説しながら、少し涙ぐまれたように見えました。


 きっと、ここまでくるまでに色々な事があったのでしょう。


 私には知り得ないような、色々なことが――。


「しかし、これまで辛い時、私は私の大切な人や家族の笑顔を思い浮かべて頑張ってきました。そしてこれからは、この国の人々は皆私の家族です。私はこの国の家族がより幸せに暮らせるよう頑張っていきたい」


 そして炎巫様は大きく息を吸い込むとこう続けられた。


「――最後に、私は炎巫になるまでに、いくつかの大きな決断をしてここまで来ました。あなたにもし何かやりたいことがあるのならば、諦めずに行動してみることです。一見無意味に思える選択でも、あなたが選んだことには絶対に価値があります。人生は選択の連続です。その一つ一つに後悔のないようにしてください」


 炎巫様が演説を終え、頭を下げました。

 会場は大歓声拍手に包まれます。


「梅梅、梅梅、大丈夫?」


 隣の巫女につつかれ、私は自分が泣いていたことに気づいた。


「ええ、大丈夫です」


 私は慌てて袖で涙を拭いました。


 本当に不思議です。


 もし明琳――炎巫様があの時助けに来なければ、少しでも助けが遅れていたら、私は処刑されていたかもしれない。


 もし炎巫様に地震の時に助けられていなければ、私は書架の下敷きになっていたかもしれない。


 もし炎巫様に勉強を教わっていなければ、最後の八人に残らずここにはいなかったかもしれない。


 そもそも、もし髪を染めてまで試験を受けようと思っていなければ私は炎巫様に出会ってすらいなかったかもしれないのですから。


 本当に人生は――運命というのは不思議なものです。


 そして運命というのは、きっと炎巫様の言うとおり、私たちの小さな選択の積み重ねと、ほんの少しの神様の気まぐれでできているのでしょう。


 私は雲一つない秋晴れの空を見上げました。


 空には、この国の象徴である真っ赤な朱雀が炎巫を讃えるかのように優雅に飛んでいました。


 その様子をじっと見で――私も、ある一つの選択をする決意をしたのです。


 ***


 数日後。


「梅梅、本当に行くの?」


 炎巫様が心配そうな顔で私を見つめました。


「はい」


 私は迷いなくうなずきました。


 実は私、巫宮をやめ、全国各地の干魃で困っている地域を周り、雨乞いの旅をしようと思っているのです。


「炎巫様のお話を聞いて、私も自分のしたい道へ進もうと思って」


 幼い頃、私は炎巫様に憧れていました。


 きっとそれは、巫力を使って困っている人の役に立っているから。


 でもそれって、炎巫でなくてもできること。


 別に炎巫にならなくたって、私は私のやり方で、幼い頃憧れだったあの人に近づけるのではないか。


 私はそう思い、旅に出ることに決めたのです。


「そう、それは素敵ね。……その髪も、よく似合っているわ。貴女らしくて」


 炎巫さまが、私の短く切った黒い髪を指差します。


「えへへ、そうでしょう?」


 私は前よりもずっとさっぱりしたうなじ触りながら答えました。


「それじゃあ、行ってきます」


 私は片手に持てるだけの荷物を持って、巫宮を出発しました。


 繁華街を抜け、見慣れぬ道へ。何だかわくわくしてきます。


 暖かな風が、私の黒い髪を撫でていきます。


 目の前にはさっそく二手に分かれた道が見えてきました。


「さて、どちらへ行こうかしら?」


 ここで選ぶ道もきっと、どこか遠く私の行くべき未来へ繋がっているのでしょう。


〜完〜

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炎巫時翔伝~後宮巫女のやり直し~ 深水えいな @einatu

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