第4話 設備の拡張は必要ですか?

何も変化がない。


前の世界に戻れると思って、ずっとこの場に留まっていた。


だが、一向に戻れる気配はない。


「お好み焼きのおかわりを頼む!! たまには赤い汁で食べてみようか」

「ありがとうよ!!」


ドラゴンさんがやって来るのが、日常になりつつある。


最初は巨体を見て、驚いたものだが、今では少し安心してしまうほどだ。


このドラゴンだけが今の俺の唯一の話し相手なんだから。


「そういえば、ドラゴンさん。金貨なんだが……多すぎだ」


暇を持て余し、数を数えたら3万枚近くあった。


それで一日の大半の時間を費やしてしまったが、後悔はない。


あの訳の分からない端末の上では、金貨一枚が一万円相当。


そうなると……3億円ってことだろ?


さすがにお好み焼きで貰い過ぎだろう。


「構わぬ。我には不要なものだからな」


と言われてもな……。


だったら……。


「これからずっと、無料でいいぞ。代金は貰った金貨から頂くんで」

「むう? 勝手にしてくれ」


これで金貨3万枚を自由に使えるようになったが……。


どうしたものかな。


「馳走になった。また来る」


もうちょっと、ゆっくりしていけばいいのに。


そんなに忙しいのか?


「なぁ、ドラゴンさん。一緒に何か飲まないか?」

「済まぬな。我がこれ以上離れれば、結界が壊れるのだ」


結界? 言っている意味が分からないな。


と言っても、これ以上お客さんを呼び止めるわけにもいかないか。


「そうかい。また、明日も来るんだろ?」

「無論だ。さらばだ」


……あれじゃあ、買い出しを一緒に行こうと言っても聞いてくれないよな。


やっぱり、一人で行く方法を考えないと……。


運転席に戻り、謎の端末を開いた。


「とりあえず、明日の食材の注文だけはしておかないとな」


『商品注文』を押して……。


お好み焼きの材料はすべて購入履歴に入っている。


『一括購入』と。


「これでいいな」


スクリーンが変わり、再び最初の画面に戻った。


「そういえば、これってなんなんだ」


『商品注文』の横にある『設備』と言う文字が気になる。


押してみると……。


俺の愛車、フードトラックの写真が映し出された。


「どういうことだ?」


フードトラックの写真を押すと、3つの項目が並んだ。


なになに……。


『車体設備』

『厨房設備』

『宿泊設備』


なんとなく分かってきたぞ。


厨房設備を推してみた。


そこには更に細分化された厨房設備の一覧があった。


冷蔵庫、冷凍庫から始まり、ここにはない設備まで。


試しに冷蔵庫を押してみると……。



冷蔵庫


収容量:100 

劣化速度:とても早い


という表示が出てきた。


「これが今の冷蔵庫の性能ってわけか?」


各項目の横に『アップグレード可能』の文字が浮かび上がっていた。


収容量の横のを迷いもなく押すと……


100→150 アップグレード 『OK?』


押してもいいのかな?


押しちまえ!!


すると決算画面に切り替わった。


「10万円か……意外とリアルな数字だな」


今の収容量に不満はない。


客は一人しかいないからな。


だが、これも機能を知るための勉強代と思って……。


ダッシュボードに金貨を放り込んで、確定ボタンを押す。


すると、厨房の方からカチッと一度だけ、大きな音が聞こえてきた。


「まさかな……」


収容量の数字が何を意味しているのか、良くわからないが……。


1.5倍の大きさになっていたら、困るよな。


ただでさえ狭い厨房なのに。


厨房エリアに入ったが、特に変わった様子もない。


冷蔵庫も外見は一切変わらない。


だが、開けてみて、驚いた。


「なんだ、これ」


今までは普通の冷蔵庫だった。


棚があり、小さな照明があって……。


今は真っ黒い空間だ。


もやもやとしていて、物凄く不気味だ。


俺は慌てて、手を突っ込んだ。


「俺の梅ソースがァァ!! ……あれ?」


俺の手には梅ソースの瓶がしっかりと握られていた。


「どうなっているんだ?」


再び、手を突っ込むと頭にビジョンが流れ込む。


まるで大きな冷蔵庫の中身を見ているような……。


そんなビジョンだ。


卵を取る仕草で手を動かすと……


しっかりと卵が握られていた。


「不思議なもんだ」


何度も出し入れを繰り返したが、慣れれば普通の冷蔵庫と変わりはない。


むしろ、奥にあるものがしっかりと見える分、前よりいいかも知れない。


「これで腐らせる心配が少し減ったかな」


しかし、凄い機能だな。


本当に……なんなんだ?


このフードトラックは。


俺はふと、婆さんを思い出していた。


それはちょうど、俺がフードトラックを探しているときだった。


「中古って言っても、高いんだな」


気に入りそうなやつはどれも手が出せない値段だった。


初めてやることだし、なるべく初期投資は少なくしたかったんだけど……。


そんなことを思いながら、ネットで中古車販売のページを探し回っていた。


その時、チャイムが鳴った。


居留守を決め込もうと思ったが、どうも気になって出てみると……。


「フードトラックを探しているんだって?」


なんだ、この婆さん。


「どちら様です?」

「どうなんだい? 探しているのかい?」


セールスか?


随分と押しの強い婆さんだな。


「いいえ、探していません」

「ほお、そうかい。今なら、格安で提供できるんだけどねぇ」


……。


俺は頭の中でどうするべきか会議をしていた。


この婆さんの言葉を信じるか、このままドアを閉めるか……。


「見てもいいですか?」


信じることに軍配が上がった。


「ああ、そこにあるよ」


マジかよ……すごい、良いトラックじゃないか。


新車のように車体はキレイだし……。


ちょっと型式は見たことはないけど……外車なのかな?


厨房設備を覗くと、大抵のものが備え付けられていた。


どれもが新品みたいだ。


「……これ、中古じゃないよな?」


どう考えても、状態が良すぎる。


「鉄板まであるじゃないか……それに電源もとれるのか……」


これだけのスペックなら……。


とても手が出せない値段になるだろうな。


結局、この婆さんも高額商品を売りつけようとするセールスだったか。


お帰り願おう……。


「どうだった? 買うかい?」

「いいトラックだった。まぁ、俺には手が出なさそうだよ」


一度見てしまうと、喉から手が出るほど欲しくなる。


でも、ぐっと堪えないとな。


高い買い物をして、失敗……なんて絶対に嫌だからな。


きっと、もっと安くて、良いトラックがあるはずだ……。


「10万円」


なんて言った?


「今、なんと?」

「10万円で譲ってやるって言っているんだよ」


何、言ってんだ? この婆さん。


「いやいや、10万円なんてありえないだろ!! もしかして、動かないとか? 廃棄車でも売りつけようとしているんだろ?」

「じゃあ、数日使ってみればいい。気に入ったら、10万円だよ」


それなら……いっか。


俺はしばらく、そのトラックを乗り回した。


さすがに厨房を使う事は出来なかったけど、車本体の状態は最高だった。


エンジンは静かだし、揺れもほとんどない。


シートもふかふかだし……。


どんだけグレードが高いんだよ。


再び、チャイムが鳴った。


前の婆さんだ。


「10万円、よこしな」


出会って、早々手を出してくるとは……。


「本当に10万円でいいのか?」

「ああ。お前からもらえる10万円が欲しいのさ。さあ、払いな!!」


なんだか、引っかかる言い方だが、高揚感からか気にもしなかった。


10万円を手渡すと、しっかりとした書類を渡され、婆さんは姿を消した。


まるで妖怪みたいな人だった……。


すぐに手続きを済まして……今に至るんだけど……。


「不思議な婆さんだったよな……」


冷蔵庫の扉を閉め、運転席に戻った。


……次は宿泊設備だな。

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