第7章 義に忠臣は吼える


翌朝、朝食後に恭一はミツキと共にアイテルの所に向かっていた。特に予定もないのだが、アイテルの呼び出しに頭痛を覚えながら、案内するミツキの後ろを歩いていた。


「あの、源氏げんじ様。痛み止めの薬でしたらありますが、飲みますか?」


「…いや、いい。よくある」


「あまり眠れていないご様子ですが」


「そうだね」


 そう言いつつ、アイテルと別れた後寝ようとしていた恭一の夢うつつの中にラミエルが現れた為に、全然眠れた気がしないことに苛立ちを募らせていた。


 月に1回か2回現れるか現れないかだったのに、ウラノスに来る少し前から頻度が増えていて、さすがに睡眠の邪魔だと怒ったばかりの事だった。

 天使の存在が感じるようになればなるほど、死に近づいている気がしていた。ラミエルはここ最近の恭一の行動を気にしているようで、何かとちょっかいをかけてくる。

こうしている間も、何処かで高みの見物でも決めているのだろうと思うと、不満を覚えていた。


「手は、痛みますか?」


「昨日から痛んでない。うまく抑えられてるようだね」


「もし痛みなど、変化がありましたら仰ってください。油断できないものと聞いております。陛下も、ご心配されておりました」



「…陛下…陛下!どうか、御慈悲を…真王陛下!」


ミツキと恭一の歩く先で、何やら揉め事か、騒がしい。ある一室の扉が開かれ、衛兵が二人、喚いている男を引きずり出している。


 その男は、アイテルが出席していた会議の場で見た顔で、真王の統治下にて、政治的な面の補佐と助言を担う枢密院すうみついんの一人の男だった。

 政治面での最終的な決定権は真王にあるが、真王は、神と等しく象徴である。実質、大まかな国のあり方には、各地から選ばれた神官と、枢密院の顧問達によって動かされている。


 その一人である男は、無様にも地べたを引きずられながら許しを乞い、懺悔は聞き届けられる事はなかったようだ。


 恭一とミツキの横を通り過ぎて連れていかれる様を、恭一は眺めながら彼が出てきて開いたままの部屋をまだ遠くから見る。そこに、座ってお茶のカップに口をつけているアイテルの姿を見た。


その表情は冷たく無情で憂いを魅せている。いつもおっとりと、浮き足立っているような女性が見せるものとは思えないものだった。


「何かやったの?」


「横領が発覚したんです」


「横領?」


「北のプラウド領と呼ばれるエリアで、いざこざが起きていまして、鎮圧が完了するまでアクロポリスに難民を一時的に保護しているのですが、その方達に割り振られた物資が不自然な形で消えており、調べたところ…どうやら管理監と顧問が一緒になって、横流しをしていたことが分かりまして」


「……ふぅん」


 なるほどと、恭一の頭の中で合点がいった。アイテルはあの後も詳しいことは言わなかったが、ただ難民の傷を治しに行っていたのではないと言うことが分かった。


「少し前から申請が通っていないと苦情が出ていたそうなのですが、物資の申請を虚偽で通し続けていたり、場所や身分によって物資が均等でなかったことを知って、陛下は大変お怒りに」


「…そう」


そうだとしても、恭一が言ったことに代わりはなく、真王と呼ばれる一国の王の立場の人間がするべき行動としては愚かだと言う考えは変わらない。


しかし、聖母とも言われるエバの女王が、甘ったらしい慈悲を与えず、無情な決断に加え、その後の情報収集と手早く制裁を加えたことに関しては興味が湧いた。



「真王陛下、どうかお怒りを鎮めを」


わたくしの憤りは、貴方方に向いているのではありません。彼の穴を埋める新たな顧問を任命してください、顧問長官殿。プラウドの事も、早く良い報告を聞けると良いのですが」


「はっ、承知致しております。早急に、陛下のご期待に応えます」


 立ち去っていく顧問達の後に、恭一とミツキは入れ違いに部屋に入る。それに気づいたアイテルはカップを置いて、いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべて出迎えた。


「お二人ともおはようございます」


「おはようございます、陛下」



ミツキは挨拶を返すが、恭一は何も言わず、ただ部屋の中の様子を伺う。そんな恭一に、アイテルは咎める事なく話し掛けた。


「朝からこちらに来ていただいてありがとうございます。聞いていただきたいお話がありまして」


「何?」


「昨日、私の命を狙った神官と一緒にいた方々を覚えていらっしゃいますか?」


「あぁ」


「聴取の為、留置所に収監しておりました事、恭一さんもご存知かと思いますが、全員お亡くなりになりました」


あの場にいたヘレルサハルの全員が昨晩のうちに、丁度アイテルと恭一が城から出ていた時刻だったのだという事を聞き、恭一は全員急死するとはあまりにも突然過ぎると思った。



「事故?君の執事が、誤って殺したとかじゃないの?かなり痛めつけていたからね」


「いいえ。監守の話によりますと、突然集団ヒステリーを起こしたそうで…あの中で、殺し合いに発展されたと」


「…不可解だね」


 まさか自分の呪いに当てられたか?と思ったが、そうであれば、昨日朝謁見に来ていた人間達全員に何らかの症状が出てもおかしくない。城からすでに離れている者に関してはまだ確認中だが、まだ残っている者に関しては、ヘレルサハル以外の人間に問題はないらしい。


一番近くにいたハルクマンにも変わりはないとの事だった。



「原因は調査中なのですが、恭一さんがお部屋から出てしまわれた時に襲ってこられた兵士達の状態と、とても似通っていると思いましたの。でも、貴方のせいではないと思いますのよ。他の者は問題なく、今回ヘレルサハルから来た者だけがこうなってしまっているのは、何か別の要因があると思いますわ」


「そうだろうね。そうだとしたら、浅はかな君のせいでもあるわけだからね」


「まあ、意地悪ですのね」



 なんの事か分からないミツキは、恭一の失礼な言動に彼を諌めようとするも、アイテルは手で制しながらクスクスと笑っていた。


「その遺体、見ることは出来るの?」


「勿論ですわ。お付き合い頂こうと思っておりましたのよ。でも酷い状態の者もいるそうで、全員のご遺体を、御覧になれるわけではありませんが…」


「失礼致します、陛下」


 恭一とアイテルが話していると、部屋の外からジュドーが現れ、一礼をしてアイテルの横へ歩み寄り、耳元で何かを囁く。

アイテルはそれを聞き、少し考えた後、恭一の方にまた視線を戻した。



「難民の看護に務めていた巫女サトイアフが、こちらに、お客様をお連れになったそうです」


巫女サトイアフの名は、昨晩アイテルと行った場所にいた巫女の女性の名前だとすぐに分かった。あえて遠回しな言い方をしたのは、城を脱け出したことを横の執事にはバレたくないからだろう。わざわざ自分に伝えたのには理由があると思い、恭一は聞き返した。


「誰の事?」


「…恭一さんと同じ、上から来た方のようです」


「っ!」


自分と同じくして上から来た人間がいると分かり、恭一の表情が僅かに動いたのを見て、ジュドーは異様ににっこりした表情で口を開いた。


「巫女にしつこくここへ来たいと懇願し続ける為、煩いから連れてきたのだそうです。何故ウラシマモノが難民保護エリア43地区にいたのか、何故陛下の事を知っていたのか些か疑問は残りますが、どのみち、源氏みなもとうじの呪いと関連がある人物かもしれませんので」


「…」


 アイテルはジュドーの方から少しだけバレないように顔を背けて、お茶を飲んだ。

恭一は、自分と同じウラシマモノだと言うとすれば、一緒に落ちたラウなのかもしれないと思った。


 あの男が、この呪いを自分に施した元凶。そして、追っていた組織の人間である。あの場所の何処にいたのか。人が多く全く気がつかなかった自分に苛ついていた。



「その人、何処にいるんだい」


「この階の下の広間で、巫女と一緒に」


「あっ源氏げんじ様!ちょっと!!」


ジュドーの言葉の途中で、恭一はすぐに部屋から出ていったのを、三人はそれぞれの反応で静かに見送った。



「あんなに急いで行ってしまわれるなんて。……そんなに会いたい方だったのかしら……どう思います?ミツキ」


「どうとは…」


「追いかけて様子を見てこいと仰ってるのが分からないのか?さっさと行け」


「は、はいっ!!」


ミツキは恭一を追いかけて部屋から出ていく。アイテルは扉を眺めて何か言いたそうにしている様子に、ジュドーは気がついていた。



_____



恭一が下のフロアへと下ってすぐに、見覚えのある女性の姿を見つける。向こうも恭一に気がついたようで、恭一が向かってくるのを待っていた。


「ご機嫌よう。陛下と一緒にいらした方ですね」


巫女サトイアフと呼ばれていた女性だ。近くまで来て、恭一は軽く会釈を返す。


「陛下はなんと仰っておりますでしょうか?どうしても、昨日来られた陛下に会わせてほしいと騒ぎ立てるものですから…。真王にお目通りなど出来ないと言ったのですが、話を聞けば上から来た方のようでしたので…」


「何処にいるの?」


困った様子のサトイアフに聞くと、あちらですと後ろの方を振り向いた。その先を見ると、丁度、その人物の影が迫っているところであった。



「ぅう若ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」




 恭一の細身の身体よりも筋肉質で大きな身体をした、決まってるとは言い難い角刈りの大男が、城中に響き渡るほどの、もはや騒音に近い声を上げながらタックルするかのごとく走ってきた。

サトイアフはびっくりして横に避け、恭一も同じくそのタックルを避けて、彼が床にぶっ倒れていくのを見届けた。



「………弁慶べんけい



 非常に期待外れで、急いで来て損したと言わんばかりに、冷たい目と表情で、恭一は、自分の足元まで来て土下座する男に告げた。


「煩い」


たったその一言を、久しぶりの再会すぐにぶつけ、大男は地面に頭をつけながら感動で泣いていた。



「ご無事で…!よくぞご無事で!!若ぁぁ~!」


「何で君生きてるの、そもそも何でここにいるの?」


「若が独眼竜ドゥイェンロンの船に乗っていらした時!俺も、オークション会場に潜入して調査をしておりました。若に何かあればすぐ駆けつける為に!!」


「…」


 いるはずのない他のエージェント。子供の頃から知っていて、大人になってもなお、献身的に自分についてきている男を派遣したのは、絶対ジュンフェイだろうと予想がついた。


 彼は後方で支援するはずで、現場には自分一人だったはずなのに、意図せずこの高倉弁慶たかくらべんけいも巻き込まれていた事について、ラミエルから言われた言葉が蘇る。


特別な計らいというのは、こういう事だったかと。


「お、お知り合いの方でしたか…?」


「若様にこてんぱんにやられた小学一年生の春より、この高倉弁慶、一生若に着いていくと誓った身!それなのに津波に飲み込まれ、何処かも分からない場所で手当てを受けておりましたところ、偶然にも昨日!!若らしきお姿をお見掛けし、もしやと思って!!あの若が!!『みやこの孤狼』と言われたあの若が死ぬわけないと、俺は信じていましたっっっ!!!!」


「分かったから黙ってくれる?君の声いっつも耳が痛い」


 この図体のでかく、喧しい男があの時の何処にいたのかと思うほど、弁慶は声が大きく、泣きながら土下座を繰り返し、そろそろ鬱陶しいと怒ろうとしたところ、弁慶の背後からこの状況に理解を示していない顔のミツキが現れた。



「…あの、ウラシマモノの方は?」


「これ」


「うぅっ~!!この弁慶、一生若に着いていきます!!」


「え……何この人、何があったの…」


戸惑いながら若干引いているミツキの反応も見て、恥ずかしいからさっさと立てと命じ、弁慶はでかい図体を起こして泣きながら恭一の前に立ち上がった。


彼はこの世界に流れ着いたところ、サトイアフ達に拾われ、行き倒れた難民と思われて治療を受けたらしい。


「すぐにでも若を探しに行こうと思っていたのですが、思うように動けず、面目もないです」


「別に期待してないよ。それで、君以外に生存者は?」


「いや…俺だけかと思います。気がついたら、あの場所で寝てまして…」


「そう」


「若は、どうやってここに?ここは何処なんでしょうか?」


「それは後で説明するけど、今回の仕事に関しては、失敗だ。あの組織と関わりがあったとされる人間の生存も分からないし、回収した品も何処かに消えた」


いくらイレギュラーが起きたとはいえ、失敗は失敗。向こうに連絡する手段もないとなると、自分達は死んだと思われているだろうと言った恭一に、弁慶は黙り込んだ。


「これからどうしますか?」


「特記事項の回収を最優先とする。それと、ラウという独眼竜ドゥイェンロンの人間を知ってる?君が作成した事前リストにはなかったんだけど」


ラウ…」


弁慶は少し考え込んだ後、頭の中を探りながら再び口を開いた。


「表には出てきていないメンバーでしょうか。ただ……彼らが出身の香港黒社会団に同一の名前はいくつかあったかと」


「誰?何名ほど」


「三名ほど心当たりがありますが、ラウという名は珍しいものではありませんから」


「上海組織のリストもあたってくれる?君の頭の中だけの名前でもいい」


「分かりました。…それで、若は?」


「ミツキ」


弁慶との会話の後、サトイアフから事情を聞いていたミツキに呼び掛け、彼が側に来ると恭一は言った。



高倉弁慶たかくらべんけい、俺の部下だ。真王に遺物捜索に、弁慶も含めるよう伝えてくれる?」


源氏げんじ様の部下の方でしたか。事情は今神官の方より……」


「はじめましてお嬢さん!!!!!!若君わかぎみがたいっへん!!お世話になっておりますっっっ!!」




「弁慶、俺の鼓膜破ったら喉と眼球潰すからね」


「うっ…お、お嬢さん……僕は、男、なのですが………」



容姿が中性的なミツキを女性と間違え、苦笑いされた挙げ句、恭一の耳の近くで怒鳴り声に近い声をあげた彼に、恭一は鋭い目付きで彼を牽制したのだった。

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