第34話
23時55分。
私は瑠璃の家の前まで辿り着いた。途中で電話は切ってしまったから、私はスマホを操作して彼女にメッセージを送った。
『外、出てきて』
メッセージはすぐに既読になって、それから少し経ってから彼女の家の扉が開く。
スマホが表示している時間は、23時57分。
瑠璃は私を驚いたように見ていたけれど、そんなのは今の私には全く関係なかった。
「誕生日おめでとう、瑠璃!」
私は息を整えてから言った。
いくら4月の夜が涼しいからって、ずっと走ってくればそれなりに汗もかくし息も乱れる。
正直言ってかなりみっともない格好だと思う。
着替える暇も惜しんで来たからパジャマに上着羽織っただけだし、髪も乱れていてメイクもしていない。
そんな私を見て、彼女は笑った。
「それを言うためだけに、そんな必死になってここまで来たの?」
「そうだよ。だって、瑠璃の誕生日祝うのなんて初めてだもん! それに、最後かもしれないじゃん! 馬鹿だって笑ってもいいよ! プレゼントだって持ってないし!」
23時58分。
彼女の誕生日が、過ぎていく。誕生日だって他の人にとってはただの日に過ぎなくて、今日が明日に変わったところで、何があるってわけでもないんだと思う。
それでも私にとって、この日は何よりも大事な日だ。
だから今日祝いたい。どんなみっともなくても、馬鹿みたいでも、それでも。
大好きな人の誕生日を近くで祝えるなら、それでいいと思う。
「そんな泣きそうな顔にならなくてもいいじゃん。……嬉しいよ、わざわざ心望が、こんなに頑張って祝いに来てくれて」
そう言って、彼女は私のことをぎゅっと抱きしめてくる。
「ちょ、瑠璃。離れて」
「なんで?」
「今の私、汗臭いから……」
「臭くないよ。いい匂いする。心望の、柔らかくて優しい感じの匂い。この匂い、私は好きだよ」
彼女は私の首筋に鼻を近づけてくる。
人の汗の匂いを嗅ぐんじゃない、この変態。
私はわざわざ変態の誕生日を祝いに来てしまったんだろうか。だとしたら失敗だったかもしれない。
「この、変態っ……! も、離れ……」
「やだよ。絶対離れない。心望が私のプレゼントだから」
「私をプレゼントします! なんて言った覚えないんですけど!」
「プレゼント、欲しいし。何も持ってきてないんでしょ? なら、心望がプレゼントになるしかないね」
どういう発想だ。
確かにここに来るのに必死でプレゼントなんて買う暇もなかった。いっそコンビニで彼女が好きなコーヒーでも買ってこようかと思ったけど、それもどうかと思うし。
プレゼントは気持ちが大事ではあるのだが、どうせなら相手が喜ぶものの方がいいに決まっている。
しかし。
「他にないの? 明日になったら、買ってくるけど」
「駄目。心望は今日祝いたいから、来てくれたんでしょ。お祝いの言葉とプレゼントはセットじゃないと」
「むむ……」
一理あるかもしれない。
せっかくお祝いをしに来たのに、プレゼントがないんじゃ喜びもきっと半減だ。
だとしたら。
うぐぐ。
むむむ。
……うーん。仕方、ないのかなぁ。変なことされたら嫌だけど、考えてみれば彼女の誕生日はあと少しだし。
ちらとスマホを見れば、23時59分になっていた。
「もう、わかったよ。せっかくの誕生日だもんね。私をプレゼントします」
「やった。じゃあ、早速いただいちゃおうかな」
「え?」
彼女は平然とそう言って、私に密着したまま顔を近づけてくる。
日中にもキスをしたから、今更拒むこともない。静かに目を瞑ると、彼女の唇が私の唇にくっついた。
舌を入れてくるキスは、久しぶりかもしれない。その感触を忘れていたわけではないけれど、改めてこうして舌を絡ませ合うと、心が新鮮にふわふわするのを感じる。
慣れているはずなのに。
私はいつもより激しい彼女の舌の動きに合わせて、舌を動かしていく。
腰が砕けそうになるけれど、彼女がちゃんと支えてくれているから大丈夫だ。
しばらくそうして舌と舌同士を絡ませた後、一度強く抱きしめ合ってから、私たちは少しだけ距離を離した。
0時0分。
彼女の誕生日が、終わる。
「誕生日、終わっちゃったね」
「……うん。でも、今までで一番嬉しい誕生日だった」
「そっか。なら、来た甲斐が合ったよ」
「……本当に、ありがとう。いつも可愛く決めてる心望が、そういう格好で来てくれたの、すごい嬉しいよ」
「……う」
改めて言われるとすごく恥ずかしい。
彼女の誕生日を祝えるならどれだけ可愛くなくてもいいとは思ったものの、傍目には私の姿がどう映るかなんて想像に難くない。
恥ずかしい。
こんな姿で外に出るなんて初めてだし。電車で他の人に変な目で見られたり、してないよね。
うう、せっかくの可愛さがこんなんじゃ台無しだ。私の最大の取り柄は可愛いことなのに。
「ちょっとだけ、話さない? 前に寄った、あの公園でさ」
「そうだね、話そっか」
瑠璃は静かに手を差し出してくる。
私がその手を握ると、彼女はいつもよりずっと軽やかな足取りで歩き始める。
周りに立ち並ぶ家はすでに光が消えていて、今日は月も出ていない。
そんな中でも彼女はとてもキラキラしていて、誕生日に会いにきてよかったと心から思った。
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