第18話

 私って意外と繊細なんじゃないかと最近思う。だって小さなことで結構落ち込んだりするし、世界の終わりだとか思ったりもするし。


 もしかすると可憐さとか儚さとか、そういうものからくる魅力が私にはあるのかもしれない。


 これからはそっち方面から攻めてみるか。そうすればモテモテになるのではないか。


「小日向」


 先生に呼ばれて、教壇に向かう。

 くだらないことをあれこれ考えていたのは、現実逃避をするために他ならない。今のところ全教科赤点は取っていないものの、これが赤点なら全てが台無しである。


 これが最後なのだ。

 お願いだから赤点じゃなくていい点であってくれよ。

 私は先生から返却されたテストを見ようとしたが、見ることができなかった。


 この紙に夏休みを握られている。そう思うと恐ろしくて見られそうになかった。多分大丈夫。きっと大丈夫。


 だって、あれから何度も国光に勉強教えてもらったし。

 でも、うーん。

 うぐぐ。


「小日向。テストどうだった?」


 私の席の近くまでやってきた国光が聞いてくる。

 国光と私の席は席替えによって離れ離れになったが、国光はこうして頻繁に私に話しかけにくる。


 同じ教室の中にいるのだから、席がどれだけかけ離れていようと問題にはならないのだろう。

 とはいえ、授業中に後ろからちょっかいをかけられなくなったのは残念だ。


「ま、まだ見れてない。これが赤点だったら私の夏休みが……」

「大丈夫だよ。小日向、勉強頑張ってたし。もし赤点だったら、私が責任とってあげる」

「責任って?」

「んー。何か奢るよ」

「じゃ、じゃあ見るよ」

「うん」

「見るからね!」

「……うん」

「ほんとに見ちゃうよ!」

「さっさと見なよ。ていうか、もう私が見るから」

「ああっ!」


 国光に用紙を奪われる。奪い返そうとするけれど、頭を押さえられたらもうどうしようもない。


 人の点数を勝手に見るんじゃない。

 私はバタバタ暴れてみたけれど、国光に力で敵うはずもなかった。


「……あー、これは」

「え、何? 赤点? ほんとに?」

「はぁ、これは……駄目だね。返すよ」


 国光は残念そうに言って、用紙を私に返してくる。

 これで私の夏休みは勉強という巨悪に食われることになってしまうのか。でも国光が何か奢ってくれるなら、少しは傷が癒えるかも——

 そう思いながらテストを見てみると、80点だった。


「は?」

「あはは、引っかかった」

「は、はあぁ!? 何そのつまんないおふざけ! 私がどんな思いで——」

「おーい、皆座れ! テストの解説始めるぞ!」

「だってさ。じゃ、小日向。また後でね」

「国光!」


 彼女は私の頭をぽんぽんしてから、自分の席に戻っていく。

 こ、この女。

 私をからかうだけからかって去っていくとか、ほんとに。


 許さん。今日という今日は本当に許さない。明日まで絶対口を利かないと今決めた。少しはこれで私の痛みを知るがいい。





「わあっ、可愛い!」


 放課後。私は国光と一緒に文房具屋に遊びにきていた。こんなに文房具がたくさん置かれている店に来るのは初めてかもしれない。


 本屋には置いていないような色んなペンとかノートとかの類が置かれていて、見ていて飽きないと思う。


 私の好きなキラキラしたペンも置いてあるけれど、流石にこの歳で使うには子供っぽすぎる気がする。

 でも、見ている分には楽しい。流石国光だ。


「見てこれ。すごいラメついてる。小学生が好きそう。あ、ノートもある。キラキラしたノートって、どこに需要があるんだろうね。誰か買うのかなぁ」

「……ふふ」

「国光?」

「機嫌、直ったみたいだね」

「……あ」


 結局ここに来るまで国光とは一言も喋らなかったけれど、彼女はそれを全く気にしていなかった。


 放課後に遊ぶのは当たり前、みたいな顔して私をここまで引っ張ってくるし。強引だけど、その強引さに慣れてきている私もいて。


 友達だった頃とは違う偽の恋人としての距離感が、今の私たちの自然になっている。


「本当にキラキラしたものが好きなんだね」

「……まあ、ね。子供っぽいって思うでしょ」

「別に、思わないよ。好きなら好きでいいと思うし。……他に、皆には言ってないけど好きなものってあるの?」

「……可愛いもの」

「ふーん、そっか」


 彼女は聞いてきた割には興味なさそうに言う。

 でもその反応が、私にはありがたかった。私は何かと子供扱いされることが多い。


 そんな私がキラキラしたものとか可愛いものが好きなんて言ったら、余計に子供扱いされて馬鹿にされるに違いない。


 子供扱いされるのはもう慣れているからいいっちゃいいけど、好きなものを馬鹿にされるのは嫌だ。


 いくつになっても好きなものは好きなのだ。

 仕方ないじゃないか。


 私も国光くらい堂々としていれば、キラキラしたものが好きです、と言っても誰にも馬鹿にされないかもだけど。

 舐められてるしなぁ、私。

 ……はぁ。


「じゃあ、この中で一番好みだなーってやつは?」

「んー……」


 正直に言えば、キラキラした飾りがついているシャーペンが一番好みだ。でも自分が使うことを考えると、うーんって感じ。

 私は色々考えた後に、ピンク色のちょっと可愛いシャーペンを指差した。


「これ? あんまりキラキラしてなくない?」

「キラキラしてると使いづらいし」

「使いづらいとかそういうのじゃなくてさ。私は小日向の一番好きなのが知りたいの」

「何それ」

「いいでしょ、恋人なんだし。私は秘密の場所も好きなものも色々教えたじゃん。小日向も、ちゃんと教えてよ」

「む」


 国光は絵本を読むのが好きで、勉強をするのも好きで、コーヒーは酸味が強いのが好き。


 思えばそういう国光の好きを、私はこの二ヶ月で色々と教えられた。

 私も同じくらい好きを教えてきたけれど、もうちょっと詳しく教えてもいいのかな、と思う。


 どんなキラキラが好きで、私にとっての可愛いがどんなものか、とか。

 私は少し迷ってから、飾りのついた白いシャーペンを指差した。


「……これが、一番キラキラしてて、好き」

「そっか。じゃあ、一番可愛いと思うやつは?」

「えっと……」


 私は淡いピンクのノートを指差す。正直、高校生が使うには可愛すぎると思う。でも国光は何も気にしていないのか、ノートとシャーペンを平然とカゴに入れた。


「国光?」

「これ、買うから」

「買っても私、使わないよ?」

「小日向にあげるなんて言ってない。これ、二つとも私が使うから」

「えっ」


 国光が、これを?

 いやいや、可愛すぎるでしょ。

 絶対友達とかから突っ込まれると思う。


「やめといた方がいいと思うけど……。恥ずかしい思いするの、国光だよ?」

「でも、小日向は好きなんだよね?」

「そうだけど」

「なら問題なし。使うよ」

「えぇー……」


 国光はいくつか他にもノートやシャーペンをカゴに入れてから、会計を済ませていく。


 その後も少し文房具を見た後、私たちは店を後にした。

 国光は店先で、小さな紙袋を私に渡してくる。


「えっと?」

「これ、小日向の分ね」


 紙袋の中を覗くと、深い青色のノートと、同じ色のシャーペンが入っていた。私が使っても恥ずかしくない色だけど、でも。


「私はこれ使うから、小日向はそれ使って」

「いいけど……」


 いきなりのプレゼントだ。そんなに高いものじゃないから受け取りやすいと言えばそうなんだけど。

 うーん?


「これが、国光の好きなものなの?」

「うん? んー、まあ、うん。そういうことにしといて」


 そういうことにしといて?

 自分で買ったものなのに、好きってわけではないのか。


 好きじゃないノートとシャーペンを渡されて、私はどうすればいいのか。まあ、別に、使えない色じゃないからいいか。


「小日向は今後、授業終わりに私に授業の内容を聞きにくること」

「なんで?」

「そうすれば、このシャーペンとノート見られるでしょ。好きなものが毎日見られるのって、幸せじゃん?」

「それは、そうかもだけど」


 授業の内容を聞きにいくってことは、勉強に付き合わされるってことなのでは。

 好きなシャーペンとノートを見られるのはいいけど、勉強はちょっと。


「見栄っ張りの小日向のために、私が使うんだから。交換条件ってことで」


 いつの間にか国光のペースに乗せられている。

 好きなものと使いたいものは別だから、キラキラしたものが使えなくてもいい。私はそう思ってきた。


 でも、使いたいと思う気持ちが全くないわけでもなくて。

 見栄とか意地とかそういうののせいで、できなかったことや叶わなかったことは私にはいくつもある。


 全部私の選択だから、後悔はしないけど。

 でも国光は私の代わりに、私が本当に望んでいることを叶えようとしてくれているのだろう。


 そういうところは優しいと思う。

 どんなことだって楽しそうに、堂々とできてしまう国光は、やっぱり私とは違う世界の人間で。

 それでも、大事な友達だ。


「国光、ありがと。国光のそういうところ——」

「お礼なんて言わなくていいよ。赤点回避したお礼、今後してもらうつもりだから」

「え゛」


 何それ、聞いてない。


「当たり前でしょ? 私の時間、たくさん小日向にあげたんだから」


 それはそうだけど。

 教えてくださいと頼んだ覚えはない。

 押し売りで法外な値段をふっかけられた気分だ。


「何してもらおうかなー。楽しみ」


 私は全然楽しみじゃないです。

 頬が引き攣るのを感じながら、私はため息をついた。

 やっぱり国光のこと、好きじゃないかもしれない。

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