第5話 ストレス

顔の熱が引き始めた頃、コンコンと扉をノックされた。

「失礼するよ」

そう言って入ってきたのは20代後半くらいの男性で、髪型は綺麗なセンター分け。白衣をピッチリと着こなし、白衣の下にはアイロンを掛けた直後の様なパリッとしたワイシャツを身にまとい、高級そうなネクタイを綺麗に身に付けた、いかにもお医者様の様な人が来た。お医者様といっても新米なのだろうかと思うくらい若くてイケメンな人だ。

隣にはさっきまでここにいた彼女がいるが、その横に看護服ナース服を着た女性が並んでいる。


「自分の事が分かるかい?」


男性は聞き取りやすい声で開口一番そう聞くと首にかけていた聴診器ちょうしんきを耳に掛け、ベットの横にあった椅子に座った。そのまま服の上から胸の上…その周りを聴診する。

俺は首を縦に振ると、それを疑問に思ったのかお医者様らしき男性は服の上から聴診していた手を止め、不思議そうに俺の顔を見つめた。

聴診器を耳から外し、元にあった首に掛けると失礼するよ。と一言入れ、口と首辺りを両手で触診しょくしんする。

首の真ん中、喉仏の少し下辺りを触れられると、痛みが走った。

「……っ!」

痛みを我慢できず思わず顔を歪めると、それを見た男性は少し考え込んだ。

ふむ…となにやら考え込んでいたが、後ろにいる看護師さんに照らして。と一言言うと後ろにいた長い黒髪をひとつにまとめた女性が小さくはい。と返事をする。ナース服の胸ポケットに入れていたペン型のライトを取り出し、男性の反対側に立ち俺と同じ目線の位置に座ると、

「口の中これで照らすので、口開けれますか?」

優しい口調でにっこりと笑いペン型のライトをチカチカさせる看護師さん。

言われた通りに口を開けるが、通常の2分の1ほどしか開かず、無理やり開けようとすると、口角こうかくに激痛が走る。

その様子を見た男性は眉をひそめると、俺のあごをクイッと持ち上げそれに合わせて看護師さんはライトの位置を調整した。

数十秒じっくり口の中を見た男性は顎から手を離し、ありがとう。もう大丈夫だよ。とにっこりと笑って言った。おそらく俺に不安を与えないように笑ったのだろうが、その笑った顔は男の俺ですらかっこいいと思ってしまうのだからイケメンは羨ましい。

椅子に座り直した男性は咳払いをすると、


「声帯…口の奥、声を出すところだね。その声帯の少し手前の喉頭蓋軟骨こうとうがいなんこつっていう骨の周りの筋肉がかなり腫れ上がってるね。1週間は声が出にくいと思うから、あまり喋らずに安静にしてね」

よく分からなかったが、喉頭蓋軟骨こうとうがいなんこつという骨の周りの筋肉が腫れていてそれのせいで今まで声が出なかったらしい。触診と口の中を見るだけでここまで分かるとは…さすがお医者様だ。

「これはそこまで発症率は低くなくて、よく見られる症状なんだけど…患者さんの多くは赤ちゃんかご高齢の方が多いんだ。比較的若く見ても30代の方で…10代でこれを発症するとなると…原因は…かな?なにか心当たりはあるかい?」


【ストレス】


男性の口からこの言葉を聞くと、脳裏にの顔と声が浮かび上がる。


『ふざけてないで早く勉強しなさい!』

『勉強するふりやめてくれない?』

『友達?友達と遊んで何になるの?』

『はぁ…あんたなんかを―』


「ゔっ…!」

急激な吐き気に襲われ、胃液が逆流し、口いっぱいに吐瀉物としゃぶつが溜まる。あと一歩という所で口を手で抑え、零れることは無かった。

「…っ!?袋!」

手で口を抑えた事で察したのか、男性はベットの反対側にいた看護師に素早く呼びかけ、指示を受けた看護師はポケットの中から携帯用のエチケット袋を取り出し、指で袋の口の部分を摘むと、俺の口の前で素早く広げた。

広げられた袋を見ると、我慢できなくなり、口の中に溜めていたものを全て吐き出した。

「ゔっ…ゔぁ…」


「「!?」」

「これは…」

この場にいた全員が驚愕し、硬直した。吐き出された吐瀉物としゃぶつの半分以上は

自分の吐いたものに血が混じっているとは全く思わず、血の混じった吐瀉物としゃぶつを見ると気分は一気に悪くなり、気絶するような形で何度目か分からない意識を失った。





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