帰りたくないと言ったらお嬢様に拾われた

猫の茶屋

第1話 帰らなきゃ

(帰らなきゃ…)

意識が朦朧もうろうとする中、立ち上がって足を動かそうとする。しかし、足を動かそうとするが足に力が入らず、ピクリとも動かない。

(早く……家に…帰らなきゃ…)

それでも必死に体を動かし、立ち上がろうとする。

(怒られる…)

少しだけ足に力を入れることができ、膝立ちの状態まで起き上がることができた。だが…


『何やってるの!』


(……ッ!?)

誰かが…母親が怒鳴どなる声が脳裏に響きわたる。その瞬間足の力が一気に抜け、べしゃりという音と共に膝から崩れ落ちた。


『何でこんな簡単な問題が解けないの!』

『何なの!?この点数は!』

『ねぇ…わざと間違ってるの?』


脳裏に嫌という程聞いた母親の怒鳴り声。嫌という程見てきた母親の落胆らくたんする様子が鮮明に思い浮かぶ。投げかけられる言葉は決して優しいものではなく、厳しい言葉ばかり。

この16年…母親は俺に対して何回笑っただろうか。いや、


(…………)

動かなくなった足をもう一度動かそうとするが、やはり動かずなまりのように重い。

こんな姿を母親が見たらどう思うだろうか?心配してくれるだろうか?大丈夫?って駆け寄ってくれるだろうか?


『何やってるの!早く勉強しなさい!』


行き着いた答えに苦笑する。

「…ははっ……帰りたくねぇな…」

独り言のように小さくこぼした言葉は誰にも聞こえない


「そんなに帰りたくないのなら、私の家に来ませんか?」


「……?」

横から不意に声が聞こえ顔を向けようと首を動かそうとするが、動かない。

足だけじゃなくて首も動かないのか…そんな事を考えていたら甘い匂いが鼻腔びこうをくすぐった。

香水の香りだろうか?鼻にツンと来るような刺激的な匂いではなく、嗅いでいてリラックスできるというか…嫌いな匂いではなかった。


「大丈夫?」


真上から声が聞こえ閉じていたまぶたを開く。

目の前には長い黒髪がカーテンの様に広がっていて整った顔と2つの大きな膨らみがあった。

「……誰…?」

そう一言呟くと彼女は驚いた様に目を見開いてくすりと笑った。


「私は―」


彼女の言葉を聞く前に目の前が真っ黒になり、意識を失った。


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