第18話 演劇
演劇の内容は、エルフの女性ルジェを主人公とした、人間の男性との恋物語。
エルフは寿命が二百年程度である一方、人族の寿命は長くても百年程度。その寿命差による悲劇はしばしば物語にされることで、新鮮味はないけれど、定番故の面白さもある。……と、私は思っていた。
序盤では、青年期のルジェと人間の男性ディンが恋に落ち、結ばれる。それからディンが寿命をまっとうするまでを描く。
ここまでは、よくある話。大抵の場合、生き残った方が、『今まで育んだ愛を胸にこれからも生きていく』と誓うような場面で終わる。
しかし、この劇はそれ以降がメインであり、生き残ったルジェの残りの半生が描かれた。
失った最愛の人を思い、ひっそりと過ごす数年間。子供や孫などもいるので孤独で寂しい余生ではないが、どこか虚しさを抱えている。
そんなある日、ルジェはとある少年ライと出会う。ライは親を失った孤児で、ある町の片隅でひっそりと暮らしていた。
行く当てもなく、明日をも知れぬ生活をしいられているライを哀れに思い、ルジェはその少年を養うことにして、自分の家に住まわせた。
ライは成長し、やがて二十歳の青年へ。
そこで、ライはルジェに愛を告白。ライはルジェとの暮らしの中で、ルジェに当然のごとく恋をしていた。
なお、エルフは歳の取り方が遅いので、百歳を越えても三十前後の容姿を保っている。見た目が明確に老いるのは、百七十歳くらいからだと言われている。
さて、ルジェは、「忘れられない人がいるから」と、ライ青年の想いを拒絶しようとする。
しかし、ライ青年は諦めず、「愛してもらえなくても良いから、生涯を共に過ごしたい」と申し出る。
ルジェは迷いつつも、放っておけばいずれ諦めるだろうと思い、好きにさせる。
ルジェの予想とは裏腹に、ライはずっとルジェのことを想い続ける。
二人が結ばれることはないまま、十年の月日が流れた。ライももう三十歳を迎えており、分別のない子供でも、盲目的に恋をする年頃でもなくなっていた。
ルジェは、ライに別の女性を愛せと言う。
ライは、ルジェ以外を愛することはないと反発。
二人の気持ちは、相変わらずすれ違う。
ただ、このとき既に、ルジェの気持ちはかなり揺れ動いていた。
ライが相変わらず「ずっとあなたの傍にいる」と誓ったところで、ルジェはライを責める。
「ライは酷い男に育ってしまった。……どうして私を、一人の男性を愛し続けた崇高な妻として生きさせてくれないの?」
ルジェの気持ちが揺れているのを知ってか知らずでか、ライは言う。
「あなたは崇高な存在などではない。亡き夫への思慕だけを胸に生きてきたわけではないことを、僕は知っている。
あなたはずっと、亡き夫を憎みさえしていた。どうして自分一人を残して死んでしまったのかと。どうしてお前はこれからも生きろなどと残酷なことを言ったのかと。
あなたの気持ちがわかるとは、僕は言えない。しかし、あなたの苦しみは、僕が一番近くで見てきた。
僕と共に、復讐をしよう。
お前のような酷い男のことなど、いつまでも覚えてなどいられないと、亡き夫をあざ笑ってやろう。
崇高な妻などやめて。
僕と共に、ただの人になろう。
愛する者が傍にいてくれなければ生きていけない、浅ましく愚かな、ただの人に」
ライは少し強引にルジェを奪おうとして、ルジェはそれを拒むことができなかった。
そして、ルジェはただの人に堕ちた。
だけど、二人は色々な葛藤と抱えながら、残りの人生を面白おかしく過ごす。
まるで、亡き夫に、お前といたときより今の方がよほど楽しい、と見せつけんばかりに。
そんな人生を四十年ほど送った後、ライはとルジェは同じ日に亡くなる。正確には、ライが先に亡くなり、ルジェが後を追って自害した。
「最愛の人を二人も失って生きていられるほど、私は強くも気高くもない。私は、浅はかで愚かしい、ただの人なのだから」
ルジェはその台詞を最後に、自分の心臓にナイフを突き立てた。
舞台が暗転し、幕が下りる。客席の照明が戻り、意識が現実に引き戻される。
なかなかに壮大なお話で、何か大仕事をなした後のように、大きく息を吐いてしまう。
演劇に誘ってきたのはルクだけれど、私とエリズの関係にも当てはまる部分があり、色々と考えさせられてしまった。
エリズの寿命が千年ほどだとするのなら、当然、私が先に死んでしまう。
私が死んでしまったら、エリズはその後にどうやって生きていくのだろう? また、誰か別の人を愛して生きていくのだろうか? まさか……私の後を追って死ぬだなんて、言い出さないよね?
それは、正直言って嫌だ。私の勝手な願いと知りながらも、私が死んだ後にもエリズには生きていてほしい。
エリズとは、ちゃんと将来のことを話さないといけないのだろう。
まぁ、それはさておき。
「……エリズ、そんなに泣かなくてもいいじゃない」
途中から気づいてはいた。エリズはルジェに感情移入しすぎたのか、劇の間しばしば泣いていた。そして、終わった今も泣いている。
「……とても切なく、だけど温かく、美しいお話でした」
「……そ。満足できた?」
「……はい。面白いという言葉で表現して良いのかは迷いますが、観ることができて良かったです」
「ん。余韻に浸っているところ悪いけど、ずっと居座っているわけにもいかないんだよね。動ける?」
「……はい」
エリズの手を取って立ち上がる。はらはらと涙を流し続けるエリズの横顔が、心をつんざくほどに綺麗だった。
「……ほほぅ」
先に動き出していたルクが、私たちの方を見て感心したような声を出した。
「……何か?」
「いえいえ。……お揃いの素敵な指輪だなって思っただけですよ」
「……あ」
劇の最中は手袋を外していて、まだそのままにしていた。私の左手薬指に、エリズと同じ指輪がはめられているのを、ルクに見られてしまったわけだ。
これは単なる魔法具で、外せないからそのままにしているだけ……。
そのはずなのに、気恥ずかしくて顔が熱くなる。
「あ、これは……その……」
「良いではありませんか。ただまぁ、ヴィーシャさんって本当に素直じゃないんだなぁ、と思うだけですよ?」
「や、だから……」
「下手な言い訳は、余計に気恥ずかしさを加速させるだけです」
ルクはふふと軽やかに笑って、ローナと共に歩いていく。
……余計な言い訳はすまい。好きなように思ってくれればいい。
改めて手袋をはめ、エリズと手を繋ぎなおしてから、私たちもその場を後にした。
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