第12話 コッテリしてアッサリした料理 【前編】

 金髪の凛々しい騎士団長がやってきた。

 端正な顔立ちで随分と若い男である。


 名をタウザーという。


 王城では凄腕で有名な聖騎士らしい。

 背中には大剣を背負う。


「この店が黒豹の一味を匿っていると聞いて来たのだ」


 黒豹とは盗賊ギルドの名前。

 黒豹人のニャギエラがギルド長を務めるギルドのことだ。


「ニャギエラはここの常連さ。匿うなんてことはしてないがね」


「そうですよ。稲児さんは王国の料理人なのですから」


「ふん! 彼女には色々な容疑がかかっているからな。少し店内で待たせていただく」


 なんだか、この男は厄介そうだな。


 俺はグラに耳打ちした。


「裏で働いているガオンに頼んでくれ。彼にニャギエラが店に入らないように足止めをしてもらうんだ」

「了解したのじゃ」


 タウザーはハッとする。


「アミスさん!? こんな所にいたのですか! 護衛の任務、とは聞いていたのですが、あなたがこんな場所で働いているとは知りませんでした」


「私はここで稲児さんと暮らしているのです」


「く、暮らしているですって!? こ、こんなおっさんと一つ屋根の下で!?」


 おっさんで悪かったな。


「い、稲児さんはあなたが思うような人ではありません! とてつもなく素晴らしい料理人です! 失礼は控えてください!」


「黙っていられません! あ、あなたは独身の女性ではありませんか! そ、それが、こんなおっさんと?」


 やれやれ。


「君が俺にどういう印象を抱いているかはわからんが、俺はやましいことはしていないから安心してくれ。それに、彼女は俺の護衛をしながら、ここでウエイトレスとして働いてくれているだけさ」


「だったら、ますますわかりません! 彼女は剣士ですよ! それがウエイトレスだって!?」


「ああ、それは彼女がだな……」


「あんたは、とんでもない料理人だな」


「え?」


「リザナ女王の権威を使ってアミスさんを働かすなんてな」


「いやいや。待てよ。話しを聞けって」

「そうですよ! 店の手伝いは私が自分で名乗り出てやっているんですからぁ! 稲児さんには美味しいお米の料理をですねぇ──」


「いいえ。大丈夫。安心してください。あなたがこの男に言わされているのはよくわかります」


 いや、全然わかってないな。


「僕はダリシャス王国の治安を任されているのです。この店は治安を著しく損ねる。国防会議で議論を提唱して取り潰す方向で話しを進めましょう」


「何!?」

「そ、そんなことやめてください!」


「いいえ。あなたを魔の手から救うのも僕の務めなのです」


「あなたは勘違いをしています! 稲児さんは素晴らしい料理人です! 料理を食べればわかるはずです!!」


「ふん! たしか、コメとか言いましたか? そんな料理をどうして僕が食べなければならないのです。料理など王都のレストランで十分。私は五つ星のレストランを数多く知っていますよ。よければ貴女もご一緒にどうです?」


「結構です。稲児さんの料理は星100個でも足りませんから」


「……えらく庇うではありませんか」


「当然です。私は稲児さんの護衛ができることを誇りに思っているのですから


「し、信じられない! あなたほどの女性がどうしてこんな男を庇うのですか?」


「稲児さんが凄い人だからです!」


「あなただって……。王城では人気者だ」


「わ、私はそういうのは興味がありません!」


 そういえば、以前に少し聞いたことがあるな。

 アミスは数多の貴族から求婚を受けているらしい。

 彼女の美貌なら城内の人気も相当なのだろう。

 このタウザーも彼女にご執心のようだしな。


「ではこうしよう。店主よ。アミスさんの言葉に免じてチャンスをやろう。僕の要求する料理が作れたら、この店を潰すのは考えてやっても良い」


 やれやれ。

 面倒なことになったな。

 女王に頼めば、こんな男の戯言はスルー案件なのかもしれない。

 しかし、こんな事件で女王の手を煩わすのも癪だしな。


「いいだろう。その勝負乗ってやる」

「い、稲児さん!?」

「ここは俺に任せてくれ」


「ハハハ! 随分と自信があるんだな!」


「米の料理じゃ負けないさ」


「よし。では、こうしよう。店主が勝ったら、この店の営業は認めてやる。しかし、僕が勝ったら、この店は潰す。加えて、アミスさんを僕の部下として貰うことにする」


「なんだと!?」


 流石にその条件はないな。

 俺の責任ならば問題ないが、彼女を巻き込む訳には──


「構いません!」


「え? アミス?」


「言わせてください。稲児さん」


「しかし、君は関係ないぞ?」


「いいえ。これは私の戦いでもあるんです!」


 そうなのか?


「私は稲児さんを信じています! 稲児さんは絶対に負けません!」


「ははは! これはいい! 言いましたね?」


「ええ! この剣に賭けましょう!」


「よろしい! では……僕も」


 そう言って、背中に背負った剣を取り出す。


「この大剣に賭けます」


 これは儀式のようなものか。

 互いに嘘のない勝負。

 真剣勝負とはこのことだな。


「それで、どんな料理を作ればいいんだ?」


「フフフ……。そうですね。それじゃあ、コッテリとしていて……。アッサリとした料理を作ってもらいましょうか」


 ほぉ。


「な、な、なんですかそれは!? そんなの存在するはずがありませんよ!!」


「アーーーーハッハッハッ! 勝負は始まりましたからね! もうやめることはできませんよ!!」


「ひ、卑怯です! 作れもしない料理を提示するなんて! 恥を知りなさい! あなたはそれでも剣士ですか!?」


「いいえ。これはれっきとした駆け引きです。正当な勝負なのですよ!」


「し、しかし! コッテリとアッサリは相反するモノ! 例えるなら冷たい炎魔法と同じことでしょう! 誰も作ることができない料理を提示するなんて、正当性が見当たりません!」


「愚かなのはそちらです。条件も聞かずに勝負を受けたのですからね。ククク。笑いが止まりませんね。もう、僕の勝ちは確定しているのですから」


「そ、そんなぁ……」


「さぁ、店主。もう土下座をしても許しませんよ。僕たちは剣に誓ったのですからね。約束を破ることは死を意味する」


 なるほど。

 あの誓いはそんな意味があったのか。


「アミスさんには騎士団の寄宿舎に住んでいただきましょうか。僕の部屋の隣りが良いですね。ふふふ」


「あわわわわ……」


「それから、この店は明日には潰します。店主は荷物をまとめて引っ越す準備をしなさい。ククク」


 やれやれ。


「おい。まだ。俺の料理は食べてないじゃないか」


「何!? そんな物。食べるまでもないだろう!」


「おいおい。これは勝負なんだろ?」


「は、ははは。気でも狂ったのか? コッテリとしていてアッサリとした料理なんてあるはずはないんだ!」


「……作ってみなけりゃわからないよな?」


「な、何ぃいいいい!?」


 俺は厨房に入った。


「は、ははは! だったら足掻いてみるがいいさ! 食べてやる! どうせ碌でもない料理に決まっているんだからな!」


「そんなのは食べてみなけりゃわからんさ」


 俺はベーコンブロックを薄く切り始めた。


「い、稲児さん!? そ、それはベーコンですよね? そ、それって凄まじく脂が乗っていてコッテリしていると思うのですがぁああ?」


「ギャハハハハ! なんだよ! 驚かせやがって! ハッタリかよ!! もういい店主、負けを認めろって! 今なら傷は浅くて済むぞ!」


「…………」


「おいおい! 次はバターを皿に塗っているのか!? ヒィーー! 笑いが止まらん!! それでアッサリした料理が作れるのかよーー!! ギャハハハーー!!」




────


次回予告。


こんにちはアミスです。


王都のタウザー騎士団長はとんでもない勝負を仕掛けて来ました。

コッテリしてアッサリとした料理を作れと言うんです。

そんな料理が存在すると思いますか?


ああ、どうしよう!


軽々しく勝負を受けてしまいました。

完全に私の責任です。

ごめんなさい稲児さん!


「信じるって、言ってくれたろ」



次回。

異世界米料理。


コッテリしてアッサリした料理 【後編】


お楽しみに!

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