第11話 恋のドリア

 米食べ亭の営業は順調だった。

 各国から噂を聞きつけて、客が来てくれるようになった。


 そんなある日。


 1人の男が寿司を5人前も平らげた。

 随分と気に入ってくれたもんだ。

 うちのメニューでも高価な料理だから、結構儲かるんだよな。


 清算はウエイトレスのアミスが行う。


「銀貨5枚になります」


 すると、男は走り出した。


「え? ちょ、お客様?」


 男は遠くまで走るとこう言った。


「へへへーー! 美味かったぜぇええ! あばよーー!!」


 そうか。

 この世界にも食い逃げはいるんだ。


「なんじゃアミス! あの男は金も払わずに逃げおったぞ!」


「わ、私、捕まえてきます!」


 やれやれ。

 もう100メートル以上も離れている。

 とてもアミスでは追いつけないだろう。


「いや。もういいよ。どうせ、あの男はこの店には2度と来ないだろうしな。食い逃げも必要経費さ」


「す、すいません! 稲児さん……」


「気にしないでくれ」


 男は脚に自信があるようだ。


「ぎゃははは! 追って来ねぇえのかよーー! オイラは捕まんねぇけどなーー! ぎゃはははーー!」


 やれやれ。

 太刀の悪い。


「今度会ったらぶった斬るわよ!!」

「我の爪の餌食にしてくれよう!!」


「ギャハハハーー! 女がオイラに敵うかよーー! バーーカ!! ギャハハハーー!!」


 やれやれだな。


「ぐぅうう! ご主人! あいつの寿司に毒を盛れば良かったのじゃ!」


「ははは。まぁそういうなよ。あんな奴でも米の料理を褒めてくれたんだからな」


 不味いと言われなかっただけで良しとしよう。


 しばらくするとニャギエラがやって来た。

 片手に男を引きずって。


「え? ニャ、ニャギエラさん!? その男は……さっきの食い逃げじゃないですか!」


「ああ。遠巻きにこいつがあんたらをバカにしている声が聞こえたからさ。とっ捕まえてボコってやった」


 男は顔がボコボコに腫れ上がっていた。

 涙を流して謝罪する。


「しゅ……しゅみましぇんれしたぁ……」


「米食べ亭はあたいの御用達なんだ。失礼なことをしたらただじゃおかないよ」


「はい……。しゅびばしぇん」


「旦那。こいつが食べた寿司代はいくらなんだい?」


「銀貨5枚だな」


「じゃあ10枚出しな」


「ええ!? 姐さん。それはねぇですよ。オイラが食べた分の倍じゃねぇですかい!」


 確かに、ちょっとかわいそうだ。


「俺は銀貨5枚で十分だぞ?」


「残りの5枚はあたいの手間賃さ。あんたを殴って手が痛いからね」


 ははは。ちゃっかりしてるな。

 

 男は銀貨10枚を払って店を出る。


「ちゃんと金を払うならまた来てくれよ」


「……ちぇ! まぁいっか。美味かったし。また行きたいと思ってたからな」


「次は正規の値段でいいからな」


「ははは。倍は勘弁してくれよ」


 そう言って帰っていった。

 

 ニャギエラはソワソワする。

 店を見渡してキョロキョロ。


 まぁ彼女のお目当ては米料理だけではないからな。


「ガオンなら裏で米の収穫さ」


「へ、へぇ。そうなんだ。ま……。あたいはどうでもいいけどね」


 やれやれ。


「丁度いい。みんなで昼飯を食べようか。グラ。ガオンを呼んで来てくれ」


「わかったのじゃ」


 ガオンが店に入るとニャギエラは上機嫌である。

 しかし、言葉はそっけない。


「むさい男は放っておいて、あたいは美味しい米料理を食べようかね」


「おい。むさい男ってのは俺のことか?」


「ははは。旦那。今日はこってりした米料理が食べたいね」


 こってりか……。

 じゃあ、こんなのがいいな。


「お前はいつもこってりした料理ばかり食べてるじゃないか」


「うるさいね。女子はこってりしたのが好きなのさ。さぁ、今日はどんな米料理が食べれるんだろうね。ワクワクするじゃないか!」


 しばらくすると、窯の中からチーズの焼けた良い匂いが店内に充満する。


「おや。珍しいね。ピザでも焼いてんのかい?」


 ふふふ。


 俺は大きな皿を窯から取り出した。


「できた。今日の昼飯はドリアだ」


「「「 ドリア? 」」」


「グラタンのパスタを米にした料理さ」


 具材はチャーハンの時に使った手長エビをたっぷり使った。

 そこに山のキノコがたっぷり入っている。

 

 女子たちは目を輝かせる。


「旦那! 女子の心をわかってるじゃないか!!」

「よ、涎が止まらんのじゃ!!」

「わ、私もです! じゅるり……。これは絶対に美味しいヤツですよね!!」


 女の子はチーズとクリームソースが大好きだからな。


 俺は皿の中のドリアを切り分ける。

 ナイフを入れるとフワァっと中から白い湯気が立ち込める。


「うわぁ! これはお米の匂いですね! そこにトロトロのチーズが絡んでますよ!」


「モキュキュゥウ! エビの匂いもするのじゃああ!」


「バターとキノコの匂いもするね! 旦那ぁ! わかってるじゃないか!!」


 ふふふ。

 こう喜ばれると笑みが溢れてしまうな。


 俺は小皿に分けた。


「さぁ、食べよう」


「「「 いただきまーーーーす! 」」」


 店内に女子たちのフーフーという声が響き渡る。

 口に入れた瞬間。

 大歓声。


「「「 美味しいーーーー!! 」」」


「チーズがトロットロなのじゃああ!!」

「そこにお米の甘みが絡んできます!! ハフハフ。熱々でおいひい。これ、タマネギも入っているんですね!」


「ああ。ターマさんのを使っているんだ」


 ニャギエラは頬を染める。


「ホワイトソースのこってりとした味とチーズの酸味。ハフハフ……。そこに熱々の米の旨みがマッチしてる。エビはプリップリ! キノコもタマネギも、どれも仲が良いんだね!」


「ああ。家族みたいだろ?」


「うん一家団欒! スプーンが止まらないよ!」


 ガオンはつまらなさそうに食べていた。


「なんだいガオン! あんたの口には合わないのかい? こんなに美味しいってのにさ!」


「……いや。モグモグ。ハフハフ……。相当、美味いぞ」


「だったら、なんだい! つまんなさそうに」


「いや。お前らが絶賛しすぎるから、俺が入っていけないだけだ」


「ははは。女子の気迫に負けてんだね。あんたらしいわ」


「やれやれ。俺はキャピキャピしたのは苦手なだけなんだよ」


「んもう。ほっぺにチーズが付いてるわよ」


 そう言ってハンカチで拭く。


「ん、ああ。すまん」


「まったく……♡」


 俺たちはその姿をニヤニヤしながら見守るのだった。

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