第30話 真の犯行現場


「ぜんぜん進まない…。」


 道路は大渋滞で連なる車列は延々と続いており先が見えず、全く動く気配はなかった。

 前方から白バイの警官が車の間を抜けてゆっくりと走ってくるのが見えた。


「すみません! この先はどうなってるの?」


 白バイ警官はバイクを停めて敬礼した。


「あ、お疲れ様です。ダメです、あちこちで大爆発や襲撃事件が起きていて、高速も一般道も分断されました。なにせ情報が錯綜していて…。」


「国会議事堂は?」


「大型車両が突入して、正体不明の武装集団に襲撃されているとの情報が入りました。ですが、どこかの交番から先に通報が入っていたので初動が早く、機動隊が何とかくいとめています。現在、自衛隊の防衛出動の手続中だそうです。」


「よかったです~。タマっち、あとは自衛隊に任せて帰ろうよ。」


「『ジエータイ』って何ニャ?」


 糸玉巡査が懸命に説明してユキがはてなマークを出している間、タマはハンドルにしがみついて浮かない顔をしていた。


「タマや、どうしたんだい?」


「おばあちゃん、何か引っかかるの。あいつ、自信満々だったのに。こんなに簡単に阻止できるなんて…?」


「タマ、そういう時はね、基本にかえって考えなさい。奴がなんて言っていたか、よく思い出してごらん。」


「たしか…」


 タマは、爆弾魔と会った時の会話を必死で思い出そうとしたが、糸玉巡査が心配し始めた。


「タマっち、あんまりアタマを使うと熱がでるよ?」


「そんなわけないニャ! って…そうなのかニャ? タマちゃん…。」


「寮でもよく熱を出して倒れてたです。それにしてもネコちゃんコスプレの人、リアルです~。猫耳にさわっていいですか?」


 糸玉巡査が後部座席から手を伸ばしてきた。

 

「ダメニャ! さわっていいのはタマちゃんだけニャ!」


 ユキが猫耳をピロピロ動かすと、糸玉巡査はヒエッと小さな悲鳴をあげて手を引っ込めた。


「よ、よくできてるです…。も、もしかして…ホンモノですか!?」


「ホンモノに決まってるニャ!!」


「キャ~!! ワタシ、本物のネコ耳ちゃんに会うのがずっと悲願だったです! お願い、やっぱりさわらせてです!」


 ユキはため息をついた。


「タマちゃん、この小さいケイサツカンを何とかしてほしいニャ。」


「待って! 静かにして! 糸っち、今、悲願…悲願って言ったの!?」


 タマが振り返って詰問したが、その剣幕に糸玉巡査は押されてしまった。


「言ったけど…何か気にさわったですか?」


「違うの。確かあいつ、俺の悲願が成就するって…。」


「それって、タマちゃんの世界をぶっつぶすことじゃないのかニャ?」


「そうだと思ってた。子供のころから疎外され続けて…いじめられ続けてきて社会に恨みを…?」


 タマはハンドルから手を離して腕組みをしてまた考えた。


(すべてが決まるところ? 悲願? あいつと最初に会った場所は…まさか!?)


 いきなり、タマはパトカーのドアを開けて外に飛び出した。


「白バイ隊員さん! 本官を乗せて!」


「え? あ、これ一人乗りなんですよ。」


「今だけ目をつぶって!」


 ユキと糸玉巡査も慌てて車の外に出た。


「タマちゃん! どこに行くニャ!?」


「ユキにゃん! ついてきて! 白バイさん、前に爆破未遂事件があった小学校へ連れて行って!」


「あ! あなたはあの香箱巡査!? わ、わかりました! しっかりつかまって下さい!」


 白バイが爆音を立てて走り出し、ユキは車の列のルーフからルーフへと軽やかに飛び移りながらあとを追った。


「あ…行っちゃった…。さすが猫ちゃんです。すごい身のこなし…。」


 つぶやく糸玉巡査の横に、タミエがのんびりとパトカーから出てきて立った。


「さて、私たちもあとを追いましょうか。」


「歩いてですか…。」




 アミは読んでいた本から顔をあげた。担任の先生が慌てて教室に入ってきたからだった。


「みなさん! 休み時間ですが席についてください!」


 先生は教室を見わたして、全員が着席したのを確認した。


「今日は緊急下校となりました。不審者がたくさん出たそうです。安全のため、保護者に迎えに来てもらいます。」


 男の子が元気よく手をあげた。


「せんせーい! 学校にいたほうがあんぜんだと思いまーす! あちこちで爆発が起きてるってネットに書いてまーす!」


「うちはトモバタラキで迎えにこれませーん!」


 教室は騒然となり、若い先生はオロオロしはじめた。


「あ! 白バイだ! カッコいい!」


 誰かが叫び、教室の児童たちは一斉に窓際にとびついた。


「こら! 席につきなさい!」


「誰かいっしょに乗ってる!」


「ふたりのりしていーの?」


 教室はまた騒然となり、アミも窓から校庭を見た。白バイが朝礼台のそばに停まるのが見えるや否や、アミは教室を飛び出した。


「こら! アミちゃん! 戻りなさい!」


 先生の静止を聞かずに、アミは階段を駆け下りて校庭に飛び出した。



「おねえちゃんおまわりさん!」


 アミは叫びながら大好きな人の胸に飛び込んだ。


「アミちゃん! 久しぶり! 元気だった?」


 タマもアミを固く抱きしめた。


「タマおまわりさん! わたし、毎日コウバンに行ってたんだよ! いつかまた会えると思って…」


 そこまで言うとアミは泣きじゃくった。タマはアミの頭を優しくなでた。


「ゴメンね、心配かけて。帰ってきたからね、大丈夫だよ。」


 ユキも追いついてきて、正門からタマたちの方に走り寄ってきた。


「あニャ! タマちゃんまた誰かと…。まあ、子どもだからいいかニャ。」


「うわあ! ネコのおねえちゃん!? かわいい!」


「てれるニャ~。」


 その様子を微笑ましく見ていた白バイ警官が無線機に手を伸ばした。


「いやあ、何事もなくてよかったです。一応、本部に報告を…」


「すみません、本官の思い過ごしだったみたい…」


 タマがそう言おうとした時、風を切る音がして、警官の肩に矢が突き刺さった。


「あぶニャい!」


 ユキがタマをアミごと押し倒した途端、矢の雨が飛来して次々と今いた地面に突き立った。


 タマの目に、正門から弩を構えた十数名の帝国歩兵が駆け寄ってくるのが見えた。その後ろから、蒸気トラックが一台、ゆっくりと侵入してきた。


 拳銃を抜こうとした白バイ警官の体に更に矢が突き刺さり地面に倒れてしまった。


 タマは頬に生温かさを感じ、手でこすると錆びたようなにおいがして指が赤く染まった。


「ユキにゃん!?」


 ユキの背に深々と矢が突き立っていた。


「タマ…ちゃんは…大丈夫かニャ…?」


「ユキにゃん! しっかりして!」


「タマおねえちゃん、ほけんしつにはやく!」


(猫目石はないし…白バイさんも早く保険医さんに診てもらえたら…でも、動けるのは本官ひとり…アミちゃんも守らないと…)


 停車したトラックから黒ずくめの人物が降り立った。片手をあげて帝国兵士を静止すると、悠々と歩いてきた。


「相変わらず、正義の警官ごっこか。無様だな。己の無力さを痛感したか。」


 あの冷たい笑みを浮かべながら爆弾魔がタマを嘲った。タマはアミとユキを庇いながら言い返した。


「ここが…最初から、この小学校だけが狙いだったんだ! 帝国までだまして、利用して…。」


「よくわかったな。そこは素直にほめてやろう。そうだ。ここが全てが決まったところ…。」


 爆弾魔は校舎を見上げ、両手を広げた。


「俺の通っていた小学校…その後の俺の人生の全てが決まったところだ。ここを破壊するのが俺の悲願。」


「何を言ってるの!? そんなことをして、何かが変わるの!?」


「お前にはわかるまい。ここをこの世から消し去らなければ…俺の中の忌まわしい過去も消えないのだ。」


 爆弾魔は踵をかえすとトラックに歩み寄り、運転席に乗り込んだ。


「そこでよく見ておけ! 俺の悲願が成就する様を!」


 蒸気機関が始動する音が聞こえてきた。


(どうすれば…どうすれば皆と小学校を救えるの…どうすれば…)


 帝国兵に囲まれて、タマは絶望に苛まれながら自問し続けた。

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