第28話 猫さんと虎さんがごっつんこ!?


「タマちゃん! 目をあけてニャ!」


 肉球のある手で激しく揺さぶられ、タマは目をあけた。口や鼻から塩からい水が吹き出し、キラキラが入った。


「うえーっ、ゲホッゲホッ…。」


「タマちゃん!」


 気がついたタマにユキが抱きついた。


「よかったニャ!」


「ありがと、ユキにゃんも無事でよかった!

ところで、ここはどこ?」


「わからないニャ…。」


 二人は白い砂浜の波打ち際にいた。海水は真水のように透明で、あたりには無数のカニやヤドカリがいて不思議そうに二人を見ていた。


「他のみんなは!?」


 ユキは首をふった。タマはヨロヨロと立ち上がった。


「うわあ、服がすぶぬれ…。」


「ボクも…。気持ち悪いニャ~。」


 ユキが頭をブルブルすると水しぶきが盛大に飛び散った。日差しは強烈だったが、さすがにすぐには衣服は乾きそうになかった。


(ケーン! ケーン!)


 いきなり不気味な鳴き声が響き渡り砂埃が舞い上がったかと思ったら、目の前の砂浜の上に巨大な鳥が着地していた。


「うわあ、大きな鳥さん! かわいい! ユキにゃん、このコ、なんていう鳥?」


「…あニャ~、タマちゃん、ゆっくりと後ずさるニャ。ゆっくりニャ…」


「なんで?」


「その鳥の名前は『火吹き鳥』ニャ!」


 鳥のくちばしから火炎がほとばしり、タマの帽子が燃え上がった。


「あ、服が乾くかも…。」


「ダメにゃ! 早く逃げるニャ!」


 タマとユキは砂浜を必死で駆け抜けた。砂浜の先は鬱蒼としたジャングルになっていて、二人は迷わず飛び込んだ。

 密林は深く、植物は何もかもが巨大だった。



「うわあ、いかにも何か出そう…。」


「フラグを立てないでほしいニャ、タマちゃん。」


 苦労しながら進むと、人の声がして慌てて二人は巨大な植物のかげに身をひそめた。


(ユキにゃん、あれは帝国軍の兵隊だよ!)


(ここが虎猫島かニャ!?)


 戦闘の兵士が草を刈り、木を切り倒しながら兵の列が進んでいた。後ろの兵隊は板を並べて次々と臨時の道ができていた。その板の上を蒸気トラックの車列が進んでいた。


 その中の一台の荷台には見慣れた顔の一団が乗っており、全員ぐるぐる巻に縛られて猿ぐつわをされていた。


(あ! みんなつかまってる! ウマイカイさんは…いない?)


(追いかけようニャ!)


 木や草に隠れながらあとをつけると、やがて開けた場所に出て、苔やツタだらけの石造りの建物が現れた。

 建物には大きな開口部があり、ジャングルからはそこへ何列もの帝国軍の車列が続いていた。


(タマちゃん! あそこニャ!)


 茂みに伏せながらユキが指差す方に目を凝らすと、石の建物の横壁に小さい穴が空いていた。二人は回り込むと、壁をよじ登り始めた。

 ユキは爪を立てて、タマはツタを使いながら何とか穴まで登り、中に入った。


(うわ、真っ暗。)


(ボクが前を行くニャ!)


 暗闇でも目が見えるユキが先導して、二人は狭い通路を這い進んだ。


(あニャ、なんかヘンな虫がいっぱいいるニャ。)


(見えなくてよかった…。)


 長い時間をかけてようやく、前方に光が見えてきて、通路はドーム状の広い部屋に出た。穴から出た場所は高く、二階席のようになっていた。

 上から部屋を見渡したタマは目を疑った。


(え!? これって…。)


(タマちゃん、これは何ニャ!?)


(…盆踊り…だよね?)


 部屋には無数の松明が掲げられ明るく、中央には櫓が建てられており上にはハッピを来た兵士がいて太鼓が置かれていた。

 その周りには沢山の提灯がぶら下げられており、浴衣を来た帝国兵がうちわを持って円形に並んでいた。


(『ボンオドリ』って何ニャ?)


 ユキの当然の疑問にタマは説明しようとしたが、声が聞こえてきたので聞き耳をたてた。


「すばらしい! ハープーン国防大臣! 軍事顧問殿! よくここまで準備してくれたな! ご苦労、ご苦労。」


「キーチン陛下、これも帝国のため。そして陛下のため。わたくしめのこの忠誠をどうぞお忘れなく。」


「トラックにはあれを満載しておるな?」


「は、ぬかりなく。」


「我が父の代には失敗したと聞くこの儀式…。私が成就しよう。ついにこの時が来た! 『第三の扉』を開くのだ! 猫目石と虎目石をこれへ!」


 キーチン・カレタンドリ帝王が命じると、軍事顧問が二つの石を取り出した。続いて帝王の号令と共に、盆踊りが始まった。


『ね~こが~で~たで~た~、と~らも~で~た~、あ、ヨイヨイ…』


(ドンドン!)


 櫓の兵が太鼓を叩き、浴衣の兵士が踊りながら回り始めた。

 ユキはその光景を見て楽しげに言った。


(タマちゃん! なんだかボクも踊りたくなってきたニャ!)


(儀式ってこれのことなのかな?)


「やめるんじゃ! キーチン帝王よ! 先代と同じ誤ちを繰り返すのか!」


 カンフェクシャネリ老王の声がして、タマとユキはまた部屋を見渡した。よく見ると隅の方に拘束された一行が転がされていた。


「西の老公か。亡くなった我が父から聞いておるぞ。前回の儀式が失敗した原因は、そなたの妻、タミーのせいだとな。」


「その通りじゃ! 国民のためなどと嘘をつき、我が国から石を手に入れた貴様の父は、石を使い第三の扉を開けて異世界への侵略という愚行を犯そうとした。それを阻止するため、我が妻タミーは…」


「第三の扉が開いた瞬間、隙をついて猫目石を奪い、扉に身を投じた…と聞いておる。おかげで猫目石はこの世界から失われ、第三の扉も消失したとな。」


(そうだったんだ…。タミエおばあちゃん…。タミエおばあちゃんは異世界の人だったんだ…。)


(タマちゃん…。)


「もう許さない!」


 タマは手に警棒と手錠を持つと、下まで続く階段をダッシュで降り始めた。


「タマちゃん!」


 慌ててユキもあとを追った。


「コラーッ! 侵略なんて本官が許さない! 逮捕する!」


 いきなり現れた変な服の人物に帝国王は驚いたが、すぐに冷静に言った。


「は? 侵略? 誰が?」


「とぼけるな! そこの爆弾魔…グンジコモンと共謀罪だ!」


 タマは怒りにまかせて帝国王に突進した。


「ちょっと待て! だから、侵略なんかしないと言うておるだろうが!」


「え? 違うの?」


「余は先代とは違う。異世界は進んだ文明に違いない。ならば医療も発達していよう。余は、異世界の医者に我が王妃の病を治してもらうつもりなのだ。」


 背後から猿ぐつわを取った王子が叫んだ。


「父上! 石の探索はそれが目的だったのですか!? 母上のため、となぜ言ってくれなかったのですか…。」


「そんなこと、照れくさくて言えるか!」


「あニャ? じゃ、トラックに満載の『あれ』って何ニャ?」


「異世界の医者もタダでは診てくれんだろう。だから金銀財宝を積んだのだ。なあ、ハープーン国防大臣、軍事顧問殿?」

 

 タマは背中に冷や汗を感じた。


(帝国の王さまも騙されていたんだ!)


 静かな笑い声が聞こえてきた。爆弾魔の軍事顧問だった。


「ククク…。バレてしまったようですね。恐れながら陛下、トラックには爆弾を満載してございます。」


「な、なんと!? 誠か、国防大臣!」


「はい陛下。その通りです。」


 鼻毛を抜きながら答える大臣に激怒した帝国王は兵士に命令した。


「愚か者め! こやつらを反逆罪で拘束せよ!」


 だが逆に、兵士たちは帝国王に刃を向けて取り囲んだ。


「貴様ら…。余にはむかうのか。」


「むふふ、誰しも失業とは恐ろしいものでしてね、陛下。そこでおとなしく見届けて頂きましょうか。歴史的な偉業、異世界への侵略を。むふふふふ。」


 盆踊りは続き、爆弾魔の手にある二つの石が激しく光を放ち始めた。そして輝きが頂点に達した時、部屋の中央に光り輝く四角い空間が現れた。


「いかん! 第三の扉が開いてしもうたわい!」


「これでいい! 俺の…俺の悲願がこれで成就する! 行くぞ!」


 合図と共に、部屋には次々と爆弾を山積みにした蒸気トラックが入ってきた。爆弾魔の軍事顧問は先頭の車両に乗り込んだ。


「もうこんな石ころに用はない。」


 爆弾魔は石を運転席の窓から投げ捨てると、トラックを発進させて光の空間に突っ込み、そして消えた。


 その後を追い、次々と爆弾や兵士満載のトラックが光の中に消えていった。


 国防大臣派の兵士に囲まれた帝王とタマとユキはなすすべなく、その光景を見つめていた。

 勝ち誇ったかのようにハープーン国防大臣が叫んだ。


「やった! これで軍も帝国も安泰だ! あの男は天才だ!」


「タマちゃん…どうしようニャ!? タマちゃんの世界が危ないニャ!」


「どうしよう…今度ばかりは…どうすれば良いのか本官もわからないよ…。」

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