第11話 胎動する殺意


 サボルカンドの街の中央広場に人だかりができていた。


 街の役人が壇上で咳払いをしてから、手に持った書類を広げて読み上げはじめた。


「うおっほん! これなる野猫族のユキなる者、ボルンヤーナ薬種商会より昨晩、高価な薬品を盗んだ罪により、アダラカブダラ帝国法典に基づき鞭打ち5回の刑とする! 尚、猫はさらに5回が追加されるである。」


 群衆から拍手と歓声があがり、ロープで縛られたユキが壇上に引き出された。


 役人がユキに問いかけた。


「罪状にまちがいはないであるか?」


「ないけど、なんで猫は5回追加ニャ! おかしいニャ!」


「だまらっしゃい! 盗っ人の分際で。これが帝国の法律であ~る。」


「ふん! さっさと鞭打ちでもソバ打ちでもしろニャ!」


 そばには鋭いトゲのあるムチを持った大柄な鞭打ち係の男がニヤつきながら立っていた。


「大の大人でも3回くらいで気を失うぜ。お前、10回ももつかな? ククク。」


「さっさとしろニャ! この変態ニャ!」


 男がトゲ鞭をふり上げた時、誰かが大声をあげた。


「待って!」


「なんだお前は?」


 役人も鞭打ち係も群衆も、タマの紺色の上下の制服と防刃ベスト、丸い制帽の姿を珍しげに見入った。


「タマちゃん!?」


「警察です! その子を離して。それは法ではなくて、ただの暴力だよ。」


「ケイサツ? 貴様、神聖な帝国法典を侮辱するのか! 我が街は法で治安を守り、市民を守っているのであ~る!」


「その子は本官のために薬を盗んでしまったの。情状酌量はないの?」



 固唾をのんで成り行きを見ている群衆の中に、青髪のベーリンダとハムナンがいた。


「あっ! あのヤロウ、あんなとこでなにしてやがんだ。俺が捕まえる前によ。」


「おかしら、どうしやす?」


「いや、これはこれで面白い。高見の見物といこうぜ。」



 タマは前に進み出ると、ユキにささやいた。


「今度は本官がユキにゃんを助けるからね。」


「タマちゃん、なんで来たニャ…。」


 ポロポロと涙を流すユキに、タマは答えた。


「だって誓ったよ?本官はユキにゃんを守るって。」


「タマちゃん…。」


 役人がタマを指差して糾弾した。


「では貴様、どうするのだ。薬の代金を払うのであるか?」


「そんなお金ないよ。だから、本官がユキにゃんの代わりに刑罰を受けるね。」


 タマはそう言うと、防塵ベストを外し、制服の上を脱いでワイシャツ一枚になった。


 群衆がざわめいた。



「あいつマジか? 猫なんかのために。」


「おかしら、あっしは見てられないすよ。もう帰りやしょう。」


「いや待て! もう少し見ていてやろうぜ。」


 青髪の少女は意地悪く言った。


「見てな、ハムナン。あんな風に友だちのためとか綺麗事を言う奴に限ってな、ちょっと痛い目にあうとすぐに本性がでるぜ。」


「おかしら。今のセリフは好感度最悪ですぜ。」


「うるせえよ!!」



 書類をペラペラとめくっていた役人はうなづくと、ユキを解放するように命じた。


「うむ、身代わり規定により、貴様を鞭打ちの刑に処す。来い。」


「タマちゃん! ダメだニャ!」


「大丈夫だよ。」


 タマは鞭打ち係の前に座った。

いきなり、棘の鞭がタマの背中に振り下ろされた。


 タマの背中のシャツが破れ、血が飛び散った。


「…ぜ、ぜんぜん痛くない!」


「あと9回だぜ。」


 再び鞭が容赦なくタマの背中を襲い、十時型に皮膚が裂けた。


 ユキは悲鳴をあげた。


「タマちゃん!」


 タマは力なく微笑みながら言った。


「…こんなの、警察学校の教練に比べればぜんぜん大したことないよ。」


 続けて3回、4回、5回と容赦なく鞭打たれ、タマの体がぐらりと傾いたが、石は光らなかった。



 ベーリンダはその光景を一心不乱に見つめていた。


「おかしら! あいつ、死んじまいやすぜ。おかしら?」


「あのヤロウ…本気なんだな…。」

 

 鞭打ち係は、


「ケッ、しぶとい奴だな。」


 とつぶやくと、6回目を振り下ろそうとしたが、見張りの兵士の制止を振り切りユキがタマに覆い被さった。


 その時突然、二人の体が光に包まれた。


「な、なんだ!?」


 鞭はユキに直撃したが、体には傷一つできなかった。


 焦った鞭打ち係は何度も何度も二人を鞭打ったが、どんなに叩いても同じだった。


 ついには鞭打ち係はその場にへたり込んでしまった。


「以上で…刑の執行を終えるである…。」


 呆然としていた役人が、かすれる声で宣言した。


 ユキはタマを抱きおこし、ゆさぶった。


「タマちゃん!! 目をあけてニャ!」


「…ユキにゃん、大丈夫だよ、ちょい痛いけどね…」


「タマちゃん!」


 ユキが気絶したタマをそっと抱えて壇上から降りると、慌てて老医師が駆け寄った。


 役人も帰ろうとしたが、観衆のひとりが大声を出した。


「まてよ、コラ! 鞭打ち回数を数えてたけどよ、10回くらい多かったぜ!」


 帰りかけていた群衆は何事かと一斉に注目した。


 大声の主は青髪のベーリンダだった。


「おかしら、何を…。」


 役人は開き直った。


「それがどうしたであ~る!」


「どうしたじゃねえだろ! 帝国法典とやらをよく読めよ!」


「な、何?」


「鞭打ち回数を誤った場合は、執行した側がその回数分、鞭打たれんだろ! ちがうか!」


「な、何を馬鹿な…!? …あ、そう書いてあるであ~る…。」


 ベーリンダは群衆をかき分けると壇上に立ち、鞭打ち係から鞭を奪った。


「そこの二人、すわれよ。」


「へ?」


「すわれっつってんだろが!」


 鬼の形相の彼女におそれをなし、役人と鞭打ち係はおとなしく壇上に座った。


「あニャ!? キミはあの時のニャ!?」


 驚くユキに、ベーリンダはウインクして言った。


「おい子猫、しっかり見てな。」


 彼女は役人の背後に立つと、思い切り勢いよく棘ムチを振り下ろした。


 役人も鞭打ち係も、3回ももたなかった。



「あいたたたた、あいたたた…。」


 宿の一室。

 ベッドの上にはうつ伏せのタマ。

 背中一面には膏薬が貼られていた。


「タマちゃん、本当にゴメンニャ…。ボクのせいでニャ…。」


「気にしないで。結果オーライ! でもないか、あいたたた…。」


 部屋が狭く感じるのは、そばの椅子にベーリンダとハムナンが座っていたからだった。


「てめえ、本当に無茶しやがるな。下手すりゃ死ぬとこだったぜ。ま、仇はとってやったけどよ。」


「友だちのためだもん。無茶じゃないよ。あいたたた…。」


 ベーリンダは心底驚いた様子でタマを見つめていた。


「ところで、なんで路上強盗がここにいるニャ? なんで強盗のくせに法律にやけに詳しいニャ?」


 ユキのツッコミに、ベーリンダは慌てて言い返した。


「い、いや、別に。その、なんだ。なあ?ハムナン。」


 急に無茶ぶりされた大男は冷静に指摘した。


「ちょっといいですかい? あの時の光…まさかあんたらは猫目石か虎目石を持ってるとか?」


「え? なんのこと? あいたたた…。」


「なに言ってるかぜんぜんわからないニャ~。」


 タマとユキは口笛を吹きはじめた。

 大男は大袈裟にのけぞった。


「マジかよ!? なんであんたらが!? どうしやす、おかしら。千載一遇の好機ですぜ。」


 だがベーリンダは、放心したかのように反応がうすかった。


「ハムナン。」


「はい、おかしら?」


「『青髪の霹靂』は今日で解散だ。」


「へい、解散ですね、…って、はあ? おかしら!? 正気ですかい!?」


 青髪の少女はいきなり椅子から床上に降りると、土下座をしはじめた。


「たのむ! この通りだ! 俺をてめえらの仲間に加えてくれ!」


「ハニャ?」


「自首するってこと? あいたたたた。」


「おかしら…みっともないマネを…。」


「ゆるせ、ハムナン。俺はもう完全にあいつに…。」


 ベーリンダは額を床にこすりつけた。


「おことわりニャ! さっさと出ていかないとユキパンチニャ!」


「ちび子猫にゃ聞いてねえよ! タマ、あんたはどうなんだ?」


「…。」


「タマちゃん…? あニャ、寝てるニャ。ボクもいっしょに寝るから、はやく帰るニャ!」


「え!? あんたらそんな関係なのかよ!?」


「スーパー・ユキ・キーックニャ!!」


 ユキの不意打ちに、ベーリンダはドアごと廊下に蹴り出されてしまった。


 床の上で、ドアの下敷きになりながら彼女は叫んだ。


「ちくしょう、俺はぜったいにあきらめねえぞ!」


 ハムナンは深いため息をつくと、静かに宿から出て行った。


(山猫族が反乱軍の隊員を募集中って噂を聞いたな…。手下ひきつれて転職すっか。)



 その頃、街の裏通りの廃墟街の一角の暗闇の中。


 数名の、頭からすっぽり黒い布を被った不気味な集団が蠢いていた。


(猫目石と虎目石を持つ者、発見せり!)


(第3の扉を開く者、抹殺すべし!)


不気味な集団は同じ言葉を憑かれたように繰り返しながら、裏通りの闇の中に消えていった。

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