第10話 青髪のベーリンダの憂鬱


「うわわわわっ!」


 青い髪の少女はバランスを回復できず、

岩から地面に落ちてしまった。


「…ってえ…。てめえ!」


 少女はお尻をさすりながら立ち上がり、タマとユキにいんねんをつけはじめた。


「なんだ今の笛は! 落ちちまったじゃねえか、このヤロウ!」


「大丈夫? 『おりろ』とは言ったけど『落ちろ』とは言ってないよ。」


「てめえのせいで落ちたんだよ!」


 ユキがタマの手をひっぱった。


「タマちゃん、もう行こうニャ。相手にしない方がいいニャ。あれはタチの悪い街道のたかり屋ニャ。」


「たかり屋じゃねえぞ、チビ子猫! きいて驚くなよ、俺様の名は…。」


 自慢げに何かを言いかけた少女を、タマが遮った。


「あなた未成年だよね?」


「え?」


「危ないね、人に刃物なんか投げて。当たったらケガではすまないよ? 本官は防刃ベストだけど。」


「てめえ、何を言ってやがる?だから俺様は…。」


 タマは手帳とペンを取り出した。


「あなた、名前は? 年齢は? 学校はどこ? 親御さんは近くにいる? あ、あと所持品を見せてもらえるかな?」


「学校なんざ行ってねえし、親もいねえよ! てめえ、調子にのるなよ!」


 少女は怒りMAXでタマにツカツカと歩みよると、右手で胸ぐらをつかんだ。


「タマちゃん!」


 ユキが戦闘態勢になったが、タマが手で制した。


「あなた、14歳より上?」


「ああ?そうだよ、文句あっか?」


「銃刀法違反に公務執行妨害、あなたを現行犯逮捕します。今の時刻は…ユキにゃん、わかる?」


「おなかがすいたからお昼どきニャ~。」


「待っててね、すぐ終わるから。」


 いつの間にか自分の右手に手錠がかかっていることに気づいた少女は、タマをどん! と突き放すと怒り狂った。


「お、俺様はな、今まで一度だって捕まったことがねえんだ! まさかてめえ、帝国のまわしモンか!?」


「ちがうよ、警察官だよ。さあ、交番まできてもらえる?」


「タマちゃん、交番はないニャ。」


 どうやら相手がいろいろな意味で危ない奴だとやっと気づき始めた少女は、大男に尋ねた。


「ケイサツカン…? ハムナン! お前、知ってっか?」


 大男はひらりと岩から飛び降りると、肩をすくめた。


「さあ。ま、おかしらの負けでやすね。もう帰りやしょう。すみませんでしたね、旅のおふたりさん。」


「バカヤロウ! 南の荒野の大盗賊団『青髪の霹靂』の首領、ベーリンダ・ブーレンダ様がなめられたまま帰れるかよ!」


 あくびをしながら、ユキがベーリンダに質問した。


「そもそもボクたちになんの用ニャ? お金ならないニャ。」


 その言葉で、少女はようやく最初の目的を思い出した。


「俺が用があるのはそっちの兄ちゃんだ。チビ子猫はすっこんでな。」


「にいちゃんって…えっ、本官のこと?」


「あニャ~、確かにタマちゃん、髪が短いし体も…。」


「ユキにゃん、その先は落ち込むから言わないで…。」


「何をゴチャゴチャ相談してやがる。さあ、俺のアジトにきてもらおうか。」


 ブーレンダはタマに詰め寄り、手首をぐいっとつかんだ。


「タマちゃんにさわるニャ!」


「ん? てめえ、何してやがる?」


 いつの間にか青髪の少女の背後にまわっていたユキが、

ベーリンダの身につけている布の端をつかんで言った。


「こういう布って、一枚だけでできてるってホントかニャ?」


 ユキの意図に気付いたベーリンダは慌てて叫んだ。


「バ、バカっ、や、やめねえか…!」


 時すでに遅し、ユキは思い切りその布をにゃはっ! と引っ張った。




「だから言ったでやしょ、おかしら。ありゃ、二人ともかなりの場数をふんでやすぜ。」


 泣く子も黙る大盗賊団「青髪の霹靂」のアジトの奥の一室。


 ベーリンダは寝床につっぷして、さめざめと泣きながら呪文のように言葉を繰り返していた。


「ううう、ぜんぶ見られた、ううう、ぜんぶ見られた、ううう、…(以下省略)」


「まあ、いいじゃありやせんか。読者サービスにもなりやしたし。」


 彼女はいきなりガバッと起き上がると大男ハムナンの首をしめあげた。


「まさかてめえは見てねえだろうな!」


「グエッ。み、見てやせんよ! 目をつむりやしたから。まあ、なんとか下は履いていたから最低限の死守はできたんじゃないスか。」


「見てんじゃねえかよ、この変態ヤロウ!」


 一刻ほど彼女は暴れまわり、部屋の中を破壊し尽くすとようやく気が済んだのか泣きやんだ。


「ハアハア…、奴ら許さねえ、絶対に責任をとらせてやるぜ。」


「責任? でもおかしら、あいつは…。」


 大男の疑問を無視し、指の爪をかみながら彼女は聞いた。


「奴らの行き先、わかるか?」


「手下からの報告ではサボルカンドの街に向かってやすぜ。」


「ヨシ! 行くぞ! 全手下どもに号令だ!」


「はあ。で? 奴らを捕まえてどうすんです? まさか石を持ってるようには見えませんし、銅貨一枚にもなりゃしやせんぜ。それか、帝国に引き渡すんですかい?」


「帝国なんざ関係ねえ! 俺の人生の問題だ!」


 ハムナンはため息をつくと、本気で転職を考え始めた。




「うわあ、大きな街!」


 タマが感嘆の声をあげた。


「帝国南方領最大の街、サボルカンドニャ。早く宿を探そうニャ。」


「こうして見ると、やっぱり違う世界なんだね、ここは…。ゴホゴホ。」


「タマちゃん、大丈夫? なんだか最近咳が多いし、顔色も悪いニャ。」


「平気だよ、ちょっと疲れてるだけ。ホテルを探しながら見物しよ!」


 街はどこも活気があり、頭に布をまいた通行人であふれかえっていた。


 尖ったドームのある建物が立ち並び、通りのそこかしこに美しいタイル装飾のあるアーチの列があり、街路樹はヤシの木が立ち並んでいた。


「わあ、綺麗な街だニャ、タマちゃん。どこかでお茶でも飲むかニャ?」


「うん、どこかで座れないかな…。」


「大丈夫!? やっぱり先に宿に行くニャ!」


 宿の部屋に入ると、タマはベッドに倒れ込んでしまった。


「すごい熱ニャ! 大変ニャ!」


 ユキは慌ててフロントで冷たい井戸水をもらい、布きれにひたしてタマのおでこを冷やした。


「ゴメンね、ユキにゃん。いきなり迷惑かけて。鍛え方が足りないね、警察官なのに。ゴホッ。」


 ユキはタマの制服を脱がせると、毛布をかけた。


「迷惑じゃないニャ! 気づかずに無理させたボクのせいニャ…。ひどい熱ニャ! お医者さんを呼んでくるニャ!」


 駆けつけた年配の白ひげの医者は白い布を巻いた頭を振りながら言った。


「まずいのう、病が肺に入っておる。」


「そんなニャ! お薬はないのかニャ!?」


「熱さましや咳どめはあるが対症療法じゃ。とにかく体を冷やさず安静にして水分をとりなされ。」


「でも、すごく苦しそうニャ!」


「特効薬はあるにはあるが…。高価すぎてのう。もしもお金があるのなら、ボルンヤーナ薬種商会にいきなされ。」


 老医師は帰ってしまった。


 ユキは、試しに猫目石と虎目石をタマの体の上に置いて祈ったが、何もおこらなかった。


 苦しげな呼吸で高熱にうなされているタマの手を握り、ユキは声をかけた。


「ボク、お薬を買ってくるニャ! 待っててニャ!」


ユキはチーター真っ青の速さで大通りのアーチを駆け抜けてその大店にたどり着いた。


『ボルンヤーナ薬種商会』


 看板はあるが店はすでに閉まっていた。

ユキは扉をガンガン叩いて叫んだ。


「誰かニャ! お薬を売ってほしいニャ! 友だちが…親友が死にそうニャ!」


 しばらくたたき続けると、面倒くさそうに店員が出てきた。


「なんだ、猫かよ。今日は閉店だ、帰れ。」


「肺の病のお薬を売ってほしいニャ! お金ならあるニャ!」


 ユキは村長にもらった路銀をありったけ見せた。


「は? それっぽっちか、全然足りねえよ。買いたいなら金貨を持ってこい!」


「今はこれだけしかないニャ。後で必ず払うから売ってほしいニャ。」


「貧乏人に用はねえよ!」


バタン! と扉がしまり、どんなに叩いても二度と開くことはなかった。


「こうなったらニャ…!」


 ユキは勢いをつけてジャンプすると、ふわりと店の屋根に飛びのった。



 翌朝。


 タマが目を覚ますと、ユキがタマの手を握りながらそばで眠っていた。


 あれだけ苦しかったのに、今はすっかり平気だった。


「ユキにゃん、起きて! なんだかすっかり治ったみたい。」


「あニャさすが特効薬ニャ! よかったニャ!」


 ユキはタマに飛びついた。

 しばらく抱き合った後、タマがユキに聞いた。


「ユキにゃん、お薬を飲ませてくれたの?」


「うん、タマちゃん弱っていたから…あの…その…口うつしでニャ…。いや~んニャ!」


 ユキは真っ赤になって顔を手で覆ってしまった。


「そうだったんだ! ありがとうね、ユキにゃん!」


「ボクは誓いの通りにしただけニャ!」


「でも、薬は高かったんじゃない? 大丈夫?」


「そ、それはニャ…大丈夫…じゃないか…ニャ?」


「…ユキにゃん、正直に話して。」


 タマが珍しく真剣な顔でユキを見つめた。


 ユキがテンパっていると、部屋の扉が激しく叩かれた。


「お客さま! 街の役人が薬泥棒をつかまえに来たというのですが…。」

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