第2話 交番勤務、配属初日に!?


「うえッ、なんじゃあこりゃあ!」


 田村巡査長は一口飲んだコーヒーを思わず吐き出した。


(食事中の読者の方、ごめんなさい。)


 彼はカップの中をじっと見た後、

声を張り上げた。


「香箱! ちょっと来い!」


 種類の山と格闘していた#香箱珠__こうばこ たま__#巡査は、

ビシッと立ち上がるとすっ飛んできて敬礼をしながら言った。


「田村巡査長! 香箱巡査、お呼びだて頂きましたので馳せ参じました!」


「…おまえ、だからそういうのもう良いからさ。それよりこれは何だよ。」


 田村は香箱巡査に飲みかけのコーヒーカップを見せた。


「はっ! 本官、香箱巡査が真心をこめて淹れたコーヒーであります! 大佐殿!」


「誰が大佐だよ、バカヤロウ。だからそれやめろって。おまえな、これはインスタントコーヒーじゃないの。珈琲豆を挽いたやつなの! 言っただろ、あそこのコーヒーメーカーとフィルターを使うの!」


「はっ! 田村巡査長殿!それは不可能であります!」


「なんでだよ。」


「本官、香箱巡査が今朝、掃除中にコーヒーメーカーを壊したからでありまっす!」


 田村巡査長は頭を抱えて言った。


「…。もう良いよ。それより、さっき頼んだ書類、できたのか?いつまでかかってんだよ。」


 香箱巡査は書類の束を持ってきた。

目を通していた田村はまた声を張り上げた。


「ばか、おまえ『盗難』がぜんぶ『東南』になってるよ、あと何だ? 『被害者』と『加害者』が逆になってんじゃね?」


「てへっ。」


「てへペロ、でこまかしてんじゃねえよ!ていうかごまかせてもねえよ! 警察学校で何を習ってきたんだ、おまえはよ!」


「はい! 『とりあえずこうるさい上司にはコーヒーを淹れとけ』、です!」


「ま、それはそれで合ってるかも…ってちがうだろ!」


 まだ午前中も早いのに尋常ではない疲れを覚えた田村巡査長は、香箱巡査の顔を見ながら思った。


(噂以上だ…。警察学校始まって以来の最低記録成績、そして始まって以来の…。)


 見つめられた香箱巡査はニッと笑った。


(無駄美形…。)


「もういいよ、おまえの顔を見ていたら怒る気も失せた。巡回連絡にいくぞ。」


「はい!」



 二人の警官は自転車に乗り交番の外に出た。

 天気は快晴だが田村巡査長の心は曇っていた。


(よりによってこんなのが俺のところに配属とは…。指導不行き届きで俺の出世にも響くかもな、ついてねえな、とほほほ。)


「おはようございまーす! おはようございまーす!」


 彼の苦悩を知ってか知らずか、

香箱巡査は愛想よく住民に挨拶をしまくっていた。


「おはよう! おまわりさん!」


「おはようこざいます、おやおや、孫みたいな巡査さんだねえ。」


 住民の受けもかなり良いようだった。


(こういうとこは適正がありそうなんだけどなあ…。)


「田村巡査長! 朝からなんだか疲れてませんか? 元気だしてください! 元気元気!」


「おまえな、誰のせいで…、ん!?」


 田村巡査長が言葉を切ったのは、電柱の影に隠れるようにピンク色のランドセルが見えたからだった。


「香箱! そこ!」


 香箱巡査が自転車をとめて慌てて駆け寄ると、ランドセルを背負った、おそらく小学校低学年だろう女の子がうずくまっていた。


香箱巡査は優しく声をかけた。


「お嬢ちゃん、どうしたの?」


 女の子は目に涙をいっぱいためて見上げると、相手が警察官であることに安心したように言った。


「おねえちゃんおまわりさん、ひざが…。ころばされて…。」


 見ると、女の子のひざは擦りむけて血が出ていた。


「ひどい! 誰にやられたの!? 言って! 本官がそいつ、逮捕してあげるよ。」


「逮捕って、おまえな。」


「田村巡査長は黙っててください!」


 彼女の剣幕に田村は思わず黙ってしまった。


 だが女の子は首を振り、言った。


「ふでばこ…も…とられちゃった。」


 そう言うと、また泣き出してしまった。


 香箱巡査はいきなり女の子をおんぶすると、田村巡査長に言った。


「本官、コンビニに行って絆創膏と消毒液と文具を買って、この子を小学校まで送ってきます!」


 そう言うと、女の子をおんぶしたまま脱兎のごとく駆け出して行った。


「あ…自転車どうすんだよ。全く…。」


 ため息をついた田村巡査長に無線連絡が入った。


『本部より各移動へ緊急連絡。連続爆破事件容疑者と思しき人物が大型トラックにて逃走中。容疑者と車両の特徴は…。各自厳重警戒されたし。』


 田村巡査長はなんだか嫌な予感がした。


(こんなときに何やってんだ、香箱。早く戻って来い!)



 小学校の正門を抜け、香箱巡査は校舎へと校庭を歩いていった。


「おねえちゃんおまわりさん、ありがとう。もう歩けるよ。」


 香箱巡査は女の子を下ろし、顔をのぞきこんだ。


「そっか! えらいね。そういえば、あなたのお名前は? 本官はタマだよ。」


「アミだよ。タマおねえちゃん…学校に行きたくないよ。」


「アミちゃん、大丈夫! そうだ、いいもの見せてあげる!」


 香箱巡査は綺麗に輝く、不思議な文様の入った石をポケットから取り出した。


 アミは感嘆の声をあげた。


「綺麗…。それはなんていう石なの?」


「いいでしょ。猫目石って言うんだって。おばあちゃんにもらったの。いつも本官を守ってくれるって。」


 香箱巡査はそっと猫目石をポケットにしまい、言葉を続けた。


「だからね、この石みたいに本官もアミちゃんを守るから、ね? 本官がついてるから大丈夫!」


「わかった! タマおねえちゃんおまわりさん!」


 香箱巡査が笑って頷いたその時、校庭に轟音が響き渡った。


 振り返ると、大型トラックが正門を突き破り猛スピードで校舎に向けて迫ってくるのが見えた。


「アミちゃん、校舎に入って! 先生に早く知らせて!」


「タマおねえちゃんは!?」


「いいから早く!」


 アミは校舎につんのめるように駆け込んで行った。


 香箱巡査は拳銃を抜いた。


(大型トラックに通用するはずないか…でも。)


 運転席に黒い人影が見えた。

大型トラックはぐんぐんこちらに迫ってくる。


(もしかして連続爆破犯!?)


(校舎には沢山の子供たちが…。)


 校舎の窓からは異変に気付いた児童や教師が顔を出して叫び声をあげていた。


(私に注意をひきつければ…。)


 香箱巡査は狙いを定めると、引き金を引いた。


(お願い、おばあちゃんの猫目石。子供たちを守って…。)


 パン!


 パン!


 間近に迫るトラックだったが、

2発目がフロントガラスに弾痕を残し、

運転席の黒い人影が倒れたようだった。


 ギギギギイ…


 香箱巡査の前ギリギリで大型トラックは止まった。


「当たった…。初めて…当たった!!」


 香箱巡査は力が抜けてその場にへたり込みそうになった。


 だが、背後の校舎からの割れんばかりの歓声に我にかえると、

また拳銃を構え直してそっと車両に近づき、すばやくドアを開けた。


「おとなしくして! 逮捕するよ!」


(この台詞、一度言ってみたかったんだ!)


 満足していた香箱巡査だったが、運転席を見て青ざめた。


 肩に被弾して苦しげに座席にもたれかかっている犯人が、手に何かスイッチのようなものを持っていたからだ。


 背後には大量の爆弾らしき装置が積まれていた。


 犯人は、スエットのフードが目深で顔がよく見えなかったが、口元には笑みを浮かべていた。


 香箱巡査は引きつった笑顔で問いかけた。


「まさかそれ、押さないよね?」


 そりゃ…、押さないわけがなかった。



 後の児童や教師の証言によると、

その時、居合わせた警察官から凄まじい光がほとばしり、トラックごと一瞬で消えてしまったというが、事実か否かは定かではなかった。


 鑑識班の徹底した調査にも関わらず、

トラックも犯人も香箱巡査もかけらすら発見できなかった。


 ただ一つ言えるのは、

小学校には全く被害がなく無傷だったということだった。

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