第1話 法務大臣の災難


 ギロチンの巨大な刃が遠慮なく下まで落ちて大きな音を立てた。


 え? もう連載終了?

と思いきや…


 群衆から再び凄まじい歓声と悲鳴が上がり、幾人もの者がもっとよく見ようとにじり寄った。


 ところが、起き上がったあごひげ筋肉男が見たものは…


 誰もいないギロチン台と、そのそばで白い猫少女に膝枕をされて頭を撫でられている死刑囚だった。


「いやあ、危ないとこだったニャ~。」


「ユキにゃん、もちっとだけこうしてもらってていい?」


 いったい何が起こったのかわからず、

筋肉男は頭を振ってまばたきし、

それが幻覚でない事を確認すると怒りで全身を赤くした。


「てめえら、何を死刑台でなごんでやがる!」


 ユキはあわれみの眼差しを男に向けた。


「ヤだなぁ、いい歳して彼女もいなくて膝枕もされたことないからってひがむのはニャ。」


「うっ。」


 図星を突かれた男はもう我慢ならねえ、

と再び半月刀を振りかざして突進した。


「脳筋の攻撃はワンパターンだニャ。」


 あくびをしながらユキは立ち上がると、

目にも留まらぬ速さで男の懐に飛び込んだ。


「えっ?」


 戸惑う男の顎にユキは、思い切りバク宙猫キックをお見舞いした。


 男の巨体が吹き飛び宙を舞い、

そのままギロチン台に落下してドスン!と凄まじい衝撃音が走った。


 一部始終を見ていた観衆からいいぞいいぞ、の大歓声が沸き起こった。


 猫少女は優雅にお辞儀をすると、

タマの元に戻ってきた。


「あのおじさん、意外と律儀だね。約束守ったし。」


「ホントだニャ、自分でギロチン台に乗ってらニャ!」


 二人はお腹を抱えて笑い始めた。

群衆も一斉に笑い始めた。


 そこに、背後に立っていた口髭の老人が水を差した。


「もしお若いの、盛り上がっているところを申し訳ないがの。次の危機が迫っとるぞ。さあどうするね?」


 その老人の言う通り、飾りのついた布を頭に巻いている、ゆったりとした布の服を着た兵隊たちが半月刀をふりかざしながら数えきれないくらい押し寄せてくるのが見えた。


「ちなみにおじいちゃんは誰ニャ?」


「ワシかね、ホッホッホッ。法務大臣のスワルトジガデルじゃ。偉いんじゃぞ。ホッホッホッ。」


 タマが法務大臣に近づいて、その手を取り言った。


「法務大臣さん。お願いがあります。」


「な、なんじゃね急に?」


 法務大臣は年甲斐もなく少しドギマギした。


 近づいてきた死刑囚がよく見るとこの上もなく美形だったからだ。


 そこへユキが割り込んだ。


「こんなとこで無駄美形を使う必要ないニャ! やい、じじいニャ、おとなしくしやがれニャ!」


 ユキはそのじじい、失礼、法務大臣を羽交い締めにすると鋭い爪を出して首に突きつけた。


「ひえええ。兵隊ども、はようワシを助けんか!」


「こら兵隊どもニャ! ボクたちにそれ以上一歩でも近づいてみろニャ、法務大臣のけい動脈をかっ切って血を一面にぶちまけてやるニャ!」


 その脅しは兵隊たちには効果てきめんで、彼らはその場に凍りついてしまった。

先頭の兵隊はお互いに前へ行くのを譲り合い始めた。


「おいハーズッシ、お前が行けよ。」


「やだよ、カッキーノ、お前がいけよ。じじいが死んだら俺が死刑じゃんか。」


「今、じじいって言いおったのは誰じゃ!」


 ふがいない兵隊たちを、ユキは高笑いをして嘲った。


「ニャッハッハッハッ、いくよ、タマちゃん…ってはニャ?」


 ユキは爪を人質の首に突きつけながら、タマの妙な行動が不思議で後ずさる動きを止めた。


 タマは何かを黒い小さな手帳に書き留めていた。


「ユキにゃん罪状日誌、と。今日は無抵抗の老人への脅迫と拉致、と。」


「…。タマちゃん、何してるニャ?」


「あ、本官、警察官だから、ユキにゃんの犯した犯罪行為を全て書き留めてるの。後で報告書にしないといけないから。」


「…。やはり助けない方が良かったかもニャ。」


 心底うんざりした表情を浮かべると、

ユキは鬱憤を晴らすかのように法務大臣の尻を蹴り上げて兵隊たちの方向へ突き出した。


「手帳に暴行も書き加えるニャ!」


 なさけない悲鳴をあげる大臣をあわてて受け止める兵士たちだったが、

勢いで倒れてしまい将棋倒しが始まった。


「法務大臣殿、おけがは。」


「尻が…尻があ…。」



 遠くの来賓席から遠眼鏡でその様子を見ていた恰幅のいい、ひときわ豪華な装飾と衣装の人物が笑いながら言った。


「はっはっはっ! 傑作傑作! 法務大臣め、こりゃまた尻の病が悪化したな。暇つぶしに見に来てこんなに笑えるとはのう、王子。」


 王子と呼ばれた長髪の人物は、整った顔立ちに怒りを浮かべて応じた。


「笑いごとではありませんぞ、父上…いや、陛下。我が帝国の名に泥を塗る無法の輩、放置するおつもりか。」


「面白いから良いじゃろ、何せここのところ退屈で退屈で。」


 王子は、あくび混じりでつぶやく父に申し出た。


「陛下、あの者らの追跡と捕縛、どうか私にお命じ下さい。見事捕らえて見せましょうぞ。」


「うむ、好きにせよ。だが例の件の探索も手を抜かずに引き続き頼むぞ。軍事顧問殿も異存ないの?」


 陛下と呼ばれた人物は、隣の席の人物に顔を向けた。


 黒い布を被り、目だけを出したその人物は、

暗い落ち着いた声ではい、とだけ答えた。


 王子は黒い人物を胡散くさげににらんでから


「は。お任せを。陛下。」


 と返事をし、相変わらず遠眼鏡で興じている父に軽蔑の眼差しを向けると、席を立った。



 ユキは兵隊たちに向かってあかんべえ、をするとタマを軽々とお姫さま抱っこした。


「いくよ、タマちゃん。こんなとこで旅は終わらないニャ!」


「だよね、ユキにゃん! あの時、この旅が始まった時に誓ったよね!」


 そう、あの時。


 二人が出会い、そして冒険の旅が幕を開けた時。


 それは世界を揺るがす運命の歯車が動き出した時。


「しっかりつかまってニャ! いくよ!」


「うん!」


 ユキはタマを抱えたまま、群衆に向かって大きく跳躍した。



 次回は時を少し巻き戻してみよう。

二人の出会いの時まで…

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