第3話

 佳奈乃かなのは強くなっていた。もう、昔のではない。女は涙で成長するとは、よく言ったものだ。初心うぶで可憐な彼女はもういない。宝船佳奈乃は変わった。これからも、きっと一人で大丈夫だ。一人で生きていけるはずだ。俺など必要ない。男は黙って去ろう。俺はそう思いながら、エレベーターに乗った。


 エレベーターのドアが閉まる前、遠くに見える突き当りの佳奈乃の部屋のドアの前で、佳奈乃と、部屋の中から片脚だけ出してドアを開けている金髪のジャージ姿の若い男の姿が見えた。二人で何か話しながら、こちらをチラチラと見ている。


 その男が咥えていた煙草を強く床に投げ捨てた。男はサンダルの音を鳴らして、こちらに向かって走ってくる。


 俺は必死にエレベーターの「閉」ボタンを連打した。古いエレベーターのドアはゆっくりと閉まる。


 エレベーターが完全に閉まると同時に、その男がドアのガラスに激突し張り付いた。ガラス越しに俺を睨んでいる男が上がっていく。横の階段に駆けていくのが見えた。


 古いエレベーターは六階、五階、四階とゆっくりと下がっていく。どの階でもサンダルの足音が聞こえていた。


 俺がヤキモキとしてドアの窓から外を覗いていると、下の方から、手押し車を押した人のよさそうな老婆が姿を現した。


 エレベーターが三階で停止する。ドアが開いたので、俺は急いで「閉」ボタンを押した。再び閉まり始めたドアは、手押し車を挟んで、弾かれるように再び開く。俺は手押し車ごと婆さんを足で押し戻し、「閉」ボタンを何度も押しながら、その婆さんに言った。


「急いでいるんだ、後で乗って……」


「おい、コラッ、待て!」


 ジャージの腕が俺の襟首を掴んだ。俺はそのままエレベーターから引っ張り出された。顔面に一撃を食らって、床に倒れる。さっきの金髪の男が俺に馬乗りになって言った。


「てめえか、佳奈乃を泣かせたのは」


 俺はエレベーターに乗り込む老婆に手を伸ばしながら、鼻血を飛ばして叫んだ。


「た、助けてくれ!」


「すまんのう、急いどるんじゃ。後で乗ってくれんかのお」


 婆さんはそう言ってドアを閉めた。無数の鉄拳が俺を襲う。下へ移動するエレベーターの中で薄っすらと笑う婆さんの顔が一瞬だけ見えた気がした。


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