表参道で

⭐︎KLIN⭐︎

第1話「表参道で」


「ねぇ。」

鎌倉の道で隣にいたえりかが声をかけてきた。

「なんだ。」

俺はえりかをチラリと見る。

「ねぇ、今度さぁ、表参道に二人で行こ。」

「え!」

じわりと手に汗がにじむ。

あれは確か三年前、まだえりかに出会う前のことだ。俺は仕事帰りに表参道をフラフラと歩いていた。

その頃、俺は勤めていた会社を首になり、金がなかった。

表参道に住んでいた友人が安くで部屋を貸してくれて、そいつと一緒に住んでいた。


華やかな店が立ち並ぶ中で、ふと俺の目にディオールのスーツが映った。

「おぉ…」

思わず声が出る。かっこよかった。

“欲しい”と思ったが、金がない。

「はぁ〜」

ため息をつきスーツを眺めていると、ふとこんな考えが浮かんだ。

表参道は人通りが多いから盗んでも気づかれないのでは、と。

夜で暗いし顔もよく見えない。バッグに素早く入れて人ごみに紛れて走って帰れば…。

気づいたら、俺はそれを実行していた。

まるで一瞬のことだった。

今でもその時の事はよく思い出せない。


けれど、家に帰ってからもう一つ問題に気づいた。友人だ。

こんな高級なスーツを買えるお金を持っていない事くらい、俺と住んでたら誰でも分かる。

ごまかすか。

嫌、ばれないよう隠すか!だがどこに。

ベッドの下だと友人が掃除した時に気づかれるし、ロッカーも友人と一緒に使っているし

「あ…」

そうだ。避難はしご収納ボックスがベランダにあったな。

避難はしごは友人も何か起こらない限り開ける事もない。

ちょうどその日、友人は出かけていてまだ帰ってきていなかった。

俺は早速、避難はしごを収納ボックスから取り出して、中をすみからすみまで掃除しピカピカにした。

その中にゆっくりとディオールのスーツを入れた。


やがて友人が帰ってきた。

「ただいま。」

「お、おかえり…」

「どうした、元気ないな。」

「いや、そうか…?」

「あ、もうこんな時間だ。じゃあオレ風呂入ってくるぜ。」

「あぁ。も、もう俺は入ったから。」

「そうか。先に寝てていいぞ。」

「うん。」

友人が風呂に入っていくのを確かめ、ほっと一息ついた。

ベランダに出て、避難はしごの収納ボックスがしっかり閉まっている事を確認して、電気を消した。


数日後、鎌倉で知人のパーティーに誘われた。

友人は仕事で行かないという。

俺はあのスーツを着ていけると思うと、心が踊った。

鎌倉のパーティー会場まではスーツを隠して持っていく事にした。

会場の更衣室に入り、ディオールのスーツに腕を通す。

サラサラしていてとても良い肌触りだった。

「はぁ、気持ちいい。」

鏡の前に立つ。

「おぉ…。」

思わず見とれてしまう。

いつも安っぽいパーカーを着ている俺が、このスーツを着ると

身体の線までも別人のように美しく見える。

パーティー会場へ向かうとみんな口を揃えて俺のスーツを褒めた。

パーティーが終わった後も、俺はスーツを着たまま行きつけのバーに向かった。

バーにいた女性達にスーツ姿を褒められ、お酒も久しぶりに沢山飲んだ。

少し酔いがまわったのか、ふらつきながら家へ帰った。

ふらふらしながらもなんとか家のドアの鍵を開けると


「おかえり!」


ギクリとした。

酔いが一気に冷めて、心臓の音が速くなる。

やばい。

「お、なんかカッコいいスーツ着てんな?あれ、そんなのもってたっけ?」

「あぁ…。なんか貰ったんだ。」

急いで自分の部屋に入った。

しばらく心臓の音はなりやまなかった。


友人はその後、特にスーツの事は聞いてこなかった。

俺はそれ以来、友人の家を出られるようにと仕事を増やしてとにかく金を稼いだ。金が貯まるとすぐに表参道の友人の家を離れて鎌倉へ来た。


そこでえりかと出会った。


「ねぇ、聞いてる?」

「あ?あぁ。」

表参道に行ったら捕まるかもしれない。かといって、断ってもえりかに怪しまれる。

「ちょっと、トイレに行ってくる。」

えりかが何か言っていたが、無視して近くの店に入り、トイレに行った。

ガタン!とドアを閉め、トイレに座った。

「あぁ、どうしよう。」

小声でつぶやく。

表参道に行って警察に捕まったら…

いや、今更捕まるわけないか。もう三年も前のことだし、俺がやったという証拠もないし。えりかに怪しまれる方が面倒だ。

よし、と立ち上がりトイレを出た。

えりかの所に戻ると

「もう!遅いよぉ!心配したんだから!」

よく見ると、えりかが涙目になっている。

「ごめん、ごめん。」

「で、表参道一緒に行ってくれるよね?」

「え、まぁ、うん。」

えりかがぷうっと頬を膨らませて

「何、その曖昧な返事は!「はい」か「いいえ」で答えて!」

「はい。行こうか。」

「やった!」

「えりか、なんで急に表参道なの?」

「なんか、久しぶりに華やかでお洒落な所に行きたいなぁと思って。」

「鎌倉だってじゅうぶん華やかじゃないか。」

「鎌倉の雰囲気と表参道は全然違うの!」

「そうか?」

「そうだよ。ぜんぜんだよ。ぜーんぜん!」

「へぇ。俺にはいまいち分からないや。」

「えぇ?なんでぇ!」

「まぁ、いいじゃないか。」

「いいけどぉー。」

えりか膨れた顔から急に明るい顔になり

「ねぇ、せっかくの表参道だから、プレゼント交換しようよ!」

「プレゼント交換?」

「そ、プレゼントを買って交換するの!」

「へぇ、いいじゃないか。」

「でしょ、やろうよ!」

「まぁ、そうだな。」

「やった!表参道いつ行ける?」

俺としては遅い方がいいが、えりかにとっては…

「えりかが決めなよ。」

「いいの?う〜ん、どうしようかなぁ〜。じゃあ、一週間後の25日にする!」

「あぁ、わかった。一週間後か。」

「じゃ、決まりね!楽しみだなぁ〜!」

喜んでいるえりかの横顔を見て、まぁこれはこれでよかったと思った。


あっという間に一週間が過ぎ、俺とえりかは表参道へ向かった。

午前中の早い時間に電車に乗った。

電車の中ではどんどん緊張感が膨らんだ。不安しか頭になかった。

隣に座ってるえりかが

「具合悪いの?顔色が悪いよ。ほら、もうすぐ乗り換えるよ〜。」

「え?あ、うん。ごめん。」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。ちょっとボーッととしてただけ。」

「そうなの?」

「え?うん。」

はしゃいでるえりかの質問に時々あいづちを打ちながら、頭の中の不安な気持ちを追い払おうとしていた。

そんな事を考えているうちに、俺は眠気に襲われた。

「やったぁ、着いた!ねぇねぇ、着いたよ!あれ?おきて、起きて〜!」

「ん?ふわぁ〜」

「ついたよ〜!」

「え?着いた?あぁ…。ごめん、俺寝てた?」

「うん、ずっと。」

「え?あっ、起こしてくれてありがとう。」

「どーいたしまして!さ、行こ!」

えりかにグイグイ引っ張られた。

「わぁ!すごい!みて!」

「うん。」

「どうしたの?なんかテンション低いよ。もっとテンション高く!」

「分かった…」

「もっと明るく!」

「分かった。」

「もっと」

「もーいいよ!」

「そう、その感じ。」

「…」

「で、どこから見る?」

「いいよ。えりかの好きなところで。」

「うん。あ!じゃあ早速プレゼント交換のプレゼントをそれぞれで買いに行こっか。」

「あ、いいね。」

「じゃあ、待ち合わせどこにする?」

「一時間後に駅の前でいいか?」

「あ〜いいね!」

「じゃ、駅の前でね。」

「まったね!」

人混みに消えていくえりかに手を振って見送った。

「はぁ。」

と大きくため息をついた。

「さて、どうするかな…」

って、そうじゃなかった!

いま俺は警察に捕まるかもしれない状態なんだ。とにかく建物の中へ入って身を隠そう。俺は適当に店を選んで入った。

さっさとプレゼントを選んで、帰ろう。

正直、俺はこんなことに金をあまり使いたくなかった。

とりあえず一番安いネックレスを買って駅に向かった。


歩いていると、背後から妙な視線を感じた。

ゆっくり後ろを振り返ると、少し離れた所に男の警察官が歩いて着いて来ている。

「ひぃ!」

俺は思わず悲鳴をあげて、前を向きなおした。少し早歩きになる。

やはりこんなところに来るんじゃなかった。

なんで?俺を覚えていたのか?張り込んでいて、追ってきているのか?

頭の中がパニックになり、歩くペースも更に速度が上がる。

心臓がバクバクなっている。

恐る恐る後ろを見る。

やはり同じ警察官がこちらをにらみつけて追いかけてくる。

もう駄目だ!?

走りだそうとした。その時

「あの…あなた」

腕をつかまれた。

背筋が一瞬で凍りついた。

俺はその場に固まった。身体がガクガクと震える。

警察官が

「落としましたよ。」

「え?」

手には、包んで貰ったネックレスのプレゼントを持っていた。

俺は身体がゆっくり温まっているのを感じた。

「あぁ…」

「あそこにいる背の高いお兄さんがみつけてくれました。」

「あぁ…マジで…よかった。」

「よかったですね。」

俺は警察につかまらなくてよかったと言う意味で言ったのだが。

俺はわれにかえり

「あ、ありがとうございました…」

緊張していたせいか声が震えた。警察は笑って

「いえ、拾ったのは私ではなくあのお兄さんですから。」

「あっ、そうでした。」

「では、私はこれで。」

「はい。すいませんでした。」

警察をつくり笑顔で見送ると、走って駅に向かった。


駅の前にはえりかが立っていて、大きい袋を持っている。

一瞬こんな安いネックレスでよかったのかと戸惑った。

「おまたせ。」

「あ!」

「プレゼント選びに時間がかかっちゃって…」

嘘をついた。

「うん。全然平気。じゃ、交換しよ!」

「うん。楽しみだなぁ。えりかから先に開けていいよ。」

「いいの!やった!開けるよ! 3・2・1…。きゃー!すごい!わぁ!かっわいい!ありがとう!」

えりかが俺に飛びついてきた。

「じゃあ、俺も。何だろう? 3・2・1…」

袋の中から出てきたのは、三年前に盗んだスーツと全く同じ、ディオールのスーツだった。

値札に「五十万」と書かれている。

おかしいな。えりかはまだ三十万しか持っていなかったはずなのに。

まさか…








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