第32話 彼女の本音



 王族は、特殊な存在なのだとアマリリスは言った。


「今のタスマリア王国では、国王の血を引く者は、存在するだけで王位継承権が発生します。生きているだけで価値があるわけです。例えどれだけ性根がひねくれていて、どれだけあさましくても、王族であるというだけで全ての特権を得られる。――と同時に、存在するだけで憎まれ、殺される、そんな存在でもあるのです」


 魔王はアマリリスの母の壮絶な死を思い出す。それはアマリリスを守るためにしたことだった。

 誰かを傷つけたり、脅かしたりしたことのない十歳の娘が、殺されかける程の恨みを買ったのだ。

 それはひとえに、アマリリスが国王の娘だからに他ならない。


「何もせずとも、王族の身分で豪奢な生活を送り、教育を受けることができる。何もしていないのに、他人から殺意を向けられ、根も葉もないことを言われて貶められる。それが王族です。母はそのために死にましたし、私自身も何度か毒を盛られたこともあります。――ま、この通りぴんぴんしておりますけれど」


 澄まし顔で言うアマリリスは、よそゆきの顔のままだ。

 けれど、ぽつりぽつりと口にする言葉は、本心であるように魔王には思えた。


「母を亡くしてからますます王位継承争いは激しくなって、私は何度も何度も、他人の悪意に晒されましたわ。王族は存在するだけで憎まれることもある。けれど――王族だからこそ得られたものも、確かにありました」


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「与えられた環境のすばらしさに改めて目を向けた私は、これを誰かに還元できないかと考えましたの。お金があれば貧しい人たちを食べさせることができますし、知識があれば教えることができます。そうやって誰かのために生きることができれば――ここにいても良い、と許してもらえるのではないかと思ったのですわ」


 そう言ったアマリリスは、ふと寂しそうな顔になって、


「その許しを得なければ、とても他の王位継承者から向けられる殺意に耐えられそうになかった。母を亡くした私に誰も、生きていて欲しいとは言ってくれなかったのですから」


 と呟く。

 いつも不敵に笑い、軽い冗談を飛ばしながら、魔王と好き勝手言い合っているアマリリス。

 その彼女が、この世で独りぼっちであるかのように、心細そうにたたずんでいる。


「そして、これはとても身勝手な仲間意識ですが――魔族の方々も、そうでしょう? いるだけで蔑まれる。いるだけで攻撃される。それに勝手に同情して、勝手に憤っているだけなのです。自分を重ねて、ね」


 アマリリスはにこっと微笑む。

 先程の表情が幻かと思うほどに、いつもの彼女にすっかり戻って、


「ですから私は魔族の方々をお助けして、あのクソ生意気な聖女の鼻っ柱をへし折ってやりたいわけですの! 徹頭徹尾自分のために、あなたたちの味方をするのですわ。ご満足いただけて?」

『ああ、満足した』


 同情さえも自分の気まぐれのせいにして、どこまでも奔放に振る舞おうとするアマリリスが、いじらしかった。

 だから魔王は彼女の演技に乗ってやる。

 どこまでも自己中心的な『鈍感令嬢』アマリリスの我がままだというせいにして、彼女を魔族の陣営に受け入れることにする。


『ではアマリリス、まずは情報を集めよう。そしてそれを分析しよう』

「ええ、お任せくださいな!」


 頷いた拍子に、彼女の金色の髪が、華奢な肩にさらりとこぼれる。

 どういうわけか、魔王の目にはそれがいつもより輝いているように映った。


 それからソフィアが戻るのを待ち、彼らは聖女の企みを探るべく、作戦会議を始めた。

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