あなたに捕まって、恋は燃える一方で

木曜日御前

本編

 

 鳴り響くサイレンの音、赤い大きな消防車が開かれた道の中を抜けていく。

 近くの有名なゴミ屋敷が燃え、近く家にまで燃え移ったと聞いた。

 

(最近放火魔がいて、ここ数件は続いてるのに)

 

 既に今月で3件もいろんな建物に、放火らしき痕跡があったと聞いている。

 今回の家は、仲間内でも燃えたら、いや燃やされたらやばいと、ずっと警戒していた場所。行政にも伝えていたはずだが、今回遂にということだ。

 

 微かに視界に煙が見えているが、なにせ現場の場所が悪い。現場の手前の大通り、車たちは我先にと行く奴らが多いのは有名だった。

 

 一秒を争う中、消防員の津幡つばたりょうはどうにか道を開けてくれと、神に祈るように心の中で合掌する。何度も何度も響くサイレンと、俺の声。

 

 そんな時だった。

 

『緊急車両侵入します』

 

 響き渡るサイレント、マイク音声。横を見れば一台の白バイが出ていく。そして、まるで自分たちを助けてくれるかのように、車の前に出てくれる。さすがに白バイが出てきたからか進行していた車たちは、従うように止まる。

 

「ごっ! ご協力ありがとうございます!」

 

 マイク越しでそう叫びながら、白バイの横を通っていく。亮はたしかにその白バイを見た。

 

(すみません、邪ですが)

 

 高さの関係で顔は見えないが、体付きはかなりタイプ。公私混同はしたくないが、この一瞬それくらい許してくれ。

 

 いや、だめだ、邪な心を振り払う。亮は視線を前に向ける。すでにあの白バイを通り過ぎ、向かうは立ち込める煙。彼も俺も、人々の安全のために働いているのだから。

 一分一秒も無駄にできない。

 

(また、出会えたら)

 

 現場に到着する。野次馬たちも既にいるが、自分たちの姿を見て安堵した表情をした住人たち。

 

 亮は、すぐさま車から降りる。連絡によれば、燃え移った家には一つの家族が住んでおり、子供も身重のお母さんもいて連絡が取れない。余計なことは考えず、目の前に集中しよう。

 

 白バイの彼、彼が開けてくれた道。助けられる命を全て、助けよう。

 

 その日の夜、なんとか死亡者0で消火活動を終えた自分は、布団の中であの白バイを思い出す。

 また、逢えたら。そんなことを思ってしまう。

 でも、やはり逢うことがないと願いたい。

 だって、消防士と警察官が出会う時は、どうせロクな時ではない。

 

 市民の不幸を願うのは、なんか違うだろと思ったから。

 

 

 そう、だから、今は本当にロクな事じゃないと思う。

 

 

「警察官と、子供と、放火魔が残されてる!?」

 

 燃え上がる、4階建てのビルの中。どうやら、逃走していた放火魔、迷子になった子供、更には人命救助のために指揮を取っていた警察官も取り残されてしまったとのこと。

 

 亮は何が起きてんだ? と思いつつ、隊員たちはそれぞれの階へと侵入する。なによりも、大人二人もそうだが、子供を最優先に探さなければならない。かなり緊迫した状況に、隊員たちが次々と消火活動を始める。亮もまた梯子を登り、窓破壊して中へと侵入する。

 

 なかなかに広い3階フロワ。

 

 やるしかない。煙が回ってる中、一人でも多く救出せねば。隊員たちの声が、辺りに響く。

 

「大丈夫ですか!」

 

 声を掛けながら煙の中を進む。4分割されたフロワを一つ一つ開き、中を確認する。そして、3つ目の扉を無理やり開け、中に入ると酷く中が荒れていた。

 

(避難したにしては、酷く荒らされている)

 

 まるで誰かがやりやったよう。注意しつつ、見回すとその奥で、誰かが倒れているのが見えた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 慌てて駆け寄る。するとそこには、一人の警察官らしき男が倒れていた。格好や装備から白バイの警察官だろうと、亮は推測する。

 

「被害者発見! 警察官です! 声掛け反応なし!」

 

 亮は男に駆け寄る。見た感じ気を失っており、更には男の片方の足が変な方に曲がっていることに気づく。彼の近くには倒れた棚があり、予想するにこれの下敷きになったのだろう。

 

(這いずって出たが、気を失ったか)

 

 亮は早く男の体を横抱きにする。

 

「大丈夫ですよ、もう少しで外に出れますよ」

 

 必死に声をかけ、今はすぐにでも搬送しなければと、亮は急いで侵入経路へと向かった。

 

 放火魔、子供も見つかった。

 子供は軽症、放火魔は屋上まで逃げ切ったが、出れずに無傷。そして、警察官は意識不明の重症。

 同僚が乗る救急車に乗せられた男を、亮は心の中で生き延びろよと願うことしかできない。

 

(どうにか、生き残ってくれ)

 

 その後、放火魔は無事に捕まり、今は警察たちが余罪を調べているところだと、連日のニュースで話題を掻っ攫っている。

 また 、迷子になっていた女の子は、母親に連れられて、お礼に来てくれた。4階女子トイレで震えていた彼女を助けた先輩が、嬉しそうに対応していた。

 

 そして、放火魔とチェイスしつつ、市民の安全誘導も行ったという物語の主人公のような警察官は、まだ目を覚まさないそうだ。

 ニュースでしか彼を辿ることはできないが、それでもまだ死亡と言われてないだけ、救われる。

 

(俺、警察官萌えだっけ?)

 

 思えば、彼はどんな顔だっただろうか。

 体付きは好みだったかもしれない。

 いつかのあの白バイと、そして、もう一人の白バイと。最近亮が男漁りもロクに出来てないのは、この二人のせいだと思う。

 

 顔も知らない男に心持ってかれるとは。

 亮は少ない休み時間の間に、作られたご飯を胃に掻き込んだ。

 

 

 そして、そうこうしつつ季節が変わり、亮の頭でこの事件を思い出すことも少なくなった頃。

 

「本官は、富田虎太郎とみたこたろうと申します。あの時、助けていただきありがとうございます」

 

 なんと、あの時の警察官が私服で訪ねてきた。

 

 ちょっとベイビーフェイスだが、自分と同じくらい鍛え上げられた身体は、正直欲求不満な亮にとって大変美味しそうに見えてしまう。今は休憩みたいなもん、少しぐらい邪に見ていても良いだろう。

 

「わざわざ、ここまで……。いえ、こちらこそ、市民の誘導ありがとうございます。お陰で、死者0人でしたので」

「危うく、本官が数になるところでした……本当に面目ないです……」

「いやいやいや、お陰で最近増えた放火魔も捕まりましたし、爆弾式だったのに死者がいなかったのは、あなたのお陰ですよ」

 

 少しばかりしゅんっとなる虎太郎。なんとも庇護欲を唆る人だなあと、ますますタイプだと思いつつ、亮は片手を差し出した。

 

「大丈夫です、貴方は市民の英雄ヒーローですよ」

 

 そう笑う亮に、差し出された手を虎太郎は握る。

 

「なら、貴方は本官を助けた王子様ですね。ほ、本当にかっこよかったです」

 

 虎太郎は少し照れたのか頬を赤らめながら笑った。あまりの可愛い発言に、亮の邪な心がどんどん疼いてしまう。

 しかし、真面目そうな彼がそんな冗談を。意識を失っていたはずだよなと、亮は思った。でも、これは悪ノリのチャンスと亮は手を握ったまますぐに跪く。

 

「ははははっ、じゃあ、お姫様とお呼びしても宜しいですか?」

 

 片手を握ったまま、そう言うものだから、旗から見たら正にプロポーズみたいなノリだ。流石に真面目ちゃんも困るだろうと、亮は虎太郎の反応を伺う。

 

 流石に怒るか、笑うか。

 

 しかし、予想に反して、虎太郎は違った。

 ますます赤くなった頬、何故か潤む瞳、小声で囁かれた言葉。

 

「しゅっ、しゅき……」

 

 亮の中で、何かが切れた音がした。

 掴んでいた手の甲に、亮は唇を寄せ、つうっと手首まで指の筋をなぞるように唇を動かす。

 

「俺も好きなんで、どうです? 付き合いませんか?」

「はっ……は、はははははい!?」

「あはははっ、やったぁ、よろしくお願い致しますね、虎太郎さん」

 

 遂にキャパオーバーをした虎太郎さんは、ぷしゅうっと音がするかのように、その場に座り込みそうになる。

 それを、さっと亮は支えた。

 

 ここでやっと、亮は周りの状況を把握する。

 この様子を他の同僚たちは、ぽかんと言葉もないようだ。

 

「俺、恋人できました〜!」

 

 亮がそういうと同僚たちは、もう「お、おめでとう」としか言う事が出来ず、何も関わらないと言わんばかりであった。

 

 

 さてさて、その後、とある動画サイトに一本の動画が上がり、大きな話題となっていた。

 

 それは、消防車が緊急で交差点侵入しようとしてる時、一台の白バイが手助けに入る動画。

 

「これ、俺たちだろ」

 

 亮は先輩に見せられた動画を見て、たしかにあの時の出来事だと驚いた。この白バイの警察官と出会ったのが、ある意味全ての始まり。

 それを同じ家に住む同居人に見せようと思ったところ、同居人もまたソファに座りながら例の動画を見ていた。

 

「これ、実は俺なんですよ! なんか照れますよね。びっくりしちゃって。そうそう! よく見るとこれ、亮さんのところの消防車だよね?」

 

 既に亮との関係に慣れた虎太郎は、随分饒舌に楽しそうに話す。まさかのことで、真面目な彼がいうのだから本当なのだろう。

 亮はその運命に、思わずその身体を抱きしめた。

 

「愛してる、虎太郎」

「俺も愛してるよ、亮さん」

 

 虎太郎もいきなりの事だったが、嬉しそうに亮を抱きしめ返した。

 

「あ、ちょっ、まって、尻揉まないで!」

「うん、虎太郎の尻いい揉み心地」

「あ、まって、んっ、んううう……」

 

 亮は待つこと出来ず、虎太郎の唇を奪いながら、ソファに押し倒す。

 

「もう、亮さん、スケベなんだから……」

「そんな俺も好きだろ? ねぇ、お姫様?」

「……もうっ!」

 

 

 

 おわれ

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あなたに捕まって、恋は燃える一方で 木曜日御前 @narehatedeath888

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