第12話

『彼女は長い黒髪をハーフアップに編み込み、頂きには黒と白のフリルのカチューシャが添えられている。飾り襟のブラウスとボレロジャケット、コルセットスカートは、膝よりやや長めで、大きめのプリーツにレースが多重にあしらわれている代物だった』

 僕は『朝を憂う』の一節を読み返し、その拙さに吐き気をもよおしつつも、やはり奇妙なほどのある小説としての勢いの正体を探ろうとしていた。

 今更なことではある。

 受賞した作品と、それ以外の作品で何が違うのか、なんてことは、すでに何回もやりつくして来たことだ。

 それでもわからないから、未だに僕は賞をとれていないのだ。

 ゴスロリを書こうとは思ったが、もともと詳しい訳でもなかった僕は、ひたすら調べながら、当時理想的なゴシックロリータ衣装とそれが似合う空想の美少女を作り上げ、それを小説に描いたのだ。

 その描写を改めて読み返してみてる訳だが、あろうことか、そこで真っ先に思いついたのは、栗花落のことだった。

 『朝を憂う』のヒロインは、どうにも栗花落に容姿が似ている。

 まぁ、僕の好みの少女を描いた訳であり、栗花落の容姿が僕の好みに合っているのだから、その二つが似通ってしまうのは必然だが、それにもしてももう少し他に、思うことはないものか。

「…………はぁ。違うって、やめろよ。やめろ」

 僕はまた一人の自室で、誰に向かってでもなく、そう呟いた。

 最近、事あるごとに、栗花落のことを考えているような気がする。

 そして、それはつまり、もしかすると、そういうことなのかもしれないのだ。

「ふざけるな、宗介。違うだろ」

 こうならない為に、僕は人生を諦めてきたのだ。

 こんな感情を抱かない為に、成功するまで何も尊ぶことのない人生を歩むと決めたんだ。

 それなのに、どうしてだ。

 いつからだ。

 最善の注意を払って接してきたはずだ。

 あの時も、あの時も、あの時も、いつだって僕は彼女を別世界の人間だと、そう認識してきた。

 やはり、ラブレターの一件で距離を詰め過ぎたのが良くなかった。

 好みど真ん中の容姿の美少女と、一定時間以上をまるで親しくなったかのように過ごしたならば、それはどうしたって、引っ張られるのが男子高校生というものだ。

「なんてことだ。一番恐れていたことが……。ああっ、なんという……」

 スマホが鳴ったのは、その時だった。

『宗介? 今どこ? 家? 』

 頼親だ。

「家だけど……なんだよ」

『今日夏祭りだろう? 行こうぜ』

 確かに、そう言われれば、近所の神社で縁日だったっけ。

 それなりに大きな神社なので、かなり多くの露店が出て、最後には花火まであがるのだ。もちろん、それは毎年行われるので、中学時代は上辺だけの友達数人と、当時好きだった女子も含めて、祭りに出かけたことがあった。

 その時も、思い返せばきっと、盛り上がっていたのは僕だけで、他はさほど可もなく不可もなくって感じだったんだな、と考えると泣けてくる。

「女子と行けよ。僕はパスだ」

『いやいや、女子とは面倒でしょ。特定の誰かと行けば、波風が立つから』

「モテる自慢か。鬱陶しいな」

『違うって。ただの事実報告だよ』

 なんか、最近似たようなフレーズを聞いたな。

『東と三人で、どうだ? 祭りの空気を楽しみながら、たこ焼きとか焼きそばとか食うの、美味いだろう?』

「中学生の思考だな。成長しろよ」

『夏祭りは、いくつになっても楽しいモノと相場が決まっているんだよ』

 そうか? 僕は全くそうは思わないけどな。

『あとは、浴衣姿の同級生を見る。お祭りマジックで可愛く見えるから、目の保養になる』

 悪いが、それはある一定以上の容姿を持っている女子か、あるいは好みの女子であることが必須条件で、それ以外の女子の浴衣姿をみても、何も感じないと思うのだが、どうだ?

『知ってる女子の浴衣姿に意外な魅力を見出して恋が生まれるかもしれないだろう』

「それを求めていない場合はどうするんだ」

『ああっもうっ! お前は本当に面倒くさい奴だな。時間、空いてるなら行こうよ』

 僕はため息をついて、結局『分かった』と言った。

 人生を諦めたスタンスで生きる僕にとって、夏祭りなど一番つまらないイベントの一つに過ぎない。

 万に一つ、女子からの誘いならまだしも、いつもつるんでいる男三人で赴いて、何が楽しいのか。

 そんなことは百も承知のはずなのに、それでも心の奥底の遠くの方では、夏祭りという現場に行けば、何か起こるかもしれないという願望が捨てきれないあたり、僕もまだまだ生ぬるいと改めて思う。

 僕は突然できた予定の為に、それなりに見繕って出かけることにする。

 もちろん、作務衣や甚平、浴衣なんて気合の入った格好はせず、Tシャツとデニムという実につまらない、いつも通りの服装だ。

 神社に向かう石段の下で合流して、僕たちは縁日へと向かう。

 あたりには、家族連れやカップル、同性の友人数人と来ている人間でそこそこ賑わっていた。

 高校で見かける顔も何人かいて、クラスメイトたちとは、軽く挨拶を交わす程度でやりすごす。

「ん~いいね、いいね! 女子の浴衣姿っていうのは、実に良い!」

 周囲の女子を見渡しながら、東がそんなことを言う。

「やっぱりこの雰囲気というか、空気が良いよね。俺たちも浴衣か甚平でも着てくればよかったかな」

 概ね予想が出来ていた頼親の言葉に、僕はワザとらしく辟易した顔をして応える。

「そんな顔するなって、宗介。夏祭りって、凄く風情のあるイベントじゃないか。何かが起こるような、そんな期待をせずにはいられない。そうだろ?」

 物書きという立場からみれば、確かにその通りだ。縁日や夏祭りのシーンは大抵がキーになったり盛り上がりのシーンにあてることが多いし、情景を描くだけで、物語や人物の熱量というものが伝わりやすい。

 だが、それはあくまで物語の中の話であって、現実の夏祭りというものは、思いの外退屈で地味なものだ。

 例えば、僕の人生が小説であったなら、このあたりで偶然、友人と来ていた栗花落鳴華と遭遇して、そこから何かが始まったりする訳だが、当然、そんなことは起こりそうもない。

「はぁ……適当に食べて、先帰っていいか?」

「まだきたばっかだろう? お前は本当にノリが悪いな」

 東が何を期待しているかは大体想像がつくが、残念ながら、その期待は絶対といっていいほど、叶うことはない。

 そんな都合の良いことが起こるのは、創作物の中でのみの話なのだ。

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