ドクター・ベテルギウス


 女の子は駐車場を突っきって、そのまま奥の藪へと入って行った。確か反対側には小さな橋がかかっているから、この先は川になっているはず。どこへ行くのだろう。


 やがて、僕らは林を通り川沿いまで出た。

「ちょっと待ってて」

 彼女に言われるまま、ぽつんと立ち尽くして周囲を見渡す。僕の目の前は理科室で見たような実験道具や何かのエンジン、計測器などが散らばっていた。その中央には黄色のテントが張ってある。


 うさんくさい。僕は顔をしかめたが、よく考えたら奇妙な事態に巻き込まれるのは大歓迎だ。僕は夜の国と昼の国とが繋がる「普通じゃない方法」を探していたんだから。


「ドクター、そこで良さそうなバースデーボーイを拾ったよ」

「そりゃ良い! よくやったディテー」


 テントの中から出てきたのは、坊主頭の若い人だった。左耳の上にハート柄の大きなタトゥーがある。体格が良くてエンジニア風の汚れた格好をしていたけれど、声で女の人だとわかった。


「ドクター?」

「ああ、ドクター・ベテルギウスだ。よろしくなバースデーボーイ」

「名前がベテルギウス?」

「現代には珍しくないキラキラネームさ。若いのに気になるのかい?」

「そうじゃないけど、えーと……僕の名前はオリオン」

「オリオン! こりゃ良い組み合わせだ、よろしく頼むよ」


 ドクター・ベテルギウスに招かれて、僕は黄色いテントの中へとお邪魔した。散らかっているのはテントの周りだけで、内側は意外と綺麗だ。それに思ったよりも広い。なにより、僕も好きなロックバンドのフライヤーが飾られているのがおしゃれで気に入った。


 ペットボトルのアサイージュースを一本貰い、三人で乾杯する。ジュースは甘くて美味しいけど、学校の裏でピクニックをしてるみたいで変な感じだ。


 ベテルギウスとディテーは姉妹らしい。確かに二人の黒く輝いた瞳はよく似ている。


「ディテーって、もしかしてアフロディテー?」

「そうだよ。わかったらおとなしくディテーって呼びな」

「じゃあ、ドクター・ベテルギウスのドクターは? もしかして博士課程の大学生ってこと?」

「その通り! 縮めて呼びたいならビーBでも良いがね」

「ビーはここで何をしているの? もしかして夜の国の調査を?」


 僕は早速本題に入ったつもりだったのに、ビーは笑顔のまま首を振る。


「そんなことはしない。あたしがここで調べているのはデンキオオウナギの電流放出量だ。上流から下流までデンキオオウナギを背負って各地で計測している、課題で。児童学校の自由研究みたいなやつ」

「真面目な学生なんだね」


 僕は肩を落とした。ビーにはマッドサイエンティストのような個性を期待していたけれど、どうやら僕が会いたかった科学者とは違うみたい。


「オリオン、あからさまにがっかりしなさんな! ウナギの電流調査をしてるのは極めて部分的な……いわばあたしのオモテの顔だよ」

「ビーにはウラの顔もあるの?」

「まあ、少し聞きたまえ」


 ビーは白い歯を見せてにやりと笑う。そして彼女はこれまでと打って変わって低く、小さな声で、僕に昼の国と夜の国の秘密について語り始めたのだった。

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