隠れ木管三重奏〜俺はオーボエとして、音を響かせる!〜

月影

♯1 隠れた音楽家

眠い。

俺は目を擦らせながら、階段を下っていく。

下った先にはいつもの様にリビングがあり、机の上には楽器--“オーボエ”があった。


俺の名前は星野 隆広。

言っての通りのオーボエ奏者だ。


オーボエとは、世界一難しいと言われている木管楽器。俺の人生そのものだ。

素晴らしい音色な上に、手入れが難しい。俺だって始めたばっかの頃は蛇が締め殺される様な音しか出せなかったものだ。


しかもオーボエはダブルリードというこれがないと音を出せない、と言うべきものを自ら自分で作らなければいけない。しかもそれは失敗続き。ならば買おうと思ったらバカ高いものだ。


それでも……それでも俺がオーボエを続ける理由。

それはオーボエが好きだから。


まんまの意味だ。

俺は小5ぐらいの頃、オーボエの音色に恋をした。

あれからはもうこの楽器に夢中だったものだ。いや、今もそうか。


俺は洗面所に行き、鏡を見る。

いつもの自分の顔。髪の毛は寝癖で、半目を隠している。


「……出かけるかぁ」


俺は服を着替え、オーボエを鞄に詰める。

おっと、何で楽器なんか持っていくのかって?

ふふ、それは今日が俺の路上ライブデビューだからだ!

まぁ、とか言ったって、俺1人だけだけど。


いや、心配はいらない。俺はずっとこの楽器で食っていける人間だから。


俺はオーボエを入れた鞄を背負い、マンションを出た。


♢♦︎♦︎♦︎♢


「……なぁフルート野郎」


ブランコ椅子をしながら、服が鮮やかな女性が部屋の隅で作業をしている背が高い男性に話しかける。

女性の目の前の大きな机には、木管楽器--“サックス”が輝きながら置かれている。


「おい、聞いてるのか? フルート」


「……オレはフルートって名前でもないし、その呼び方も気に入りませんよ」


「何でだよ。そのまんまだろ」


「そのまんまの言葉も気に入りませんねぇ」


やっと振り向いた男性ははたまた木管楽器--“フルート”の手入れをしていた。

女性はため息を吐き、独り言の様に言う。


「せっかく2人で隠れアンサンブル団体作ったのに、結局誰もいねぇなぁ」


女性は白紙の楽譜をヒラヒラと手で動かし、天井を眺める。


「そろそろこんな馬鹿げたことも辞めたらどうですか?」


「なっ、馬鹿げたってなんだよ。ウチはまだ諦めてないからな!」


男性はそれを聞き呆れたのか、またフルートの手入れをし始める。


「あーあ、このマンションのどこかに楽器奏者っていないんですかねぇ〜」


そうわざとらしく男性が言った言葉を聞き、今まで暇そうにしていた女性が飛び起きた。

そして走って男性の肩をガシッと掴む。

男性はさすがに驚いて、目を見開きながら振り返った。


「え、な、なんですか」


「そうだ! その手があったか! 流石だフルート野郎!」


「いやだからオレはフルートではな……」


「よっしゃぁ! 今からこのマンションの音楽家を探すぞ!」


女性はテンションMAXで男性の手を引っ張る。

男性は驚いた表情のまま、呆れた様に「は、はぁ……」としかこの場面に言い様が無かった。


♢♦︎♦︎♦︎♢


ふぅ、やっと1日終わったか。

今日はバイトあったらしいが、まぁまた明日説明すればいいか。

とりあえず弁当も買ったし、帰ろうっと。


俺は自分のマンションへの道を歩こうとした。

その時だ。


「ちょっと待て! おいそこの人!」


後ろから声が聞こえた。

振り向くと、息が荒くなっている女性の姿があった。

女性は黒いフードで顔が良く見えなかった。


え? 待って誰? なんか怖いぞ?

明らかに怪しい格好だし。


「君、楽器やってる? 楽器!」


「え、あ、え? あ、はい、やってますけど」


「まじか!? 何楽器?」


え、何? そこまで聞くの?


「木管楽器ですけど……」


「はは、こりゃすげぇ。予想通りだ」


女性がニヤニヤと笑みを浮かべながら、こっちに迫る。

待て待て。怖いって。何だよこの人。

楽器奏者でも探しているのか……?


俺がそう考えているうちに、女性がガシッと俺の肩に手を乗せた。

無意識に「ヒッ」という声が漏れる。


「ウチはお前に話があるんだ!」


「え!? な、なんですか、離してください!」


俺は女性の手を払い除け、後ずさりをした。

女性が驚きの表情を浮かべる。


「なっ……」


俺は身構えた。

やばい怖い。絶対やばい人じゃないのこれ? 待って怖いです。


「なぜ逃げようとするんだ!? こっちはお前に協力してもらいたくて--」


「ちょっ、協力ってなんですか! 近づかないで下さい! 叫びますよ!?」


「そ、それは、今は難しいから、後にしてくれ!」


「うわあああ!」


俺は逃げた。自分でも止められなかった。

とりあえず怖い! 助けを呼ばないといけないやつじゃないのこの状況!?


「た、助けてくれー!」


俺は精一杯叫んだ。

その時、前にいた男がこの状況を見て驚く。


「!? ど、どうした!」


俺はサッとその男の後ろに隠れ、女性を確認する。


「は!? ちょっ、お前っ」


女性は立ち止まり、俺を見てまたまた驚いた。

俺は2人を挟んでいる壁の様になっている男に訴えた。


「あ、あの人、なんか怪しいんです! 助けて下さい!」


俺は女性を指差す。

男は納得した様に俺を見て頷くと、女性にジリジリと近づいていった。


「お、おい! 何者なのか知らないが、危険人物なら捕まえてやる!」


「はい!? いや、ウチは怪しい人物ではないんですが!?」


女性は男を睨み返しながら、叫んだ。

しかし男は容姿ない。そりゃそうだ。


「覚悟ー!」


「え!? 待て! ちょっ、ウチはお前の助けが必要で! おいっ、お前邪魔するなぁ!」


女性は俺に何かを訴えながら、男に追いかけられていった。


はぁ、はぁ……。た、助かったのか?

俺は周囲を見回す。

良かった。誰も今の出来事は見ていなかったみたいだ。


いやいやにしてもあいつは何だったんだ!? 楽器がどうしたんだよ!

俺のオーボエのファンか? なんちゃって。


「……帰るか……」


俺は空を見上げながら呟いた。

今日は星がよく見えるなぁ……。


俺は再び帰り道を歩いて行った。


♢♦︎♦︎♦︎♢


「お疲れ様です、神田さん」


「……チッ、うるせぇ下手くそフルートが。黙ってろ」


「不機嫌ですねぇ1回失敗しただけで」


「だけとは何だだけとは。こちとら変なマッチョ野郎に追いかけ回されたんだよ」


建物と建物の間の通路で、下手くそフルートと呼ばれた男性はたまたま近くにあった自販機で買ったコーヒーを、先程の女性に渡した。


「そりゃこんな怪しい服装じゃあ、誰でも怖がりますよ」


「うるさいって言ってんだろ。だったらお前が服買えよ!」


「えぇ、オレがですか?」


そして、2人はそんな会話をしながら、夜中の都会を再び歩き出した。


♢♦︎♦︎♦︎♢


「ふぁぁ……」


俺はいつもの様にあくびをしながら寝室を出た。

やっべぇクソ眠い。


というか、昨日は酷い目にあったなぁ。あの人は捕まったのか?


俺は着替えて、楽器を持ち、バイトに出かけた。

ん? バイトって何かって? フッ、楽器店だよ楽器店。

音楽好きにはたまらないバイトだ。


「出かけるか」


俺はマンションを出て、バイトしている楽器店へと足を進めようとした。

その時だ。


「いたいた! おい昨日の人!」


俺の背後から聞き覚えのある声が響く。

そ、その声は……。


「ひ、ひぇ……っ?」


思わず間抜けな声が出てしまう。

それもそのはず。昨日の女性が立っていたのだから。

しかもなんか……女子力高い服装で。


今回はそんな格好だったので、顔がよく見えた。

う、美しい顔立ち……いやいや、今はそんなこと考えている場合じゃない!


「な、な、なんなんですか貴方はぁ!」


「くははは! そんな質問に今回は答えてやるために今ウチはここにいるんだよ楽器奏者さんよぉ!」


あ、答えるんだ。


「ウチはとあるアンサンブル団体を作ろうとしている楽器奏者なんだ!」


女性は俺の肩をしっかり掴んで、ニヤッと笑っている。


……へ? アンサンブル団体? 楽器奏者?

どういうことだ? そこに俺が必要なのか?


「あ、え? えっと、それが俺に何の関係が……?」


「ふふふ、そのまんまの意味だ。そこに木管楽器奏者であるお前を入れたいんだ!」


「えぇっ……」


またまた間抜けな声を出してしまう。

マジかよ、俺はまぁ確かにアンサンブルは大好きだが……。

普通にそんなよく分からない団体に入れられても困るだけだぞ!?


「木管って言うことは……あー……そこって木管アンサンブルなんですか?」


「ああ。その通りだ」


「な、なるほど。人数はどのくらいなんです?」


「ウチも含めて2人だな」


「え、少なっ」


思わずツッコミを入れてしまう。

だって、そりゃそうだろ。たったの2人で今までやってきたのか?


いや、そんなわけないか。そんな団体聞いたことないし。

大体どうしてそこで俺なんだよぉ……俺は木管楽器奏者と言ってもオーボエ奏者だぞ?


そんな珍しい楽器なんか入れても変わらないんじゃないか?


「えっと……あの、俺言っとくけどオーボエ奏者っすよ?」


「は? マジで!?」


女性の目が輝く。

あれ、予想外の反応。


「丁度いい! ピッタリ当てはまる。 ウチはサックス奏者で、もう1人はフルート奏者なんだ。 これこそ木管三重奏メンバー!」


「え、本当っすか?」


またまた予想外。


ん? 待てよ、木管三重奏って言ってもピッタリ当てはまるのはクラリネットやそこら辺じゃないのか?

まぁいいか、オーボエでやっている所もあるし。


「え、あの、その団体ってどこでやっているんですか?」


「お前の住んでいるマンションさ。ほら、後ろにあるやつ」


「あ、そうっすか……ってえぇ〜!?」


もうついていけねーよこの話。

でも、これは大胆に言ってチャンスだ。


俺はずっと1人で楽器を吹いてきた。アンサンブルなんて滅多にやってない。

これは色々と期待ができる話でもある!


「あ、あの、そこ興味あるので、案内してもらえますか……?」


恐る恐る聞いてみる。

その瞬間、女性の顔がまた輝き出した。


「ああ、いいとも! と、言うことはお前、ウチの団体に入るということだな!?」


女性は俺の手をガシッと握る。


「そうと決まればよろしくな! 永遠に!」


「え、永遠に!? って、俺はまだ入るって決めてませんが!?」


「よし! 案内してやろう! ついてこい!」


完全にハイテンションな女性は、俺の言葉なんて聞いていなさそうだった。

あー、もう何とでもなってしまえ!


これが、俺が人生初にアンサンブルを始めるきっかけだった。

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隠れ木管三重奏〜俺はオーボエとして、音を響かせる!〜 月影 @ayagoma

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