第4話 麗文と明日香

 翌日は一学期の最終日だったけど、明日香は大事を取って欠席。今度会うのは二学期になってからか? あの様子ならもう大丈夫ね。


「ただいまー」

「おかえり。麗文、明日は来客があるから、あなたも出かけずに家にいてね。また学校のプールに行くつもりだった?」

「うん。でも、ウチに来客なんて珍しいね。お父さんの知り合い?」

「うーん、皆の、かな? 会ってみれば分かるから、楽しみにしてなさいな」


 翌日、朝から母さんは料理に忙しそうで、父さんもどこかソワソワしてる。今日のお客は二人の知り合いで、私も昔に会ったことある人……かな? そんなことを考えながら読書して時間を潰していると、昼前になってインターホンが鳴った。


「麗文! あなたも降りてきて挨拶しなさーい」

「はーい」


 階段を降りていくと先ず目に入ったのは男性。父さんと同年代かな? そして男性の陰からひょっこり顔を出したのは……


「明日香!?」

「こんにちは。君が麗文ちゃんだね? 明日香と同い年なのは知ってたけど、随分大きくなったね。今回は有難う、君は明日香の命の恩人だ」

「どうも。救助方法は以前水泳部で何回か講習を受けてたので、役立って良かったです……おじさんは私のことをご存知なのですか?」

「あのね、麗文。桃園くんは父さんと高校の同期で、私の後輩だったのよ。私たちが結婚したときはここを離れてたから、年賀状のやり取りぐらいのお付き合いだったけど」

「へぇ、そうだったんだ!」


 そんな接点があったとは全然知らなかった。その後五人で昼食を食べている間に色々と昔話を聞かせてもらったけど、両親が地元にいた間は三人で良くつるんでいたらしい。おじさんとも少し喋ったけど、明日香は照れくさそうにしているだけで殆ど喋らなかった。昼食の後は大人だけで話をするとのこと。久々に会ったみたいだし募る話もあるのね、きっと。父さんはおじさんとお酒を飲みたい様だったし、私は明日香を連れて自分の部屋へ。


「何もないけど、どーぞ」


 明日香は少し意外そうに私の部屋を見回していた。他の人の部屋は知らないけど、女子高生の部屋としては一般的だと思うんだけどな。


「もう少し……こう、シンプルで男子っぽい部屋なのかと思ってたわ。合気道もやってるって言ってたから……」

「合気道は父さんが師範代で時々道場に教えに行ってるから、私も護身術程度に習ってるだけ。人並みにファンションにも興味があるのよ」


 とは言え自分に合う服を選んでいくと、どうしてもパンツルックで少しボーイッシュになるわね。ベッドに二人並んで座るとすごくいい香りがする……ちゃんと香水も付けてるんだ。


「先日は有難う……病院ではちゃんとお礼を言えなかったから……」

「いいよ、別に。明日香も元気そうだし安心したわ。気絶した明日香を置いて帰ったから心配だったんだー」


 真っ赤になって俯く明日香。キスを思い出したのか、口元がヘニャヘニャしている。ほんと、顔に出やすいなあ。


「素敵なお父さんね。まさかウチの両親と知り合いだったとは知らなかったけど、明日香は知ってたの?」

「いいえ、出張から帰ってきた父に初めて聞いたの。麗文の名前を言ったら直ぐ分かったみたい」

「名前に柑橘系が二つ入ってるのなんて、私ぐらいだもんね」


 そう言うとニッコリ笑ってくれた明日香……彼女が笑っているのを見るのはこれが初めてかも。そんなことを考えながら横顔を見つめていると、私の視線に気が付いたた様子。


「な、なんですか?」

「いや、笑うとそんな感じなんだと思って」

「!!」


 そして、またあのビックリ顔。きっと学校で見せている彼女の顔は作られたもので、こうやってコロコロと表情が変わるのが本当の明日香なんだ。


「や、やめてください! 麗文はズルいです!」

「いいじゃない。そうやって表情豊かなのが、本当の明日香なのよ、きっと」

「もう!」


 ちょっと怒ったけど直ぐ真顔になる明日香。何か思うところがあった?


「私は……母が亡くなってから、忙しい父に迷惑をかけまいと思って勉強を頑張ってきました。良い成績を取ると父が喜んでくれたし、笑ってくれたり、褒めてくれたりするのが嬉しくて」


 でも、先日のことで迷惑をかけたと謝ったところ、逆に謝られたそう。おじさんも明日香が自分のために無理していて、あまり親子らしいこともしてこなかったことを、ずっと気にしていたんだとか。


「だから大学は偏差値だけを基準にしなくても、私の好きなところに行っていいと言われました。でも今まで国立大を目指してやってきたし、自分の努力の結果としてあの大学を受けようと思うんです」

「そうなんだ、明日香は偉いね。私はそんな真剣に考えてないかなー」

「麗文はやっぱり……」


 私が県立大志望なのを分かった上で決断したんだろうけど、病院で話した内容も踏まえればすごく悩んだんだろうな。寂しそうだけど諦めも付いてる……そんな顔の明日香に枕元にあった参考書を手渡す。


「これは?」

「国立大の過去問。私も国立大を受けようと思って」


 すごく目を見開いて私の顔を見ている。ビックリした?


「でも、県立大に行きたい理由があるって!」

「それ以上に国立大に行きたい理由ができたの。明日香と一緒にいると楽しいから、卒業して離れ離れになるのは勿体ないと思って」


 花が咲いたようにパッと明るい表情になった明日香に抱きつかれ、ベッドに押し倒される。


「こら、苦しい」

「ごめんなさい。でも嬉しいんです!!」


 しばらく抱きついたまま私の胸に顔を埋めていた明日香だったけど、その内ゆっくりと体を起こして私の顔を覗き込んだ。


「あの……もう一度……キスしてくれますか?」

「この体勢じゃ、私がされる方じゃない? また気絶するかも知れないし、どうしようかなー」

「だ、大丈夫です!」

「そう?」


 どこか必死な彼女の首に下から手を回してグイッと引き寄せ、二度目のキス。人工呼吸もしたけど、それはノーカンでいいかな? 明日香の顔は真っ赤だったけど今度は気絶しなかった。彼女の唇は柔らかくてすごくいい香りがする。学校ではマドンナ的存在だから、男子諸君にはちょっと申し訳ないわね。


 出会うのは少し遅かったけど、これからゆっくり思い出を綴っていけばいいよね。桃と橙……明日香と麗文、二人の物語はまだ始まったばかりなんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷たいレモンにくちづけを たおたお @TaoTao_Marudora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ