⑦1対1



 まだ視界の端々に雪が点在する丘陵地帯を出て、薄曇りの空の下を歩く。後ろの町が次第に騒がしくなり、その喧騒が遠く離れたここまで風に乗って聞こえてくる。


 「…悪いが、道から離れて進もう。余計な詮索で時間を潰されたくない」


 俺がそう提案すると、サキとポンコが黙ったまま頷き、それまで歩いてきた街道から灌木の生えた荒れ地に入り、そこを抜けて木々が茂る林の中を進んでいく。


 「ヒゲさん、そろそろ本当の事を教えてくれない?」


 それまで黙っていたサキが口を開き、俺が答えようとした時、離れた街道を次々と騎馬が走り抜け、離れた林の中まで馬の足音が響いてくる。その音が遠ざかって消えた後、彼女に事の顛末をかいつまんで説明した。



 「…要するに、始まる前に相手のボスを倒してきちゃったの? …呆れちゃうなぁ~、そんな事したら…」


 そう言ってはみたものの、その先の答えが彼女には言えなかった。そりゃあ当然だろう。本来なら周辺の集落から抵抗する意思の有る者を集め、決起して集団戦を仕掛けなければ太刀打ちすら出来なかった相手を、たった一人で一蹴しちまったんだから。


 だが、俺に言わせれば結果は同じだ。敵と味方に別れ、武力をぶつけて相手を撃破するのも、秘密裏に忍び込んで闇討ちにするのも、結局は誰かが戦い、そして死ぬだけだ。


 「俺は…ヨセアツメの谷を戦場にしたくなかったし、ニイやオトを巻き込みたくなかった。ただ、それだけさ」

 「…そうね、うん…あの子達を巻き添えにするのは確かに良くないな…」


 でも、本当にそれで終わりになるのかしら、とサキが続けて呟く。


 「…さあな…ただ、これだけは言えるな」


 俺は木々の隙間から僅かに見える曇り空を眺めながら、そうなるだろうと思った事を素直に告げた。


 「…2日後、俺達がどう答えようと、連中が集落を支配する話は先延ばしになる筈さ」




 2日後、コーケン国のバラザムが再び現れて集会所にやって来たが、彼の言葉に以前まであった驕りの気配は無くなっていた。


 「…領土の話は先延ばしになった。現状を維持してしばらく今のまま暮らしていればいい…」


 疲れ切った表情でそう告げた彼は、投げやりにそう言うとそのまま黙り込む。


 「何かあったのかい? 突然の事で我々も答えが出せなかったが…そのせいか?」


 職人の一人が慎重に言葉を選びながら尋ねると、バラザムは首を振りながら否定し、


 「…いや、そうじゃない。だが…詳しくは言えん」


 そう言って言葉を切った。



 「なら、王様が死んじまったのか?」


 俺が沈黙を破って声を掛けると、バラザムは無表情のまま俺の顔を見た。


 「…何故、そう思う…」


 絞り出すような声でバラザムが言うと、集まっていた集落の住人達が徐々にざわめき始める。


 「あんたらの国は、俺達みたいに人がただ集まって出来た国じゃないだろう。だから偉い奴が居て、そいつが死んだから話が宙に浮いたと思っただけさ」


 俺が平坦な口調でそう答えると、バラザムは腰の剣に触れながら表情を固くする。


 「…俺は、ここに来てから一度も国王の事を話した覚えは無い」


 そう言って鞘から剣を抜いた瞬間、口々に悲鳴じみた声を上げながら住人達が離れていく。そして、俺とバラザムの2人だけになった。


 「お前は…何か知っているな。しかも、只の狩人にしては度胸が良過ぎる上に、何故俺が剣を抜いても平然としているのだ?」


 「…答えてもいいが、場所を変えたい。2人のどちらが血を流すにしても、集会所だけは避けたいからな」


 俺がそう言い返すと、バラザムは剣を鞘に戻し、ならば先に行けと促した。



 2人で集会所から出ると、遠巻きになりながら見ていた住人達も、距離を保ちながら後を追ってくる。


 「…国王の事を、何処で知った」


 集落の外れに辿り着いたバラザムは、そう言いながら再び剣を抜き、慎重な足捌きで距離を詰める。どうやら装備や武器に見合うだけの実力者らしく、その動きに驕りや昂りは見当たらない。


 「さあ、俺はあんたが考える程、詳しく知りはしない。ただ、少し前に首をへし折った奴が居ただけだ」

 「…お前だったのか。まさか喪が明けぬうちに、亡き王の仇討ちが出来るとは思わなかったぞ」


 そう言うとバラザムは口元をほころばせ、前に一歩踏み出そうとしてから、動きを止めた。


 「…その前に、お前の名を聞いておきたい。それに何故、武器を持たない?」


 そう言われてから俺は暫く考え、正直に打ち明けた。


 「名前はヒゲ、そう呼ばれている。武器か…必要無いから要らないが、不服か」

 「なんと…安直な名前だな。武器が要らないか…やれやれ、舐められたものだな」


 バラザムが呆れ顔になりながら呟き、躊躇無く一気に距離を詰めた。踏み込んで横凪ぎに払い、避けられれば一歩引いて構え直し、二の太刀に切り替えるつもりか。


 弛緩から緊張に繋ぎ、そして素早く動く。動作の一つ一つに無駄が無く、場馴れした雰囲気も相まって今までに遭遇した中でも一番強い相手だろう。


 「…但し、剣を持った者同士の戦いならば、だがね」


 全く同じタイミングで動いた俺の目の前で、バラザムが表情を強張らせる。後から動いた筈の俺の動作が、彼には見えていたにしても理解出来なかったに違いない。


 振り抜かれた横凪ぎの剣が、軽い横っ跳びだけで避けた俺の背中越しを通り過ぎ、宙で身体を回し片手を着いて支えながら、逆立ちした状態のまま脚でバラザムの胸元を蹴る。


 「…剣ってのは確かに切れ味は鋭いが、攻め手が単調だな。獣の方が余程手強いし、動きに無駄が無い」


 蹴り飛ばされて距離を離されたバラザムにそう告げると、彼は押さえていた胸元から手を離し、剣を両手で握り直した。


 「…武器が要らないと聞いて、どんな手を使ってくるかと思ったが…とんだ食わせ者だな」


 痛みに顔を歪めながらバラザムがそう言いながら、今度は素早い突きを次々と繰り出してくる。当たれば毛皮の服を容易く貫く切っ先が、俺の身体を狙って矢継ぎ早に迫って来るが…


 「…これも、単調だな。踏み込まないと間合いは詰まらないし、引き戻す時間が長くて無駄が多い。これで締めだ」


 突き込まれた切っ先を避けながら一歩前に出て、体を入れ換えながらバラザムの右側に回り込んで腕を肩と首に絡める。


 「…なっ!? くそっ…何て力だ…」

 「…そりゃそうだろ、ほぼクマと同じ位だからな」


 抜け出そうともがく身体をそのままギュッと絞り上げ、暫くじっとしていると…バラザムの手から剣が落ち、身体から力が抜けて地面に倒れた。






 


 


 


 


 

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