⑥国崩し



 屋敷の中に侵入すると、中は案外警戒されていない。身を低くして視線を避けながら建物に近付くと、複数の人間の気配が感じ取れる。国の中枢を担う何らかの施設なんだろうが、いわゆる城のような雰囲気ではない。さしずめ役所って所か。


 真正面から堂々と入っても良いが、相手がどんな強さなのか判らず、闇雲に押し入っても不味い。適当に偵察するつもりで二階の窓枠に飛び付いてみると、簡単に忍び込めた。そう言えば、自分の能力を普通の状態だと思っていたが、荒野や森を駆け巡り、崖を簡単に飛び越せる位には底上げされていたのを忘れていたな…。


 屋敷の二階は思った以上に人の気配は無い。一階に警備が集中しているのか、単に重要な場所で無いかまでは判らない。しかし、無人の廊下に毛皮を着た怪しい奴が居たら、間違いなく不味いだろう。そう思い、一番奥の部屋の扉を開けて中に忍び込んだ。



 …どうやら、誰も居ないようだ。なら、誰か来るまで待つべきか?


 しかし、何もしない訳にもいかず、窓際の机や引き出しの中を確認してみる。字が羅列した紙の束が入れてあり、それなりの人物が使う部屋なのかと見当が付く。


 …と、扉の向こうに人の気配がする。俺が急いで窓際のカーテンの陰に隠れると、ドアが開いて誰かが入って来た。


 「…2日後には答えが出るか」

 「はい、各集落に通達は送ってあります。返答は出揃うでしょう」


 ビンゴ、か…会話の内容は、集落が恭順するかについてだろう。


 「…最初に向かう所はどこだ?」

 「連中が【ヨセアツメの谷】と呼んでいる所です。騎馬を100騎出し、従わぬ場合は焼き討ちにし、見せしめに住人共を10人程吊るします」

 「その位でいい。やり過ぎても余計な反発を招くだけだ」


 立場が上の方の男がそう言うと、腰掛けていた椅子がギッと軋んだ。


 …ああ、そうか…所詮、その程度の扱いなんだな。


 そう思ってから、俺の動作は早かった。カーテンの後ろから飛び出し、椅子に座っている男の首を背後から抱え、背凭れをテコにして思いっきり捻る。そして机の向こう側に居た男に抱えたまま投げ付けると、机を飛び越して下敷きになった男の胸元を踏みつける。


 「ぐっ…だ、誰だ…貴様…」

 「誰でも良いだろ、どうせあんたも直ぐに死ぬからな」


 首をへし折られた死体と俺の2人分の重さで動けない男が、それでも気丈に剣を抜こうと腰に手を回すが、


 「がっ!? 」

 「…だから、無駄なんだよ」


 手を踏みつけてしゃがみ込み、相手の腰に提げられていた鞘から剣を引き抜いた。磨き抜かれた刀身は、窓から射し込む光を反射して銀色に輝いている。


 掴んだ剣を握り締め、男の首筋に宛がう。そのままスッと横に引くだけで、切れ味の良さそうな刃先は相手の首を簡単に切り裂くだろう。


 「…なあ、他人に命を握られる気分はどうだ?」

 「そ、その格好は…集落の連中の一人だな…」

 「だったら何なんだ? まあ、いいか…1人殺そうと2人殺そうと、大して違わない」


 そう言って、剣を振った。


 …ブッ、と血が噴き出し、ゴボゴボと男が切り口から声を漏らしながら、カーペットがあっという間に赤く染まっていく。ただ、それだけだった。


 予想していたよりも、遥かに弱い。


 俺は刺青を擦り、オオカミを呼び出す。すると死体と家具しか無かった部屋の中に3頭の大きな獣が現れて、俺の身体に身を擦り付け、鼻を押し付けてくる。


 「…よし、これから狩りに行くぞ」


 そう景気付けに声を掛けてやると、オオカミ達は勢い良く部屋の外へと駆けて行く。


 「…な、何だこいつら…があぁっ!?」

 「お、オオカミだっ!!」

 「どうして屋敷の中に…ひっ!?」


 オオカミ達の後を追って廊下に出ると、階段から次々と兵士が駆け上がって来るが、待ち構えていたオオカミ達が容赦無く飛び掛かり、先頭の兵士の腕や喉に食らい付いていく。人よりも遥かに大きな体格の獣を前に、階下の兵士達は立ち往生してしまっている。


 「よし…挟み討ちにしてやろう」


 俺はオオカミの背に手を載せ、軽々と兵士達の頭上を飛び越し、階段の下まで一気に降りる。そして振り向きながら剣を構え、大振りしながら兵士達の足を次々と切り払う。


 後続の兵士が倒れると、前方のオオカミに追い立てられて下がろうとする兵士が負傷した兵士に足を取られ、将棋倒しになりながら俺の前まで転がり落ちる。


 「おいおい…あんたら、本当に戦えるのか?」


 不様な姿を晒す彼等を嘲笑いながら、もう1本の剣を拾い上げ、兵士達の頭や胸を狙って振り下ろす。そうして剣が折れるまで振り続け、段上に生きている兵士は居なくなった。


 「…ま、この位にしておくか」


 血と臓物の匂いに支配された階段を、オオカミ達が駆け降りて来る。3頭の頭を撫でてやると、嬉しそうに顔を擦り付けながら姿を消し、元の刺青へと戻っていった。




 「…あ、ヒゲさん! どうだった?」

 「ああ、沢山兵隊が居たよ。こんな所に長居は無用さ、早く帰ろう」


 待っていたサキ達と合流し、俺は何事も無かったような顔で答えると、コーケン国の町を後にした。


 「…ヒゲさん、何かしてきた?」


 血の匂いを嗅ぎ取ったのか、サキに聞こえないよう小さな声でポンコが尋ねる。


 「…何もしていないよ、何もね…」


 俺はそう答え、彼女の頭を撫でてやった。



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